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第三十九話 君子危うきに近寄らず

 温室の前にある、太い鎖と南京錠が掛けられた両開きの地下室らしき鉄扉の前で、私達は途方に暮れていた。バレットが立ち塞がるように扉の前で座り込み、何かを訴えかけるようにこちらをじっと見据えているからだ。

「ディラン達が来るのを待てという事でしょうね」

「なあ、今どれぐらいの時間が経ったんだ? そろそろ警備員も戻って来るだろ? こんな隠れる場所もない庭で立ち尽くしてたらまずいんじゃねぇのか?」

 隣でロバート船長が不安げに言った。実際、東にある温室付近には遮蔽物など無く、庭には大きな一本松くらい。茂みがあるのは敷地の外側のみで、もし誰かが来て隠れるにしても再び室内に逃げ込む事になる。窓から庭に降りる際、手が塞がらないよう腰に括りつけていたランタンの紐を取り外しながら、私はディラン達は無事なのだろうかと呟いた。

 大丈夫でしょう、と少しも心配してなさそうなアルジャーノンの返事と同時に、バレットが小さく吠えて靄のしっぽを振る。……問題ないという事だろうか。

「ほら、もう来ましたよ」

 アルジャーノンがぱっと振り返り、その方向に視線を向けると何やら小声で口論しながらディランとオディールが歩いてきた。

「管狐を魂から剝がせないなら、残す方向での契約破棄はできないのか?」

「お前の魂の状態はゆで卵を元に戻せないのと同じようなもんで、管狐は九尾の使い魔である以上主と関係を断つと管狐が死ぬ、つまり連鎖的にお前も……つーかなんだよお前、俺に言ったら問題がなんでも解決すると思ってないか?」

「そうじゃないのか。その辺の術師よりは詳しいんだろう」

「その辺のインチキ術師と一緒にするな」

「じゃあできるだろう」

「俺にもできる事とできない事がある」

「ならその辺の術師と同じじゃないか。インチキ野郎め」

「……ぶっ飛ばすぞてめぇ」

「おい、何があったか知らんが二人共落ち着け! 怪しい地下室の鍵を見つけたんだ、先に行って様子を見てほしいんだが……」

 険悪な空気になってきた二人の間に慌てて割り込み、気を逸らすようにロバート船長が装飾された木箱を差し出す。

「確かに鎖で厳重に封鎖されてるな。ここが——いや、待て」

 バレットとアルジャーノンがほぼ同時に顔を上げ、次に木箱を受け取ったところで発言を止めたディランが正門の方を向いた。

 街の方に伸びる道から、ちらちらと掲げられた明かりが段々と近づいて見える。あれは——

「……まずい、時間切れだ。警備員が、兵士か警察を呼んだんだろう」

「えっ、じゃあどうするんだ⁉」

「一度撤退する」

 そう言ってディランが手で指示を出すと、バレットが銀色の靄を周囲に放ち始めた。

「バレットの能力で、近づいてもよほど騒がない限り俺達の姿は認識できない。このまま庭の反対側から抜けて馬宿へ戻ろう。地下室の鍵は俺達が持ってるから、厳重に封鎖されてる以上今は問題ないはずだ。巫女へ報告も兼ねて一度舘に帰るぞ」

「えっ、屋敷内はあのままにしていくのですか」

「残念ながら、室内には世間に洩れると色々まずい事がある。ロバート悪いな、この館は燃やす」

「……ああ、どうせそうなるんだろうと思ってたよ」

 ディランの指示を受けたバレットが先導するのに皆で続き、最後に残ったディランが手早く印を結んだ。

 館の上空に薄紫の光の波紋が一瞬見えたかと思うと、ディランが何かを掴むようにして掲げた腕を振り下ろした瞬間、轟音と共に雷撃が館を貫く。

 落雷した箇所の屋根が崩落し、次第に燃え盛る館を背にして、全員で急いで茂みを超えた。入れ違うように、慌てたような警備員達の話し声が近づいてくる。

「なんだ、落雷⁉ 何が起こって——」

「火事だ! まずい、僧兵に通報を——」

 突然の事態に右往左往する彼らを迂回するようにして道の外れを抜けながら、アルジャーノンがじと目でディランを見た。

「……お求めの僧兵ならここに一人いるんですけどね」

「ここは人里から離れてるし、大規模な火災にはならないだろう」

「なるほど。やっぱり暗部の始末ってのは、こういう事なんだな。次から妙な事件があったらなんとなく察しそうだ……」

「噂の猟犬……こんな規模で事を続けていたら、簡単に正体が発覚しそうなものだけどな」

 頷くロバート船長の隣で、呆れたようにオディールが言う。遠ざかる館を背にしながら、ディランは何言ってんだと言葉を続けた。

「結局こういった魔術絡みの事件や捜査に動くのは兵士や僧兵なんだから、世間に俺の仕業だって発覚のしようがないだろ」

「つまり、全員グルと……」

「知らないのは警察組織くらいだよ。だからあいつらは苦手なんだ。裏で明らかに人狼会と組んでるし、魔法に疎い分際でこういった事態に何かと首を突っ込んでくる。人は人らしく対人の事件だけを管轄すればいいものを……」

「その、度々出てくるワードだが人狼会とはいったいなんなのだ」

「観光客や旅人を狙って粗悪品を高値で売りつけたり、やたら高額の壺を売ったりとかのうさんくさい商売してる会社だな。まともな人間ならあそこからは買わねーけど、それ以外にも何かあるのか?」

 私が前から思っていた疑問を投げかけるとロバート船長が補足するように発言し、それを受けても尚気まずそうにアルジャーノンが目を逸らした。その様子を見たディランが、私の問いを無視して彼に言葉をかける。

「こいつに伝えていい事なのか」

「本音を言うと存在自体知ってほしくはありませんが、いずれ知っておかねばならない事でもあります」

「ちょっと待て、また私に都合の悪い事を隠す気か? ちゃんと教えてくれ」

 ディランに詰め寄ると、同じ分だけ距離を取られつつまあ落ち着けよと飄々とした様子で意地悪く笑う。

「世の中には知らなくていい事がたくさんあるんだ。お前みたいな身分の奴は特にな」

「誤魔化すなディラン、どうして私には何も——」

「よくわからんな。人狼集団の裏組織の話だろう? こいつに伝える事の何が問題なんだ。奴らが警察と通じている事は業界なら誰でも知ってる。奴らの裏商売である、薬や人身売買等の部分か?」

「うげっ、あのうさんくさい組織、んな物騒な事まで手ぇ出してんのかよ⁉」

「は⁉ 人身っ……この国で⁉」

 不思議そうに言うオディールのとんでもない言葉にロバート船長と私が驚愕していると、アルジャーノンが咎めるように首を横に振った。

「今の発言は聞こえなかった事にしてください王子。そもそも知っている事自体が危険を呼ぶ話です」

「何を言ってるんだ問題があるだろう⁉ 城は何をしているんだ」

「その事件自体が起こっていても、決定的な証拠がないのです。あの組織の表向きはただの小売・飲食業界ですし」

「まあ塵積で疑いはあるんだけどな。そのヤマは俺が狙ってるし、いずれ解体させるつもりだから心配すんなよ。あれは俺向きで、正面切って向かうエバーハルトじゃ不得手な案件だ」

「何がっ……大問題だろう⁉ 疑いがあるなら早急に対処するべきで——」

「声がでかい。警備員達に気づかれるだろ」

 真剣な声で注意され、慌てて両手で口を押さえた私を見て彼は鼻を鳴らすと、私が無言で詰め寄ろうとするのを蛇のようにするすると避けながら、今はアルジャーノンの言葉に従っておくのが賢明だと愉快そうに告げた。

「君子危うきに近寄らずって金言の他にも、李下に冠を正さずってのもあるだろ? お前みたいなのは、大前提としてそもそもきな臭い事に触れるどころか、知っちゃいけないのさ」

「……例えそうだとしても、納得がいかない」

「これは難しい問題なのです。旅が終わり、城に戻って学ぶ時に、また詳しくお伝えしましょう」

「それでは遅いではないか、事件は今も解決していないんだろう⁉」

「まず今の王子には何もできません。力のない今、本当に、何も、できないのです。それを理解しておくべきです。この国で何が起きても、まずは必要な力を得るための試練をこなす事が最優先です。対処するのは我々側の人間なのですから」

 アルジャーノンがはっきりと告げた。先ほどから何か口を挟みたそうだが挟めないでいるロバート船長が、ひやひやとしながら私達の顔を交互に見ている。オディールが、王子でも一応まともな正義感はあったんだな。要人など冷血しかいないと思っていたがと感心したように呟いた。少し引っかかる発言だ。

「……では、力を付けたらいいのか。このままこの国が平和だと思い込んでいた私が王になれば、この先はどうなる。どうして何も伝えない?」

 一瞬、アルジャーノンが言葉を詰まらせる。彼を見据える私の怒気が伝わったのだろう。二人の顔色を窺いすぎてロバート船長の横顔がいよいよ残像めいてきたところで、茶化すようなディランの声が響いた。

「いい着眼点だ。ちなみに手段を選ばず力をつけると俺みたいな事になるから、その方針はお勧めしないな」

「ディラン……馬鹿にしているだろう」

 私の気迫に怯みもせず、愉快そうに目を細めた彼は芝居めいた口調で言う。

「馬鹿になんてしてないさ! 人には適材適所があると言いたいんだよ、俺は」

「私は非力だと?」

「馬鹿と鋏は使いようって事だ。ああ、もちろんお前が馬鹿って言いたいわけじゃないぜ? 裸の王様になりたいんなら別の話だがな」

 バレットが、立ち止まっていた私の足元に体をこすりつけながらぐるりと一周してこちらを見上げてきた。落ち着けという事だろうか。私が一瞬気が逸れた隙に、ディランが即座に話題を変える。

「なぁ、俺達は馬宿からそのまま館へ戻るが、ロバートはついてくるのか?」

「俺は港に飛行船を泊めてるから、街で別れるよ。船やロボット達の整備の続きがあるんだ。……だが、この事件の顛末をちゃんと知りたいから、巫女さんの話は聞いておきたい。後でまとめて教えてくれよ」

「そうか。うーん……いや、待て、ならこのまま館についてきた方がいいぞ。どうせ今後もレオン達と行動するんだろ? 巫女を通して必要物資があるなら要求しておけ。多少無茶な事言っても聞いてくれる。もしあいつが渋ったら俺も進言してやろう」

「あ、ああなるほど……まあ俺は助かるけどよ、ほんとそういう事に抜け目ないなお前……」

 ロバート船長がディランの発言に感心しつつも引いていると、不満そうにオディールが声を上げた。

「貴様、なぜ私にはその質問をしないんだ」

「空路問題でこの国からはまだ出られないんだ。どうせこっちについてくるんだろ? まさかまた山で過ごす気か? 館の部屋数は無駄にあるし、大浴場とベッドがある。慣れてても野宿は嫌だろう」

「ふむ。なら仕方ないな……」

「そこは素直についてくるんですね」

 狐の面頬で表情はよくわからないが、なんとなく機嫌がよさそうなオディールは大浴場か、と嬉しそうに言った。貴方、実は結構奔放ですよねとアルジャーノンがじと目で見解を述べている。

「話はまだ終わっていないんだが」

「そう思ってるのはお前だけだ。さぁ馬宿に戻るぞ。急がないと終電を逃しちまう」

 隣を通り過ぎるついでにぽんと肩を叩かれ、さっさと歩き出したディランに全員が後に続く。

 再びバレットに行かないのかとふくらはぎを押されて、一人取り残される前に渋々歩を進める。隣を歩く忠実な使い魔に、お前の主はすぐに煙に巻くし口が達者すぎて口論で勝てる気がしないと内心を述べてみたが、不思議そうに首を傾げられるだけだった。

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