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第十九話 チュートリアル

「一応確認なんだが、魔法は使っていいのか」

「貴方はだめです。威力が桁違いでしょう」

「王子様の方はいいのかよ」

「練習ですからね」

「はぁ……この俺を指南相手にご指名なんざ、いいご身分だぜ」

「次期国王ですからね」

 なぜか得意げなアルジャーノンを呆れたように見やるとディランは鞘を地に放り、仕込み刀を下段に構えた。

「そっちは鞘使ってもいいぞ」

「……いや、いい。大丈夫だ」

 じり、と爪先が土を擦る。軽く構えているように見えるが、隙がない。

「まあ安心して殺す気で来てみろ」

「何が安心なんだ……」

 軽く言うが事実、自信も実力もあるのだろう。城の剣術指南では、エバーハルトに簡単にいなされ幼少期から一度も勝った事がなかった。御庭番衆頭領であるディランも同等の実力であるはずだから、真剣勝負であれ怪我の心配はないだろう。

 しかし、気がかりなのはこの危険な試合を、なぜかアルジャーノンが率先して言い出したことだ。普段なら泡を食って止めそうなところを、まるで喜んで見守っているようにすら見える。

 二人の態度に先ほどからずっと違和感があるのだが、言い表す言葉が見つからないため仕方なく飲み込んで合図をした。

「——では、こちらから行くぞ」

 足を踏み出し、勢いよく袈裟切りに刀を払った。冷静に軌道を一瞥したディランは下段の切っ先を跳ね上げ、振り下ろされた刀を弾く。それはあっさりと軽く振るったように見えたのに、まるでとんでもなく巨大な力に吹っ飛ばされたような衝撃が刀から伝わってきた。

 体ごと持っていかれそうになるのを耐えて、吹き飛ばされた刀の峰を肩で受け、振り被るように遠心力を乗せて横一文字に薙ぐ。

「まともな人間相手に手加減ってのは難しいもんだな」

「王子に傷一つつけてはいけませんよ」

「わかってるよ」

 渾身の振りもまた弾かれた、と思ったら彼が低く踏み込むと共に一陣の風が前髪を揺らした。銀色が目の前に見える。

「……なっ⁉」

「一本!」

 額に拳一つ分だけ開けて突き付けられた真剣の切っ先に、瞬きさえ躊躇われた。死を直感した体が硬直して動けない。アルジャーノンの判定が遅れて聞こえてくる。

「軌道が見えなかった……」

 刀を軽く振って峰を肩に置き、彼は溜息をつく。

「やりすぎた。もう少し力を抑えないと……仕事柄、奇襲が多いもんでね」

 言われて初めて、掌が痺れたように震えていることに気づく。弾かれた時、衝撃をうまく受け流せなかったのだ。

「続けるか?」

「問題ない。頼む」

「……そういや、水の試練はどうだった? 嫌なものを見ただろう」

 再び距離を取ってから刀を構え直した後、彼はわざとらしく話を逸らした。

「なんだ、勝負の最中に」

「いやぁ、精神のケアが必要かと思ってな。あの後に魚を捌いて食えるほど豪胆なんだから、問題ないかもしれないが」

 その言葉で、湖の底で見た人間みたいな奇妙な魚がフラッシュバックして思わず顔を顰めた。

「あれを見たのか? 不気味だとは思ったが、試練の幻覚なんだろう」

「いいや違う。あの魚は、挑戦する資格もないのに試練に挑み、失敗した者の末路だよ。そうならなくて良かったなと言いたかった」

 一瞬、言われた意味が良くわからなかった。脳が理解を拒んだとも言える。

「他にも何か見たか?」

「白骨死体や人の手に……二人の死体が水面から投げ込まれた」

「やっぱりな。身近な者の死を見せるのはあいつの十八番だ」

「だが、そのおかげで幻覚だと看破することが出来た」

「え」

 不思議そうな顔をした二人に向かってそのまま続ける。

「最初はショックを受けたが、ディランの姿を見た瞬間になぜか——とても、嘘くさく見えたんだ。何を言っているのかと思われるかもしれないが」

「お前は何を言っているんだ?」

「この人の幻覚が必死に助けを求めてきたとかなら、まだわかりますが」

 口々に否定されて静かに落ち込んでいると、ディランが口を開いた。

「——いや待てよ、あいつが俺の死を上手く想像できなかった可能性も——うわ」

 真向に振り下ろした刀を避けられ、逆袈裟切りに振るうも止められる。

「だめだったか」

「勝てないからって不意打ちとは……」

「いい判断ですよ王子!」

「おい公平さはどうした審判! それに真剣勝負は相手に敬意を払うんじゃないのか⁉」

 何本か続けざまに打ち込んでみるが、やはり最小限の動きで刀が払われる。刃が触れた瞬間、柄に込めた力ごとすかされるようで、まるで靡く布を無理やり叩き切ろうとしているようなやりにくさを感じる。

「このっ……のらりくらりと」

「おーおー礼儀正しいエバーハルトの剣筋だ。一応ちゃんと基礎は仕込まれてんだな」

「軽口を叩くな……えっ、彼の事を知っているのか⁉」

「そうだよ。俺の元相棒だ。といってもあいつは兵士、俺は僧兵を率いていたけどな」

 振り回すうちに、いや、ある意味振り回されているうちに、刀を振る腕がずしりと重く痺れてきた。少しでも気を抜けば腕が下がりそうになるこちらに比べて、ディランの振るう刀は地に着くどころかぶれる事がない。

「関わりが、あったのか」

「徴兵されたばかりの頃は同室だったから、あいつは兵舎から脱走した俺を律儀に叱りに追いかけてきて、結局二人まとめて教官に説教されていた。今となっては懐かしい人間時代の思い出だ」

「そんな気はしていましたが、やはり城でも問題児だったのですね」

 アルジャーノンが呆れたように呟くのが聞こえた。

振り下ろした刀がまるで吸い込まれるように鍔迫り合いに持ち込まれ、ぐいと距離を詰めたディランが押し切るように上体に力を籠めると、踏みしめた地面ごと体が押され後ろに下がる。

「な、なんて力だ……っ!」

「お前が敵なら、その刀ごと体もへし折れて死んでいる」

「仕方ありませんね、一本!」

 完全に優位を獲られたままこちらをのぞき込む翡翠の目は、その言葉が真実である事を物語っていた。渋々と言った感じでアルジャーノンが判定し、その合図で互いに刀を放す。

「次は魔法を使ってもいいぞ」

 この世界の魔法とは、武器への属性付与から魔弾による属性攻撃、自身の攻撃力守備力強化まで多岐に渡り、各々の適性によって得意な属性がある。私が現在使用可能なのは水属性魔法で、炎属性の敵に対して特攻である水弾にして放つ事が出来たり、敵の炎攻撃を防ぐ際に水の防壁を張る、などができるわけだが。

「特に効果があるように思えないからいい」

「今使えるのは水属性魔法だろ? 目くらまし位にはなるかもしれないぞ」

 そんな訳がないのは先ほどのディランの戦いぶりを見ていれば一目瞭然なのだが、そんな気休めにもならない言葉を吐いてきた。

 もう一度距離を獲って構え直し、魔力を籠めると刀身が燐光を放った。

「自分の守護精霊と連携して戦う事もある。魔法は鍛錬しておくに越したことはない」

「あっ、そうだ、先ほどからホーリーが召喚出来ないんだ。貴方は何か知らな——っ⁉」

 パキンッと甲高い音が反響して響いた。細かく冷たい霧のような、飛沫のようなものが顔にかかり、瞬きをする。ディランがこちらに背を向け、何かに向けて刀を振るったらしい。

 ほぼその音と同時に、白い何かが弾丸のように突っ込んできていた。衝撃で体が傾ぐ。空を舞う刀と大きく広がる空に、アルジャーノンに突き飛ばされ、覆い被さられているのだと認識するのに数秒かかった。

「無事ですか王子⁉」

「……な、なんっ」

「——逃がすか」

 地を這うような声を残して、ディランの姿が一瞬で足元から噴き出した水に包まれ、バシャンと飛沫が打ち付けられると同時に消えた。何が起こったのかと訳も分からず辺りを見渡す。

 こちらの顔を覗き込み、無事を確認したアルジャーノンは額を拭って息をついた。

「庭に戻りましょう王子。刺客は彼が対処します」

「刺客⁉」

「ええ、少し前から様子を窺っていたようです。実は早朝私も探していたのですが、気配は隠れるばかりで」

 悔しそうにそう言うと、手を引かれ庭へと連れ出される。

「まさか、それを炙り出すためにこんな事を」

「ばれましたか」

「流石にあれは怪しすぎるだろう、だって、二人共急に……」

「まあ弁解はできませんね」

 振り返り、しっかりと門を施錠したアルジャーノンは、肩の荷を下ろしたかのようにすっきりした顔で言った。

「巫女の番犬だか猟犬だか知りませんが、この機会にお手並み拝見といきましょう。哀れな狐狩りの成果が楽しみです」

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