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第十五話 人魚姫

「何をどうすればいいんだ……」

 精霊はしまえる、とはディランの談だが、この水の守護精霊ホーリーは先ほどから宥めても賺しても全く言う事を聞かなかった。というのも、気が遠くなるほど指輪に封じ込められていたのだと主張する本霊曰く言いたいことがたくさんあるようで、

「アルジャーノン様は本当に可愛らしいですね。撫でてもいいですか?」

「あわわわわ」

「ディラン様、初めてお会いした時は、私本当に助かりました。何度礼を尽くしても足りません」

「仕事だから気にするな」

 人懐っこい鳥のように交互に二人に向かってはどんなにあしらわれても気にせずにこにこと話かけ、それが一向に止まらないのだ。

 第一表層人格は比較的扱いやすいとかなんとか言ってなかったか?とディランに視線を向けて訴えたが、そりゃあ元の本人とその個体差によるだろと正論で返されてしまった。

「も、もういい、ホーリーやめろ。そしてもう帰ろう!」

「やめませんが?」

「……」

 みんな私に捕まるんだ、と決死の覚悟で言うと、体温が高くなったアルジャーノンと全然変わらないディランが捕まり、

「本当に本当に皆様と出会えたこと、私——」

 指輪に魔力を込めると、来た時のように祠の灯が揺らめいた。

「——心の底から感謝しているのです」

「喋りながら位相を超えるな」

 ようやく元の世界に戻ってきた。一気に生物の気配が戻ってきて、太陽光が温かい事に息を吐く。

 魔物がいるのは現実世界の方なのだが、木々が風に揺れることすら、なんだか安心する光景だ。

「お前が俺たちの事を大好きなのはよくわかったよ」

「身に余る光栄ですが、同時に大変恐縮です……」

 天真爛漫に感謝を伝えては周りをぴょんぴょん跳ねる精霊の姿に、真っ赤になって震えているアルジャーノンとげんなりしているディランを見ていると、段々申し訳なくなってくる。

「なっ、ホーリー、もう気が済んだだろう? そろそろ……」

「済んでいませんが?」

「……」

 額を抑えていると、二人がひそひそと囁くのが聞こえてきた。

「どうしましょう、私心配になって来ました。もしも悪漢が善人のフリをして王子に恩を売ろうと近づいた時、こうしてホイホイ信じてしまうのではないかと——」

「そして雛鳥みたいについていくんだろうな。それを事前に防ぐのがお前の役目じゃないのか」

「貴方の仕事でもあるんですよ」

「ああ、心地よい囀りが聞こえます。鳥と言えば御二人方、小鳥は好きですか? 私、あの愛らしい生き物が大好きで——」

「自由か? こいつは」

「無邪気とは正にこの事を言うんですね」

 もうやめてくれ、と赤くなってきた頬で叫ぶ寸前だった。

「ディラン様——!」

 どこかから声が聞こえた、と思ったら地響きのような音がして、突如湖から間欠泉の様に水流がこちらに向かって吹き上がってきた。

「えっ」

「なっ、何事です⁉ 王子っ、私の背に——」

「アルジャーノン様。それは体格差がありすぎて、無理があると思います」

「なんだ⁉ 湖が突然——」

 バシャン、と跳ねる音がしたかと思うと、海藻で編まれた大きな蓋つきの壺を頭上に乗せた何かが、上空から降ってきた。

「っ⁉ あぶな——」

 咄嗟に動いたのはディランで、元気よく水流から降ってきた人影のようなものを受け止め草むらに倒れこむ。

「敵襲ですか⁉」

「ち、ちが」

「館で呼びかけてもご不在だったのでどうしようかと悩んでいましたが、ディラン様の魔力に気づいて飛んできましたわ。お急ぎなんでしょう?」

「イリス、ここだと、正直困る……館でもう一度呼ぶから……」

「あら? それはごめんあそばせ」

「に、人魚だ! 本物の……」

 装飾された珊瑚の角が生えた長い髪を優雅に揺らし上体を彼に抱きかかえられたまま、上機嫌にパシリと尾びれを揺らしたのは本の中でしか見たことない存在、本物の美しい人魚だった。

「ごきげんよう。本日は波も穏やかで……いえ、陸の挨拶だといい日和? ですわね。彼らはディラン様のお友達ですの?」

「違う。仕事の関係者だ」

「違わない事もないと思います。現にマスターはすでに得難い友と思って——」

「まあ、どなたですの? このシロイルカは」

「ホーリー、話がややこしくなるからちょっと黙っててくれないか」

 焦ったようにディランが止めた時だった。

「姫様お待ちください! お一人で出歩くのは危険です! それに勝手に水鏡を使ってはいけませんとあれほど……貴様! その無礼な手を放さんか!」

「うわ待て違うこれは不可抗力で」

 同じく慌てて水流から飛び出してきた、どうやら人魚の兵士らしき女性が銛を振りかざしてディランに詰め寄った。

 姫とは違い、同じような魚の尾はあるが猛禽類の足で歩いている。守護精霊と揃ってぽかんとしていると、何かを察したらしいアルジャーノンが口元を抑えて震えだす。

「ちょっと……面白くなってきました」

「ど、どうしたアルジャーノン」

「いえなんでも」

 肩を震わせたまますっと視線を外したアルジャーノンは気にかかるが、何やら言い争っている二人の方に向き直る。

 地に膝をついたまま、即座にホールドアップの姿勢で弁解しているディランへ今にも銛を振るわんばかりの兵士を見て、人魚姫は眉をひそめた。

「無礼なのは貴方の方ですよラトロク。水の国の恩人になんたる態度なのですか」

「なっ⁉ ……申し訳ございません。しかし姫様、その、恩人とはいえ、あまりにも近づきすぎです」

「そうだぞ」

「まあディラン様まで。私、頼まれていた魚をたくさん捕らえてきましたのよ。ヒトが食べられる魚の種類は私よく存じませんが、死に至るような毒はないはずです。恐らく」

 よいしょ、と大事に抱えていた壺を引き寄せると海藻で編まれた蓋を開く。中には様々な種類の魚がたくさん泳いでいた。

「ありがとう。こんなに集めて大変だったろう。けどそれは館で受け取るから帰ってくれ。今渡されても運べないんだ」

「あら、それは盲点でしたわ」

「一国の姫をこのような使い走りにして丁重に受け取るどころか突き返すだと⁉ 不敬にもほどがあるぞ、貴様いい加減に」

「悪いと思っている。そもそも使いを寄こすと思ってたんだまさか直接来るとは……」

「そもそも気軽に頼めるような相手ではないのだ! 弁えろ!」

「弁えるのは貴方ですわ」

「申し訳ございません姫様!」

「このまま放っておくと、何らかの永久機関になりそうですね」

 アルジャーノンが三人に対する所見を述べたところで、では一度帰還しますわ、とイリスが元気よく挨拶をした。

「それでは、またすぐにお会いしましょう」

「あっ、お待ちください姫様!」

 足元に水流を出現させ、壺を再び頭上に乗せて宙に大きく跳ねると、吹き上がり続けている水に飛び込んでしまう。慌てて後を追う兵士も続き、水柱はみるみる内に収まっていった。

「人魚はあの湖の底にも住んでいたのか?」

「いや、あいつらは水から水に移動できる能力があるんだ」

 流石にここまで来るとは驚いた、と体についた土埃を払いディランが立ち上がる。

「人魚とは、私も初めて見ました。実物は思っていたより大きいんですね……」

「鱗がとっても綺麗で……私感動しました」

 口々に話し合う二人の前をあっさり通り過ぎる姿に声をかける。

「恩人と言われていたが……」

「巫女の指令で魔物から助けた事がある。その縁だ。……じゃあ館に戻るぞ。精霊は実体が無いから三人乗りでも問題ない。お前が乗せていけ」

 急勾配を降りると、のんびり草を食んでいる栗毛の馬と、こちらを見ている馬の姿のバレットが待っていた。

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