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第一話 スリとはなんですか?

書かねばならぬ 書かねば……

R15設定は念のためです。

「——ま、待て、すみません! 通してください、そこの……っ、人! 止まれ!」

 路地裏を縫う様にすり抜ける人影を追う。木箱や樽や人に衝突しそうになる度、どんどん差が開いて息が切れる。いったい、どれほど走り続けたのだろう。

 旅の始まり三歩目で人の懐から全財産を奪い取った悪漢が振り返り、余裕綽々でこちらを嘲笑った時だ——その頭上に、黒い影が落ちてきた。

「——ぐえっ⁉」

 悲鳴を上げて男が倒れ伏す。砂埃が舞う中、捕り物騒動に関わるのを忌避して消えていく野次馬の群れを懸命に掻き分けた。

「盗んだ物を返してやれ。スリの癖に獲物を間違えるな」

「なっ、なんだ⁉ アンタ誰だよ、関係ないだろ⁉」

 人一人が上から落ちてきたのだ。結構な重量と衝撃のはずなのだが、地に伏せた男は意外と元気に喚き散らしている。その胸部を何やら槍の様な、杖状の武器で軽く押さえたまま背を向けて立つ、目深にフードを被った人物は淡々と諭した。

「関係はないが、一つ忠告しに来たんだ。そいつを狙うと、ここに騎士団が押し寄せて来る羽目になる。やめておけ」

「何だって? じゃあ、この坊ちゃんってやっぱり——」

「すまない! 貴方のおかげで助かった……」

「いや、こちらの問題だ。気にするな。ついでに金輪際この辺りには近寄らないでくれると助かるんだが……」

 彼は素っ気無い言葉だけを寄越し、こちらの方を見向きもしない。そのまま重心を押さえられ、起き上がる事も出来ず何事か喚いている男の懐を探ると、盗まれた革袋を掴んで無造作に放り投げた。慌てて両手で受け取れば、袋からジャリンと重々しい音が鳴る。

「へ、へへっ、なあ旦那ァ……聞いたろ? あの坊ちゃん、どう見ても金に困ってねぇ身分だぜ? だったら少しぐらい頂いたって——」

「まだ隠してるだろ。その靴を脱げ」

「ひっ……なんだよ、何も持ってねぇよっ、誓って本当だって!」

 声を潜めて訴えかける男に対し、嘘を吐くなと彼が杖で爪先を押さえると、脱げた靴から金貨が複数枚零れ落ちて泥棒が悲痛な声を上げる。この一瞬で靴底に隠す技があるのかと、つい妙な所で関心した。

「小賢しい奴だな……」

「ケッ、へいへい悪かったね旦那。この通り反省してまさァ、どうか許してくんな」

「自分で言うなよ。……なぁ、悪いがこのまま兵士に付き出すとなると時間を食って面倒なんだ。こいつは見逃していいか?」

「私は、別に……戻ってきたからいいが……」

 へっへと下卑た笑いを浮かべつつ媚び諂う様に揉み手をしていた泥棒は、私の返答を聞くや否や風の様に裏路地の奥へと消えた。

 恩人はというと、手にしていた武器を一瞬で霧散させ、何やら複数の金属の輪を袖口に隠している。次に地面に転がったままの金貨を見て嫌そうに顔を顰めると、徐に指を地面からこちらへ差し向けた。すると金貨がひとりでに浮き上がり、まるで引き寄せられる様にこちらに向かって飛んでくる。慌てて両手で受け止めている合間に、じゃあと短く別れを告げそのまますれ違おうとしたので、咄嗟にガシリとその腕を掴んだ。

「ちょっと待ってくれ!」

「な、なんだ」

「貴方のおかげで助かった。せめて礼を言わせてくれ。それにまだ名前も聞いてない」

 はぁ、と溜息を吐くと彼は顔を隠す様に俯いた。深く被ったフードで目元までは見えなかったが、この辺りでは珍しい黒い髪が青白い頬を覆い隠して揺れている。

「名乗るまでもない。さっきも言ったが、あんたみたいなのにこの辺を彷徨かれると困るんだ。ここは治安が悪いから、表通りを——」

「……もしかして貴方が、私の道中の護衛だったのか? なら、隠す事はない」

「は?」

 小声で囁くと、大きく見開かれた瞳とようやく目が合った。人の視線を惹く様な翡翠色だ。

「誰が護衛だ! 妙な勘違いをするなその手を放せ」

「そうなんだろう? いきなり泥棒に遭遇するとは驚いたが、この状況で助けが入るなんてあまりにも都合が良すぎる。きっと貴方が、エバーハルトの言う城の使いなんだろう? せめて、最初の試練までは一緒に来てくれないか? 見ての通り旅に不慣れで、本当に困っているんだ」

「ち、違う! 本当に人違いだ! ——それに、そんな身分で自分の正体を簡単に明かす奴がいるか! 少しは言動に気をつけろ!」

「あっ、待ってくれ」

 敢えなく腕を振り払われてしまった。翻るマントの裾を追いかけ、急いで角を曲がると——

「いない……?」

 眼前に広がるのは袋小路。突き当りの壁周辺には当然、身を隠す場所どころか抜け道も見当たらず面食らう。そもそも、距離はそこまで離れていなかったはず。それなのに——彼の姿は忽然と消えていたのだ。

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