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血染めの百合は愛ゆえに咲く  作者: 月夜野桜
第二章 運命共同体
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第四話 運命共同体

 奏の頭上すぐを通り過ぎ、金属製のドアを銃弾が穿った。引き倒すのが一瞬でも遅れていたら、命中していた。直後、わき腹に激痛が走る。


(四倍速!)


 全身を荒れ狂うように走る痛みの信号に顔を歪めつつも、ユリアは加速アクセルの倍率を上げた。奏を抱え上げて地面を蹴った直後、背中のすぐ後ろで再びドアに跳ねる弾丸の音が届く。


 その先は大胆に動いた。弱い念動力なのであれば、射線を大きく変えるのには時間がかかる。もう一つの罠はないと信じて、一気に物置の海側の陰に入った。


 足元に何かが置いてある。見たことのある形状に、ユリアは思考停止しそうになった。誰もいないのに、銀色のピンが勝手に抜けていく。


(死んだらごめん!)


 多少の衝撃では爆発しないはず。安全レバーが外れてしまう前に、手榴弾を蹴り飛ばした。その行き先を見極めることもなく、海側へと全速力で走る。段差の下へと飛び下りる途中で加速アクセルが切れた。


「ユリちゃん!」


 奏の悲鳴がやっと聞き取れた。周囲の時間が遅くなると共に、声が低く、ゆっくりとなってしまって、何を言っているのかわからなくなっていた。


「伏せて!」


 着地と同時に地面に降ろした奏の頭を、胸に強くかき抱いた。直後、斜め後ろから轟音が響く。


 思ったよりも爆発までの時間は長かった。加速アクセルの効果時間中なら、手榴弾は大した脅威ではないのかもしれない。


「はぁっ、はぁっ……」


 荒い息を吐きつつ、ユリアは地面に倒れ伏した。その背を奏が揺らす。


「ユリちゃん! ユリちゃん! 大丈夫!? 血、出てる!」


「も……もう治ってる。逃げるわよ!」


 痛みは完全に引いていて、加速アクセルが切れる前に銃創は再生してしまったようだった。奏に感謝しなくてはならない。再生リジェネがなければ、恐らくここで動けなくなり、追撃で殺されていた。


 さすがに抱えてあげる余裕はなく、奏の手を引き段差の下を二人で走った。銃弾は届かないと安心できる場所まで行ってから、やっと後ろを振り返る。


 追いかけてきてはいない。だが外に出て武器を拾っている。その銃口は、こちらではなく山側に向けたように見えた。


「ホントに治ったの?」


「その話は後で。もっと離れないと」


 後ろから連続した射撃音が響いた。こちらに向けてのものではない。手榴弾の音を聞いて誰かがやってきたのだろう。


「あれ助けなくていいの!?」


「今は自分たちの生命の方が大事!」


 後からやってきたのは、仲間になれる人物かもしれない。奏はそれを心配して何度も振り返っているのだろう。しかし、見捨ててでも生き残るべきだとユリアは考えた。


 そもそもこちらはサバイバルナイフ一本だけ。加速アクセルのクールタイムも残っている。加勢のつもりが足を引っ張りかねない。


 再び爆発音が響く。もうそれなりに遠くなっていて、どちらがどうなったのかは判別がつかない。敵となる方が生き残ったと仮定して逃げ続けた。


 前方に谷状になっている場所を見つけると、海岸から離れて入り込んでいった。大きな岩がいくつも転がっていて、その間に身を潜める。


 しばらくは二人とも荒い息を吐くだけで、会話はできなかった。先に口を開いたのは奏。セーラー服の裾をめくりながら、撃たれたユリアの右脇腹を触って確かめている。


「痛くないよね? きれいに治ってる……」


「だから、加速アクセルが切れる前には治ってたって」


「ごめんね、わたしを庇って……」


 ユリアの頭をかき抱くようにして、奏が涙声でそう言う。


「私は私を護っただけ。一発目、あなたの頭を狙ってたみたい。あなたが死んでたら、私もあの場から無事には逃げられなかった」


 気休めではない。実際、弾丸は奏のすぐ頭上を通過していったように見えた。二発目や三発目は少し異なる位置に着弾したのだから、あれはユリアを狙っていたものだったのかもしれない。


「でも……でも……」


「お願い、静かに。また誰か来てしまう」


 泣き止ませるには、これが一番と考えた。効果てきめんだったのか、奏はすぐにユリアを放すと、涙を袖で拭った。


 ユリアは自分のセーラー服の裾をまくって、どこに命中していたのか確認した。傷は治っていても、血痕の位置で判別できる。背骨の右側辺りを斜め後ろから撃たれたようだ。腹側には血は付いていない。弾丸は掠めたわけではなく、深く抉ったということ。


 そうすると、撃たれてから再生するまでの時間は、考えていたのよりも大分早い気がする。実時間だと何秒だったのだろうかと計算してみた。


 最初に発動したときには恐らく二倍速。撃たれるまで、体感時間でも何秒もなかった。その後すぐに四倍速に上げた。すると加速アクセルが切れるまで、実時間にして六~七秒程度といったところか。


 首筋をナイフで切り裂いただけで四秒かかるのなら、計算が合わない。加速の効果で再生も早くなるのかもしれない。もっと安全そうな場所に移動してから、検証しておいた方が良いと思える。


 移動の前に確認すべきことがある。遠目だが姿を見て確定した。あの結花という人物は、オーディション会場で奏の陰口を叩いていた、派手な金髪の少女。髪はもう少し大人しい色に染め直したようだが、声と合わせると間違いない。


「奏、さっきの結花って人。最後まで生き残る役なのなら、稽古でもかなり顔を合わせたはず。どんな人物でどういう性格だった?」


「えっと……明るくて、物怖じしなくて、活発で、それから――」


「今は篠川小波じゃなくて、塚本奏に聞いてるの」


 美点ばかりを挙げる奏の言葉を遮り、ユリアはきつく言った。訊きたいのはそういうことではない。


「女優ではなく、一人の女の子としての奏に訊いてる。演技は要らない。生き残るために必要。本当のことを教えて」


 しゅんとした様子で下を向く奏。その唇から小さな声が漏れた。


「……そういう子だって思いたい。けど、わたしのこと僻んで陰口叩いてばっかりいるって、クラスの友達に聞いた」


「同じ学校なの……?」


「芸能人が多いとこだから、仕事の奪い合いになることもあって。一部は結構ギスギスしてる」


 心底哀しそうで、辛そうな声で奏は続けた。


「本当は転校したい。でも休んでばかりで卒業できる学校は少ないから……」


 芸能人ならではの苦労。それも同年代では一番人気だからこその、理不尽に向けられる敵意。


 そんなに順風満帆でも、幸せだけでもない人生なのだと知った。奏には奏なりの悩みがある。辛いことを乗り越え、耐え忍んで生きている。


 だとすると、逆に先程襲われた原因がよくわからなくなってしまった。相手に奏を殺したいという動機があったかもしれない。設定ではなく結花という現実世界の人間として。狙いはユリアではなく、明らかに奏だった。


 どのくらいの格なのかは知らないが、一応芸能人のはず。なのに、一般人に混じって公開オーディションを受けていた。結果、準主役に抜擢されたとはいえ、待遇の違いでそれまでの恨みは更に増したに違いない。


 そして殺しても誰にも咎められないだろうこの状況。それができる異能力と武器。殺る気になってしまってもおかしくはない。


 ユリアが生き残ったことで脚本が狂ったからか、それとも最初からそんなもの関係ないのかはわからない。少なくとも、脚本上の仲間だからといって信頼することはできないのは確か。


 役者個人の性格で動いているだけなのか。それとも全員が狂気に憑りつかれているのか。それが確定できないことがもどかしい。


「奏。あなたには受け入れがたいこととわかってて敢えて言う。この先、誰も信じないで」


 悔し気に顔を歪める奏。ユリアも同じ顔をしたいのを堪えながら、氷の瞳を保って続けた。


「私のことも信じなくていい。でも最後に二人だけが残って、どちらかが死なない限り終わらないと確定するまでは、絶対にあなたを裏切らない。約束する」


「わたしは……わたしは、みんなを信じたい」


 瞬きと共に、再び雫が頬を伝う。俯けていた顔を上げ、それ以上涙が零れないようにしっかりと目を開きながら、ユリアの瞳を見つめ返して奏は告げた。


「でも助けてくれたのはユリちゃんだけだから、ユリちゃんの判断に従う。わたしのわがままでユリちゃんが傷つくのは、もうイヤ」


「お願い。私たちはもう運命共同体だから……」


 腕を伸ばし、奏を優しく抱きしめてあげた。


 絆が必要だ。再生リジェネを発動したとき、二人の間をつなぐ糸のようなものが視えた。奏自身への発動にも、『死が二人を分かつまで』と宣誓していた。


 再生リジェネの効力に、具体的な数値基準は示されていない。曖昧ではあっても、身体強化エンハンスには常人の二倍と表記があったのにもかかわらず。


 ならば、効力の基本値を決める何かの条件があるのかもしれない。『死が二人を分かつまで』なのなら、それはきっと繋がれた者同士の絆の強さ。


 そう思いたい。ユリアはそんな風に考えるようになってきていた。


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