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血染めの百合は愛ゆえに咲く  作者: 月夜野桜
第二章 運命共同体
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第三話 疑心が生ずは暗鬼か否か

「本当にあったね……やっぱりお話の世界になってる?」


 道の脇の茂みにしゃがみ込みながら、奏が言った。視線の先には、コンクリートブロックを積んで作ったらしき物置小屋がある。


「どうかしら? 原作では架空の島という設定でも、ここをモデルに書いたんじゃないの? 奥に見えるあの小島、地図に載ってた気がする」


 聞いたことがない島だったので、ロケに来る前に興味本位でどこにあるのか調べた。その時見た地図と現在地との正確な対応こそわからないものの、方角からすると、間違ってはいないと思う。


「あー、そうなのかも。小さい島がいくつかあるのは、わたしも地図で見た」


「あんまり考えても仕方ないわ。少なくとも夢ではなさそう。ここがどこであろうと、殺されたら死ぬ。確かなのはそれだけという前提で動きましょう」


 この先やや急な斜面となっており、樹々はなく足元の草丈も低い。見通しがよく隠れる場所がないので、出たら確実に見つかる。物置の中や裏側に誰かいたら、先制攻撃を受けるかもしれない。


「どうやって近づこうかしら……」


「ここから呼びかけてみよっか? 大声出せば届きそうだよね?」


「奏、そういう発想は危険」


「でもね、誰かいるとしたら味方なんだよ。わたしがあそこに隠れてるとやってきて、一人目の仲間になってくれる人。最後まで一緒に戦う役だから、どっちにしろ安全なんじゃないかな?」


 元のまともな人間のままでも、脚本通りの性格に変わっていたとしても、友好的に接してくれるだろう人物。最初に接触するには理想的と思えるが、全員がまともではなくなっている可能性は捨てきれない。


「中って、武器があるはずなのよね?」


「脚本でも原作でも、拳銃とアサルトライフルがある。予備の弾や、水と食糧も」


「ずいぶんと物騒な武器ね……」


 拳銃はともかく、アサルトライフルは連射が効く上に威力も高いだろう。急所を避けられても、追撃で殺されそうな気がする。照準を定められたら最後かもしれない。


「まずは私一人で――」


 奏の表情が曇ったのを見て、ユリアは続きを言い換えた。


「行こうかと思ったけど、悪手ね。敵になりうる人物が、あそこにしかいないわけじゃない。あなたがここで襲われた場合、助けに戻るのが間に合わない」


 表情を緩ませて、奏がうんうんと頷く。


「とはいえ、アサルトライフルって射程長そうだから、中から狙撃される可能性もある。加速アクセルを使って一気に接近するわ。もし撃ってきたら、ここは回避して逃げるから」


「えっと……わたし、また担がれちゃうのかな?」


 首を傾げつつ嫌そうに返す奏に、ユリアは涼しい顔で答えた。


「身体能力上がってるから大丈夫」


 二つ折りにする形でひょいと持ち上げ、その勢いのまま斜面に飛び出る。


加速アクセル・二倍速――)


 変化をつけられるよう遅め、かといって容易には狙いを定められない速度で駆け下りた。身体強化エンハンスの効果で素の速力も上がっている。体感三十秒あれば、辿り着けるはず。


 ボロボロと崩れやすい地面だったが、加速アクセルの効果もあって安定して下りていくことができた。なるべくジグザグに進んでみたが、特に何事もなく物置の目の前まで近づけた。


 降ろした瞬間口を開きそうになった奏に対して、自分の唇に指を立てて当て、声を出さないようジェスチャーで指示をする。


 それから指を三本立てて示したあと、手のひらを伏せて見せ、三分間のクールタイムを待つという意思表示をした。理解してくれたのか、奏は無言でうなずく。


 攻撃をしてこなかったからといって、中に誰もいないとは限らない。迂闊にこちらの存在を知らせてはならない。


「もしかして、小波か?」


 背後から声がして、ユリアは反射的にサバイバルナイフの柄に右手をやった。疑問形になっている。見ていたわけではなく、足音を聞いていたのか。


 答えていいかどうか訊いているのか、奏が何かジェスチャーをしている。ユリアは小さく頷いて、奏に任せることにした。


 もし存在に気付かれているのなら、無言でいるのは悪手。敵意があると言っているようなもの。向こうは危険を承知で声を掛けてくれたのだから。


「そう、わたし。奏だよ。その声、結花ちゃんだよね?」


「こいつは最高だぜ! ここで待ってれば、ぜってー小波も来ると思ってた」


 奏がここに来ると予想していた。脚本通りの動きをする可能性が高いと踏んだのだろうか。こちらも周りがそうすると考えて動いていたのだから、特に不自然ではない。


「結花ちゃん一人?」


「ああ。さすがに怖かったぜ……。今鍵開けるから、中に入ってこいよ。ここに隠れてれば、たぶんしばらくは安全」


 すっかり安心しきった様子の奏が、行っていいかどうか目で訴えかけてきている。罠の可能性も捨てきれないが、少なくとも最初の一人目には友好的に接すると約束をした。


(信じなければ、信じてもらえないか……)


 とはいえ、保険は必要。まだ三分経っていないはず。時間稼ぎにユリアも声を出した。


「中って武器とかあるの?」


「誰だ……?」


「新原ユリア。最初に死ぬ予定だった銀髪女って言えばわかる?」


「あー、クリス。新山クリステル? お前、生きてたの?」


「なんとか命拾いした」


「イヤッホー! こいつはビックリだぜ……。ついでに最高! 殺し合うんじゃねーかと心配だったんだよ。マジで異能なんて使えるし、マニュアル見たら一人しか生きて帰れないって書いてあるだろ? 殺るしかねーのかと絶望しちまってたとこだよ。これで希望が出てきたぜ!」


 かなりテンションが上がっている。ユリアの無事を本気で喜んでくれているように感じた。


 ほらねと言わんばかりの顔で奏がこちらを見ている。ユリアが疑心暗鬼になりすぎていたのかもしれない。


「ねえ、中って武器とかあるの?」


 結局答えてもらえていないので、一応訊ねなおした。よく考えてみたら、この結花という人物も女優のはず。最初に奏の仲間になり、最後まで生き残る重要な役であれば、これくらいの演技はできてしかるべき。


「あるある。これで身を護れるぜ。安心してくれ」


「悪いけど、一度殺されかけたから、簡単には信用できない。安心が欲しい。中にある武器、外に捨ててくれない?」


 はっきり言って無茶な要求。しかしこれを呑むようであれば、信頼して良いと判断できる。


 しばしの間、沈黙が流れた。迷って当然。即答したら逆に怪しい。しばらくしてから、返事があった。


「はっきり言って怖え。お前がどんな性格なのか、オレはよく知らねー。だが、小波を信用する」


 ユリアにとっては意外な展開。しかし、本来ならこの方が正常とも思える。


「ありがとう、結花ちゃん!」


 満面の笑みで奏が応じる。それを見て、確かに信用せざるを得ないと納得した。奏が裏切るわけはないし、ユリアの裏切りを許すわけもない。


「入り口の左側――じゃわからねーか。ええと、山側に隙間がある。そこから蹴り出すから、ちょっと離れててくれ」


 角から覗くと、北側が入り口の模様。奏にはそのまま山のある西側に留まるようジェスチャーで示してから、ユリアだけ南に回った。


「反対側に来た。やって」


 砂礫の上を硬いものが滑るザリザリとした音が三回響いた。


「拳銃とアサルトライフル。中にあったのは、この二つだけだ。あとバッグに入ってたサバイバルナイフな」


 奏の方を見ると、角から顔を出して確認している様子。すぐに振り向くと、笑顔でOKサインを出した。


「信じてくれてありがとう。拾ってもいいかしら?」


「それは勘弁してくれ。小波を信用しただけだ。互いに非武装の状態で信頼関係を築きたい」


 当然の反応。ユリアも本気で拾うつもりで訊ねたわけではない。なのに結花は更に驚くべきことを言った。


「だが、拾いたければ拾ってもいい。信用してもらうには、自分の方から先に信用すべきと思うからな」


「わかった。拾わない。入り口開けて。今そっちに行く」


「ね、ユリちゃん。みんないい人でしょ?」


 ユリアの手を取りながら、奏が嬉しそうに言う。


 少なくともこの結花は信用していいと思えた。最初に襲い掛かってきた相手が、元々おかしかっただけ。あるいは、脚本通りの性格になっているのか。


 この結花の能力は先程聞いた。弱い念動力。致命的ダメージを与えられるほど強力ではない。武器さえなければ、避ける間もなく即死させられるということはないだろう。加速アクセルのクールタイムは解消した以上、裏切られても逃げ切れる。


「クソっ、厳重に閉めすぎたぜ……」


 鎖でも使ってドアノブを固定したのか、ガチャガチャと金属音を響かせている。


「ちょっと待ってくれ。なかなか外れねー」


 それから金属製のドアごとガタガタと揺らし始めた。随分と手間取っている。


「おい、小波。外側なんか引っかかってないか? 開かねー。ちょっと見てくれ」


「え? なんにもないように見えるけど……。結花ちゃん、中から鍵かけてない? 鍵穴見えるよ?」


「開けたんだが……いや、閉めちまったのか?」


 今度は鍵を何度も回し始めた。いつまで経っても開かない。


(何、この違和感は……?)


 時間稼ぎをしているように思えてきた。味方が近くにいて、ユリアたちを狙撃でもするつもりなのだろうか。慌てて周囲を見回してみても、それらしき影はない。


「わたし、ちょっと開けてみるよ?」


「中からじゃ開かなくなってるのかもしれねー。小波、試してみてくれ」


 そう言いながらも、まだ鎖の音を響かせている。明らかに異常。


 何かを忘れている。何かに気づいていない。ユリアは必死に思考を巡らせた。疑問が浮かび上がる。


 なぜ結花は奏を役名で呼んでいるのか。この声、この名前。聞き覚えがないだろうか。こんな喋り方をする人間だっただろうか。


 捨てた武器は囮で、本当はもう一つあるのではないかと視線を送った時、拳銃がわずかに動いているのが見えた。


「奏!」


 射線に割り込むようにして、加速アクセルを発動しながら奏に飛びつく。誰もいない場所に落ちている拳銃から銃弾が放たれ、ユリアと奏に襲いかかった。


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