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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第1章 旅立ち編
6/30

6歩目 評価

 サクラはコンクリートの山を登っていた。高層ビルが崩れて出来た山だ。高さ10mほどの瓦礫(がれき)の山が一本道を塞いでいたのである。ビルが崩壊する前までは歩きやすいルートだったのだろうが、今となってはほぼ壁のような有様だ。

 大きなリュックを置いて身軽になったサクラは、慎重に足場を確かめながら瓦礫を登っていく。大きく身を乗り出し、掴みやすい出っ張りに右手を掛けた時、コスモスの声がかかった。


「サクラ様、その部分は内部構造が不安定です。右の突起を掴んでください」


 コスモスはサクラの背中にくくり付けられていた。ロープを使って雑に固定されたコスモスは目の前の壁をスキャンしてサクラが登る道を案内している。サクラが掴んでいた右手に少しずつ力を入れると、コンクリートの突起は根元から折れて落ちていった。

 紫外線の漂白と、不安定に積みあがった瓦礫のせいで見た目より脆い。内部構造のスキャンが可能だと自信満々に言ったコスモスがいなければ、サクラもこんな場所を登ろうと思わなかっただろう。


透過(ペネトレイト)センサーだっけ。外から見ただけで中身が分かるのは便利だね」

「処理が重く常用は出来ませんが、不安定な足場を登る際には欠かせません……サクラ様、その上の足場を使ってください」

「りょーかい」


 落ちれば怪我は避けられない。もし落ちる時にはコスモスをクッションにしようなどと考えながらもサクラは足場を見つけてひょいひょいと登っていく。やがて山の頂上に辿り着き、サクラは一息ついた。


「お疲れ様です。スムーズな登攀(とうはん)でした」

「ナビゲートありがとね。思ったより簡単に登れたよ」

「それにしても危なげがありませんでした。サクラ様の身体能力はかなり高いのですね」

「そうなの? ハカセとしか比べたことないから知らなかった。ハカセは運動音痴だったし」

「はい。同年代の平均を大きく逸脱しているように思われます」

「体力お化けみたいな言い方やめてよ……。それよりほら」


 頂上に上ったことで開けた視界。夕日に照らされた街が見えた。

 灰色の世界が、今は血のように赤い夕焼けに染まっている。赤い砂の大地と、形を残している巨大な建造物が落とした長い影。不気味な赤と黒のコントラストだった。


「あー……こりゃだめだね」


 そんな風景を見ながらサクラは呟いた。苦労してまで瓦礫の山を登った理由。高い場所に出て先を見通す必要があった。

 コスモスが計画したアークタウンへの最短ルートは、放棄された街の上に建造された高架道路だった。管理しきれず膨れ上がった街を踏みつけて建造された、大きな大きな一本橋。この橋を通れば複雑な道に悩むことも、倒壊の危険がある建物の間を進むこともないはずだった。

 眼下に伸びる大きな橋は、まるで巨人が戯れに踏み潰したように崩壊していた。


「通過は困難ですね。ルートを再構築します」

「あーもー。ここまで来たのにー」


 サクラは肩を落として瓦礫を下っていくのだった。




 西暦2206年。強力な紫外線と酸性雨、断続的に起こる地殻変動のせいで人類が築き上げてきた都市は崩壊しつつあった。

 一説によると、人類が管理しなくなった街で一番最初に起こる災害は洪水らしい。都市というものは、溜まった水を自然に排水出来るような作りではないそうだ。地下に溜まった水はポンプ類を用いて排水しなければならない。人類の技術とエネルギーによって穴埋めをされている構造上の欠陥なのだ。

 現在の都市といえば主たる人類を失い、管理されず成すがまま自然の状態だ。そうなれば地下空間に雨水が溜まり、洪水が頻発(ひんぱつ)し、都市構造の基幹部にダメージが蓄積する。

 その結果があの高架道路の崩壊であり、目の前に広がる街の惨状だ。自力で立っていられず隣の家に寄りかかるように傾いている建物や、右半分しか残っていない家、波打つように歪んでひび割れた道路。


「ここから先は明日、日が登ってから進みましょう」

「いいの? 日が暮れるまでもう少しあるよ」

「日没までにこの街を抜けられる確率は8.67%です。外観から見られる都市の根幹部へのダメージを予想するに、この街の中で野営をするリスクは許容値を超えています」

「難しいから簡単に言って」

「いつ崩れるか分からない場所ではゆっくり眠れないでしょう」


 サクラは成程と頷いた。瓦礫山の登攀の後、引き返して歩き回った結果、街へ繋がる道を発見した。街の入り口までは来てみたものの、その先の危険性を警戒したコスモスが野営を提案したのだ。

 サクラとしてはもう少し進んでおきたいところである。ただでさえ引き返したり回り道をしたせいで距離を稼げていないのだ。ただ、確かに瓦礫の中で迎える朝は嫌だった。


「じゃあ今日はここで野営だね」


 サクラは早速野営地を探し始めた。地面がしっかりしていて、水が流れ込んでこなくて、出来れば朝日に対して日陰になるところがいい。街に近づきすぎない方が良いだろう。少し戻ったところに平らな道があった。

 サクラはリュックを降ろしてテントを取り出した。一人用の小さなテントだが、ハカセが用意してくれていた逸品である。防水、対紫外線、耐酸性に優れる。電磁波に対するシールド加工もされており、このテントに籠れば磁気嵐をやり過ごすことだって可能だ。

 サクラは小さな瓦礫を足でどけてから、道の真ん中にテントを設置し始めた。どうせ車が通ることはないのだから、一番平らなところにテントを張るのは合理的な判断だった。

 コスモスはリュックの上でそんなサクラの様子を観察していた。コスモスのコアを仕込んだうさぎのぬいぐるみには、動くための機能が備わっていなかった。だから体を動かすのはサクラの仕事であり、自分の仕事は計画や管理であるとコスモスは考えていた。


「サクラ様はテントの設営にも慣れているのですか?」

「うん。かれこれ半年くらい続けてるからね。もう目を閉じても出来るよ」


(健康面、体力面の評価『優』)


 厳しい環境で半年間も旅をし続ける。それには知識や装備、何より頑強な体が必要になる。コスモスの簡易スキャンによれば、サクラの体調は健康の範囲内だ。


「昼間の登攀ですが、運動能力は普段から同程度なのでしょうか?」

「ん? いつもあれぐらい動けるかってこと? まあそうだね」


(運動能力、認知能力の評価『優』)


 コスモスは淡々とサクラという人物の評価を下していった。これからの旅の計画を立てるために必要なことだった。今のところ、サクラは肉体面でとても優秀な人間だった。


「よしかんせーい! それじゃご飯にしよ! お腹減っちゃった!」

「はい。栄養補給の後は明日のルート説明を……お待ちくださいサクラ様」

「え、なに?」

「その量はサクラ様には多いと思われます」


 サクラがリュックから取り出したのは缶詰とクラッカーといった保存食なのだが、量は成人男性2人分を超えていた。サクラはてきぱきとキャンプ用ガスバーナーを準備しながら首を傾げた。


「だってお腹空くでしょ? 昼は時間がなかったから行動食のカロリーバーだったし」

「それでも多すぎです。行動食は効率よく熱量を得るために多くのカロリーを含んでいます。加えてその量では明らかにカロリーオーバーです」

「えー。じゃあどのくらいだったらいいって言うの?」

「サクラ様の体重から計算するに、その3分の1が適正かと」

「少なすぎ! ……っていうかいつ体重なんて計ったの!?」

「体重とおおよその筋力量は、登攀時の足場の強度計算に必要であったため測定しました」

「最低! すぐに消してよねそのデータ!」

「サクラ様の健康管理に必要なデータですので、削除は出来ません」

「乙女のプライバシーってものがあるの!」

「旧時代に『乙女』と呼称される女性は、摂取カロリーを厳しく制限したそうですよ」


 サクラは顔を真っ赤にして黙り込んだ。コスモスのあんまりな言い草に何も言葉が出ないようだった。サクラはそのまま、用意した食料の半分をリュックに投げ入れ、コスモスも一緒に投げ入れてリュックの口を閉じた。

 そのまま荒々しい調理の音が響くのをリュックの中で聞きながら、コスモスはサクラに対する評価を締めくくった。


(計画性の評価『劣』。衝動性に難あり)

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