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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第1章 旅立ち編
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5歩目 ショッピング

「桜ですか」

「うん」

「確認ですが、仰っている桜とはバラ科サクラ亜科サクラ属の落葉広葉樹(らくようこうようじゅ)のことで間違いないでしょうか?」

「……ごめん。そっちの方が分からないや」

「主に白色から淡紅色の『桜色』と呼称される花を咲かせ、観賞用として広く栽培されていた樹木のことでしょうか?」

「そう! それ! 探してるんだけど、どこにあるか知ってる?」


 コスモスは数秒沈黙し、記憶領域に書き込まれたデータを呼び出した。

 2100年代の半ばまでは各地に植物が残っていたという記録がある。しかし、自然は環境破壊と戦争の影響で真っ先に犠牲になったもののひとつだった。環境変動に対応して生き残った植物はわずかであり、残った植物も強烈な紫外線に耐えられるために大量の色素を生み出した。つまりは毒々しい色の植物しか残っていないと記録されていた。


 いずれにせよ、研究所が稼働していた頃から周辺は砂と灰の大地だった。観賞用の植物が残っている可能性は限りなく低いと判断せざるを得なかった。


「申し訳ありません。桜の生息地についての情報はありません。また、この周辺で植物の生息に適した土地はないため、可能性があるのは遠方かと」

「そっかー。残念」

「サクラ様は桜を見つけた後はどうしたいのでしょうか? 保護、栽培を目的とするのであれば、それに必要な機器や環境も見つけなくてはなりません」

「ん? いや、桜を見てみたいだけだよ。ハカセが綺麗だって言ってたから。あ、お花見っていうのはやってみたいかも。なんか楽しいらしいし。えっと、それだけなんだけど……」

「承知しました。では最終的な目標を『桜の発見』に設定。工程を計算中です」


 真面目腐った調子で言うコスモスに、サクラは目をぱちくりとさせた。コスモスの反応が意外だったのだ。このAIことだ。「そんなことに何の意味があるのですか?」とか「もっと生産性のある目標をおすすめします」などと言ってくるだろうと思っていた。


「……言っておいてなんだけど、否定しないんだね。見つけたからって今の世界だと価値のある物じゃないよ?」

「目標の価値を決定出来ること。それこそが人類特有の能力です。ワタシには目標達成のための効率的な選択は出来ますが、目標そのものを評価することは出来ません」

「つまり、どういうこと?」

「その目標の価値はサクラ様にしか決められません」


 つまり、私の目標を肯定してくれているんだろうか? サクラは判断がつかなかった。気を使っていないことだけは確かだ。このAIにそんな機能は搭載されていないだろう。

 サクラは悩んだ結果「ありがとう」とだけ呟いた。コスモスは聞こえなかったように話を続けた。


「桜の探索について進捗状況を伺いたいのですが」

「んー? とりあえず暖かそうな南の方に歩きながら探してる」

「何か手がかりなどは発見されましたか?」

「ない! というかまともな植物も今のところ見てない!」

「……承知しました。計画の進捗率は0%と設定します」


 コスモスの声に呆れの色が混じった気がしたのはサクラの気のせいだっただろうか。


「では短期的な方針として、桜の生息地について情報収集を提案します。情報が残されている可能性のある施設の発見、もしくは桜について知っている人物の発見を目指します」

「うんうん。いいね! なんかそれっぽい感じがしてきた!」


 コスモスは、この人間は今までどうやって生き延びてきたのだろうと思った。また、奉仕対象が見つかるまでの補佐対象としては申し分ないとも思った。今のやり取りだけでサクラには計画性という概念がないのだと分かったからだ。サクラに足りない部分があるからこそ、コスモスの有用性が示される。


「まず、生存者がいる可能性の高い場所に向かいます。ここから南西方向約10kmに規模の大きなコロニーが存在していました」

「生き残ってる人がいるの?」

「スリープモードに入る前の情報なので明言は出来ませんが、現在地の周辺では最も可能性が高いと思われます。よろしいですか?」

「素敵! なんて名前のコロニー?」

箱舟の町(アークタウン)です」


 サクラは口の中でコロニーの名前を復唱した。アークタウン。サクラは由来となった神話を知らなかったが、希望が込められた名前なのだと感じた。


「うん。じゃあそこに向かおう! どのくらいかかるかな?」

「準備の後すぐ出発し、到着は余裕をもって明日の午後に設定します」


 直線距離で10kmであれば、徒歩であろうと3時間もあれば十分に到着が見込める。すぐに出発すれば今日中に到着することは難しくない。しかし、それは舗装された道が繋がっていればの話だ。

 整備する人間のいなくなった2200年代の道は基本的に荒れ果てている。ひび割れで歩きづらい程度であれば幸運だ。何度も起こった地殻変動で崩壊した建造物が道を塞いでいたり、そもそも道そのものが崩れて通れない場合も珍しくない。

 そういった場合は迂回路の捜索や道を引き返すことが必要になる。新たに見つけた道で、戦争で使われていた自立兵器に出くわすこともある。この時代において5kmというのは1日かけて進む距離だ。サクラも今までの旅の経験から、妥当な時間設定だと考えた。


「分かった。途中のナビゲートはよろしくね」

「承知しました。ところで、サクラ様は耐環境コートを着用していないようですが、荷物の中にあるのでしょうか?」

「あ、そうそう。忘れる所だった! そもそもここに来たのはコートを探してたんだよね」


 サクラはそう言うとテーブル上に置かれた見取り図をライトで照らした。この見取り図の存在も忘れていたが、何か書き込みがあったはずだ。

 予想通りこの研究所の見取り図で間違いない。丸印が書き込まれた場所はメインコンピュータ室からさほど離れていない部屋のようだった。


「コスモス、この部屋って何か分かる?」

「第3保管庫です。研究に直接関係の無い機器などが保管された場所でした。耐環境コートなど、外部遠征用の装備もあるはずです」

「ちょうどいいじゃん! 早速向かおう!」


 サクラはリュックを背負い直して立ち上がった。そして壁に寄りかかったままの遺体を見てから歩き出した。外に出るための装備の場所に目印を付けたのは彼だったのだろうか。ここで一人朽ちていった彼が向かいたかった場所は、会いたかった人は?

 後ろ髪を引く考えを振り切って、サクラは部屋のドアを開けたのだった。




 装備の保管庫は整頓されている部屋だった。整然と機器や装備が並べられている。サクラは何となく、ここを管理していたのは研究者達じゃないと感じた。


「もしかして、コスモスはここに詳しかったりする?」

「はい。保管庫の管理はワタシが担当していました。備品管理に整理整頓は不可欠であったため、定期的な整理を強く要請していた成果です」


 サクラは5分毎に整理整頓を求めてくるコスモスの姿を想像した。


「それは気の毒……じゃなくて、探しやすくてラッキーだね」

「はい。耐環境コートは入口から向かって右側のラックに格納されています」


 コスモスの示す先には金属製の棚があった。一抱えもありそうな段ボールを引き出してみると、中には折りたたまれたコートが入っている。サクラは思わず「わあ」と声を上げた。流石というべきなのか、良い物が揃っている。


「これ、軍用の払い下げ品じゃない? こっちは磁気嵐用のEMPシールドがされてる。あ、色違いもある!」


 サクラは片っ端から段ボールを引き出し、中身を広げていく。性能も様々、デザインも工夫された服が床に散らばっていった。さながらウインドウショッピングで服を吟味する少女のようである。最も、選ぶ基準に対紫外線性能だとか、腐食耐性だとか、耐用年数だとかが含まれている時点で旧時代のウインドウショッピングとはかけ離れているのだが。

 それでもサクラのテンションは最高潮に達していた。こんな時代ではなかなか経験できない『服を選ぶ』という楽しみに心が弾んでいた。気に入ったデザインのコートを合わせては手鏡で自分の姿を確認している。サクラはお洒落さんなのだ。


「ねえコスモス、このカーキ色と紺色のだとどっちがいいと思う?」


 色合いが渋いのは仕方がない。実用性が重視される装備だ。


「その2つのベンチマークテストの結果は同値ですので、どちらでも変わりません。それよりそちらの茶色のコートが性能的に秀でています」

「えー。これはシルエットがもさっとしてて微妙なんだけど」

「非合理的です。装備は性能を第一に選ぶべきでは?」

「デザインだって性能のひとつでしょ。着てるだけでモチベーションも上がるし」

「モチベーション管理は他の手段で代用可能です。第二案はそちらの……」

「ダサいからやだ!」


 平行線を辿る議論をまとめるのには多大な労力が必要だった。時間をかけて意見をすり合わせ、時にサクラが投げ出しそうになりながら両者が納得するコートを選んだ頃には、整理されていた保管庫は荒れ果てていた。主にサクラが散らかした衣服によってだ。

 最終的に選ばれたのは薄いブラウンのコートだった。ジッパーを上げれば口元まで覆う長丈のコートはサクラには少し大きかった。それでもサクラは首元にあしらわれた淡紅色の花の模様が気に入ったのだ。花弁が8枚なので桜ではないのだろうが、サクラ的カワイイポイントが高かった。






 サクラは研究所から外に踏み出した。眼前に広がっているのは相変わらず灰色の世界。汚れた灰色の空と穴のような太陽、紫外線に漂白されたビル群、砂だか灰だか分からない大地。

 色の無い、退屈な光景。そんな世界の中でサクラのピンク色の髪が際立っていた。それもすぐ耐環境コートのフードに隠されてしまったが、その場に存在するピンク色はサクラの髪だけではなかった。

 サクラの抱える可愛らしいウサギのぬいぐるみ。くりくりとした目がチャーミングなウサギもまたピンク色だった。保管庫の奥深くにしまい込まれていたぬいぐるみ。サクラが大事そうに両手で抱えるそれは、この色あせた世界に存在する自分以外の色彩だった。


「非合理的です」


 ウサギのぬいぐるみが植物みたいに無感情な声を上げる。正確にはぬいぐるみに内蔵された小型端末のスピーカーからだ。


「この状態で運搬されることによるメリットがありません。持ち運びに適した形状でないだけでなく、荷物のスペースを圧迫します」


 淡々と不満を述べるのはコスモスだった。コスモスのコアシステムをインストールした端末をぬいぐるみに仕込む作業中からずっとこんな調子だった。コスモスをこんな姿にしたのはサクラだ。彼女はと言えば、自分自身の仕事に満足して鼻を鳴らしている。


「その姿なら腹の立つことを言われても許せそうだからいいの」

「不可解です。ワタシは合理性に基づいた助言しかしていません」


 コスモスの小言は鼻歌交じりに聞き流す。やっぱり効果あるじゃんなどと思いながらサクラはリュックを背負い直した。

 旅の再開だ。桜を探して灰の大地を歩く。道中できっとまた滅んだ街を見るだろう。期待を裏切られるだろう。歩き始めたことを後悔する時が来るかもしれない。しかし、今日からは一人きりではなくなったのだ。口うるさくて変な同行者だけど、他にいないから妥協してやろう。


「それじゃあ、お花見目指してしゅっぱーつ!」

「直近の目的は情報収集であり、目的地はアークタウンです」


 独り言ではなく、返事が返って来ることに胸を躍らせながら、サクラは歩き始めた。

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