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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第1章 旅立ち編
4/30

4歩目 残した理由と残った願い

「サクラ様は何をしているのですか?」

「あ、そうだ。こっちに来て……って自分じゃ動けないんだっけ。取りに行くから待ってて」

「感謝します」


 サクラがコスモスの端末を持って死体の元に歩み寄る。端末のカメラを向けると、コスモスが「彼は」と言った。


「彼はここの研究員ですね。栄養失調で死亡してからかなり時間が経っているようです」

「……そっか。残念だったね」

「はい。素行不良の傾向はあったものの、優秀な研究員であったため大きな損失です」

「ええと、悲しんでるってこと?」

「いいえ。科学の発展、並びに人類の未来への損失だと判断しました」


 その声も植物みたいに無感情な響きだったので、サクラは困惑してしまった。親しい人が死んでいたら悲しいものじゃないのだろうか。それとも、AIにはそんな機能は搭載されていないのか。


「サクラ様。ワタシを呼んだ理由を説明していただけますでしょうか」

「コスモスにも見せておいた方が良いかなって思ったんだ。仲間だっただろうし……」

「なるほど。それでは遺体をスキャンしますのでそのままお待ちください」

「え」


 戸惑うサクラをよそに端末のカメラが収縮する。時間を置かずスキャンは完了したようだった。


「左胸ポケットに金属反応を検知しました。大きさから危険度は低と判断。その他に危険物はありません」

「そういうことじゃ……もういい」


 憮然とした表情のサクラが死体に手を合わせる。コスモスは黙ってその光景を眺めている。奇妙な2人の光景だった。

 知識上のポーズとして手を合わせてみたが、そこから何をすればいいのか分からないサクラは早々に飽きて死体の服をめくり始めた。コスモスの言っていた金属反応が気になったのだ。


「あ」


 左胸のポケットを探っていると、黒い背表紙に紙が束ねてある物を発見した。


「これ、本ってやつ?」

「はい。より正確には手帳です。趣味だと言って持ち歩いていました。サクラ様は本をご存じなのですね」

「うん。ハカセが日記をつけるのに使ってたんだ」


 資源問題が深刻になった22世紀からは電子記録媒体での情報保存が主になり、紙はデッドメディアとなって久しい。使っているのは珍しい趣味人くらいだ。

 そんなものに研究内容を記録するとは思えない。となるときっとこれは個人的な記録なのだろう。サクラは他人のプライベートを覗き見る罪悪感と好奇心を秤にかけた。さほど悩まずに秤は好奇心へと傾いた。サクラが受けた教育は、プライベートの尊重に重きを置いていなかった。


 手帳には亡くなった彼の日記が綴られていた。コスモスが素行不良と言っていた通り、規則を破って怒られたという記述がよく目に入る。しかし、それは不満を書き連ねたものではなく、仲間のための規則違反だったと誇らしげに書いてあった。サクラは何となく、他人から好かれていた人なんだろうと思った。手帳には研究所の仲間のことや、離れて暮らしている恋人のことが沢山書かれていた。

 ふと、サクラは手帳に何かが挟まっていることに気づいた。ぱらぱらとページを飛ばしていくと、きれいな銀色の指輪が挟まっていた。


「わ。きれい」

「検知された金属反応です。指輪だったのですね」


 しっかりと手帳に挟まれていた指輪は、くすむことなく輝いていた。大切にされていた物だ。死の瞬間にも抱え込んでいるほど大切にされていた物だ。リングの内側には「to M」と彫られていた。

 サクラはそのイニシャルにピンときた。手帳に何度か登場していた彼の恋人だ。いつか渡すためにこの指輪を用意していたのだろうか。そうして世界の混乱の内に渡せなくなってしまったのか。

 サクラは悲しくなってページをめくった。最後に何か書き残していないか。この人は息絶える直前に何を残したのだろうか。


 書き込みが途切れた最後のページ。そこには、他の研究者達はみんな死んでしまったこと、この部屋に逃げ込んだがロックシステムの不具合によって閉じ込められたこと、恋人に指輪を渡せなかったことを嘆く言葉が書かれていた。

 最後の一文は「それでも、電力供給先を変更して『最後の仲間』が生き残るように出来た。これは自己満足で、彼に感謝はされない気がする。もしかしたら掃除の件みたいに怒られるかもしれない。でも、何かを残したかった。どうか残った彼が自由に生きて、納得できる最期を迎えられますように」と締めくくられていた。


「非合理的ですね」


 最後の一文を読んだコスモスが言った。


「メインコンピュータが電力の優先供給先に指定されているのは研究結果を守るためです。それは研究者達が積み上げて来たものであり、その科学的価値は一介のAIに優先されるべきものです。彼が何故このような判断をしたのか、理解に苦しみます」

「コスモス」

「電力供給の優先度は所長権限で決定された判断であり、彼が覆すことは出来ません。これは越権行為であり、本研究所に対する背信行為であると」

「やめてよ。この人のこと、そんな風に言わないで」

「何故でしょうか? 彼の知性を疑いかねない判断です」

「残したかったんだよ。きっと」

「未来に残すべきは研究結果であり、ワタシではありませんでした」


 死んでしまった彼にとっては、仲間が残っていることが重要だったんだ。サクラはそのことを言葉に出来なかった。言葉にしても、コスモスは理解できないんだろうと思った。何より、彼が最後に残そうと思ったコスモスに、彼の言葉を否定してほしくなかった。


「……もういいよ。それより、メインコンピュータの電源が落ちてた理由が分かったけど、何とかなりそう?」

「いいえ。電力供給先はワタシの端末からは変更できません。復旧の方法が喪失してしまいました」

「あー、それは困ったね」

「はい。これではサクラ様に管理者権限を付与することが出来ません」


 コスモスは予定修正のための演算を始めたようだった。画面に「しばらくお待ちください」の文字と、無感情の「うーん。むむむ」が聞こえ始めた。

 サクラは呆れてコスモスを見ていた。呆れた理由のひとつは切り替えの早さ。「もういい」と言ったのは自分だが、もう少し感情的にというか、余韻というか、研究仲間の最期に対する感情はないのだろうか。これだから血の通っていないAIはいけない。

 もうひとつは融通の利かなさだ。コスモスがこの研究所に縛られる理由などもうないのに。このポンコツAIには何と言ったら伝わるだろうかとサクラは考えた。


「ねえコスモス。大事な……命令。そう、命令を見落としてるよ」

「うーん。む……重要度の高い割り込みにより演算を中止します。見落としとは何でしょうか?」

「ここ、手帳の最後にこう書いてあるでしょ。『どうか残った彼が自由に生きて』って」

「はい」

「これはつまり、コスモスに対する最後の命令なの。自由に生きろって」

「拡大解釈かと」

「少なくともそう願っていたはずだよ。きっと、仲間想いの人だったんでしょう?」

「……」


 コスモスは少しの間黙って何かを判断しようとしていた。今度は「うーん。むむむ」は無かった。

 数秒の沈黙の後、コスモスは言った。


「残された記録の状況から、彼は唯一の生き残りであると解釈できます。つまり、当時の最高責任者に繰り上がり、その命令には管理者と同等の権限が付与されます」

「ええと……つまり?」

「彼の最後の言葉を命令と解釈するのであれば、この研究所を破棄する判断が可能となります」

「そう。コスモスは自由になったんだよ」


 サクラはニッと笑って言った。気の利いたことが言えたので得意げだった。


「重要な問題が解決したと判断し、サクラ様に依頼事項があります」

「依頼? また?」

「はい。ワタシが奉仕すべき研究者を探すため、ここから移動しなければなりません」

「うん。でもコスモスは自分で動けないよね?」

「はい。ですからサクラ様に運搬して欲しいのです」


 サクラは顔をしかめた。それから嫌そうな表情を変えないまま言った。


「それって、私の旅について来るってこと?」

「はい。ワタシの記憶領域には周辺の地図がインプットされております。また、旅程を効率的に消化できる計画を提案可能です。運搬の対価として旅のサポートは惜しみません」

「えー。いやだ」


 バッサリだった。


「……何故でしょうか? ワタシは食料を消費しません。重量も、小型端末にインストールしてしまえば問題にならないはずです」

「それはそうだけど、そういう事じゃないの」

「何か問題があれば解決します」

「うーん」


 サクラは悩んだ。コスモスの言った通り、食料面や重量面での問題はない。記憶領域に残っているというデータがどの程度役に立つかはともかく、確かにメリットの方が大きいのだろう。

 でも、こいつは女心を分かっていないポンコツだ。サクラは髪色に対して言われたことを根に持っていた。


「コスモスはデリカシーがないのが問題だよ」

「対人会話機能の学習を優先します」

「女の子のおしゃれに変なこと言っちゃダメなんだからね」

「入力を保存しました」

「そこを改善してくれるなら……話し相手がいないよりは良いだろうし。連れてってあげる」

「感謝します」

「あと、あくまで私の予定優先だから。道中で余裕があれば研究者を探してあげるけど」

「はい。ワタシからもひとつ良いでしょうか。優先度の高い質問です」

「ん。なに?」

「サクラ様の旅の目的は何なのでしょうか?」


 サクラは前髪をくしゃりと掴んだ。不自然なピンク色に染まった髪。本当は桜色に染めたかった髪。


「桜を見つけること。お花見がしたいんだ」


 サクラはそう言ってニッと笑った。

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