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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第1章 旅立ち編
3/30

3歩目 「このポンコツめ!」

 メインコンピュータ室はごちゃごちゃとした機械で溢れていた。コスモスが解除したロックと頑丈なドアで守られていたからだろう、荒らされてはいないようだ。つまり整理整頓が出来ていないのは元からという事だった。


「うわー汚い。研究者ってどうしてこんなに片づけが出来ないんだろう」

「同意します。雑然とした空間は作業効率を下げます。そのため何度も整頓を提案していました」

「提案して、どうなったの?」

「2日で元に戻りました」

「もうコスモスが掃除したら良いんじゃない?」

「ワタシには自立稼働できるボディが与えられていません」


 おしゃべりをしながらもサクラは機械のジャングルを進んでいった。配線を踏まないように避け、床に置かれた機器を踏み越えていく。旧時代の探検家とはこんな気持ちだったのかも、とサクラは想像した。やがて部屋の中でも一際大きなコンピュータ端末に辿り着いた。


「これがメインコンピュータです。管理者権限の付与はここで行うことが出来ます」

「ほわー。でっかい。ちゃんと動くのかな?」

「はい。研究結果を保護する目的として、非常時にはメインコンピュータに優先して電力を供給し続けるマニュアルなっています」

「でも、電源落ちてるよ」


 サクラが見た限り、電源ボタンやランプに灯りは点いていない。キーボードに触れてみても反応はない。完全に機能を停止しているようだった。


「そんなはずはありません。ワタシがスリープモードを維持できていたのですから、余剰電力は残っていたはずです」

「そんなこと言ったって……。あ、端末を繋げられそう。コスモスが調べてみてよ」

「承知しました」


 コスモスの端末をメインコンピュータに接続すると、コスモスは「うーん。むむむ」という無機質な声を出しながら作業を始めた。

 サクラは思わず胡乱(うろん)な目を向けてしまった。作業中に思わずうなり声を漏らしてしまう、なんてことをするのは人間だけだ。だからAIがやっているとすれば、それは聞かせるためにわざとやっているに過ぎない。それがコスモスの意図か、コスモスの開発者の意図かは分からないが。

 人と関わるAIには、人の言動を模倣して親しみやすさをアピールする機能が搭載されているらしい。サクラはそんな話を思い出したが、それにしてもこれは酷い。わざとらし過ぎる。

 親しみやすさが欲しいなら、もっとやりようがあるだろう。普段から人当たりの良い口調で話すとか、声に抑揚をつけるとか、乙女心を理解するとか。


「コスモスってさあ……」

「作業中につき、新たな入力は保留され作業完了後に処理されます。ピーという電子音の後にはっきりとした発音で入力をお願いします。ピー」

「『このポンコツめ』」


 それだけ言って、暇になったサクラは部屋の探検をすることに決めた。



 部屋の中は山のような機械と薄暗さのため見通しが悪い。だからこそ何かあるのではとサクラの冒険心が刺激されていた。サクラはひとまず、近場のテーブルを漁ることにした。


 テーブルの上もたいそう汚い。動かない端末、ほこりを被ったカップ、くしゃくしゃになった包装紙。包装紙を広げてみると、サクラも良く食べているカロリー・バーのイラストが目に入る。栄養補給に最適で携帯性も良い。1本で成人男性が1日活動できるだけのカロリーを確保することが出来る優れものだ。

 包装紙の中身は空だったので丸めて捨てる。他に目ぼしいものを物色していると、研究所内の見取り図があった。何か書き込みがあるのを見てサクラのセンサーが反応する。これはきっとお宝の地図に違いない。特に根拠はない直感だった。


 薄暗くて読み取れないので、サクラは大きなリュックに手を突っ込んでライトを探した。サクラのリュックには旅に必要な物(携帯食料や燃料、ロープ、手鏡とクシ、日焼け止めなど)がぎゅうぎゅうに詰め込まれているので、ライトを取り出そうとすると何かに引っかかってしまった。

 サクラは「うーん。むむむ」と唸ってから無理やりライトを引き抜いた。細かいことを気にしない性格だった。

 荷物によって抑圧されていたライトは力技で解放され、勢い余ってサクラの手からも解放され、一瞬だけ重力からも解放されて宙を舞った。離れたところに落ちたライトはその拍子にスイッチが点いたようだった。


 サクラはやってしまったと顔をしかめ、そして息を呑んだ。灯りが照らした先に、壁にもたれるように座る人間を見つけたからだった。

 俯いているため顔は見えない。手足もだらりと投げ出している。それでも、サクラは『もしかしたら』と思ってしまうのを止められなかった。

 壊滅した研究所に一人だけ生き残りがいて、サクラが助けることが出来た。その人はサクラにお礼を言ってくれて、サクラも久しぶりに生きている人間と話せて満足して、この滅びた世界でも独りぼっちではないことを実感出来る。

 そんなもしもが頭を駆け回り、サクラはその人に足が向くのを止められなかった。ゆっくりと機材を避けて近づく。一瞬、コスモスを呼ぼうかという考えが頭をよぎった。しかし、あのAIは自分の作業に没頭している真っ最中だ。ポンコツめ、ともう一度呟いてからライトを拾い、人影の顔を照らした。心臓がうるさく音を立てていた。


「……」


 死体だった。

 頬がこけ、目が落ちくぼむほどに痩せている。餓死したんだ。サクラはそう判断した。


(期待なんかするものじゃあない)


 ハカセの言葉を思い出した。それに続く「それでも期待してしまうのが人間なわけだけど」という言葉も一緒に。

 生きている人がいるかもしれないという期待を裏切られるのは4回目だった。最初は研究所近くの街に寄った時。その次は遠くで動くロボットを人間に間違えた時。そのまた次は大きなコロニーに立ち寄った時。

 3回とも生きている人間はいなかった。それでも期待してしまうことはやめられなかった。どうしたって期待してしまうのだ。もしかしたら生きている人がいて、優しい人で、サクラと話してくれて、サクラの名前を呼んでくれるかもしれない。

 そんな大それた期待をしてしまう。サクラは独りぼっちだった。


「サクラ様」


 背後から声が聞こえて、サクラは急いで振り向いた。メインコンピュータに接続したままの端末から、コスモスの声が聞こえていた。


「んん……なに?」


 サクラはかすれた声を誤魔化すように咳ばらいをした。そんなサクラの様子を気にもせずコスモスは続けた。


「作業を中断したので、入力された発言を処理するために声をかけさせていただきました」

「ええと、何の話?」

「『このポンコツめ』という入力についてです」

「……あ」

「サクラ様はワタシに対して不当な評価をされていると推察します。ワタシはこの入力がされた時点でミスを犯していない認識です」

「いや、そういうことじゃなくてさ」

「不当な評価は作業効率を落とすという研究結果もあります。評価基準を明確に示すか評価の訂正を提案します」

「ごめんって。そんなに怒らないでよ」

「怒ってなどいません。評価の正当性について指摘しているだけです」

「わかった。わかったってば。ポンコツって言ったのは間違いだったよ。コスモスは優秀なAIだもんね」

「再評価に感謝します」

「それで、メインコンピュータの電源はついたの?」

「いいえ。完全にシャットダウンされており、復旧できませんでした」


 サクラは憤りと、苛立ちと、メランコリックな気分を吹き飛ばしてくれた感謝を少しだけ(ほんの少しだけ)込めてこう言った。


「このポンコツめ!」

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