一日の始まりが甚だ不本意
「母さん、その小鉢は何だね」
義父が箸を小鉢に引っかけて自分の手元に引き寄せた。
「大根の切り干しですよ、お父さん」
義母は特に気にせず返事をする。
『寄せ箸』という言葉を入り婿の俺は呑み込んだ。
「母さん、その卵焼き取って」
今度は我が新妻の華さんが箸を義母の顔に向けた。
「はいはい」
二度返事をした義母は卵焼きを箸で刺し、自分の箸から華さんの箸へとリレーする。
「ちょっとトイレ」
食事の最中に華さんの弟、蓮くんが股間を押さえて立ち上がった。
「行ってくる」
彼が立ち上がった後にはお椀の飯に箸がグサリと刺さって立っている。
目眩がする。
比較的作法にうるさい家庭で育てられた俺は『他人の家』の食卓を初めて目の当たりにしてクラクラとしていた。気絶しそうだ。
…しかし、郷に入っては郷に従えという。
そうだ。そんな大らかな家族に育てられた華ちゃんを俺は好きになったのだ。
俺もこの家で気楽に食事を楽しめばいいじゃないか。
そうだそうだ。そうしよう。
俺は華ちゃんが作ったという味噌汁を味わった。
うん、イケる。いい出汁が出ている。味噌も俺の舌に合う。
俺は具の長ネギを口にし、箸に滴った汁をペロリと舐めた。
するとそれをじっと見ていた義父が突然俺に言う。
「太郎君、細かいことを言いたくはないが『ねぶり箸』はやめた方がいいな」
義母が続ける。
「そうね。ちょっと気になるわ」
隣の華さんまで笑いながら肘で俺を小突いた。
「やあねえ、太郎さん。お行儀が悪いわ」
トイレから戻ってきた蓮くんがドカッと座って『たて箸』を抜きつつ、片方の尻をあげて屁をこいた。
「義兄さん、基本的な作法は守らないと」
ええええええええええええ。
読んでいただき、ありがとうございました。
何だか発作的に書き始めた連作…的なものにする予定ですがどうなるんでしょう。
よろしければおつきあいくださいませ。『その2』も本日中に投稿します。