『再会』
ローズアルバ号は、定刻より遅れて港に入った。
直ちに据え付けられた鉄骨の階段を、人の波に紛れて降りていく。
港に降り立った時、パラティヌスの和やかな気が足元から伝わった。この感覚は五年前にはないものだった。
視線を上げた途端、その人は目の前に立っていた。
「サクシード……!」
「!」
ミントグリーンのスプリングコートに、水色のワンピースからスラリと伸びた脚、白のパンプス、キャメルのバッグ。
赤茶のセミロングをなびかせて、ナチュラルメイクにピンクベージュの唇、そして懐かしい翡翠色の透き通った瞳。豊かな笑みを湛えた瑞々しい美女、レンナがそこにいた。
「お帰りなさい」
苦労を忘れさせる鮮やかな声は、あの時のままだ。
言葉にならないサクシードの視線を受けて、レンナは手を頼りなく上げて自分を爪先まで見た。
「……どこか変だった?」
「見違えたよ、レンナ。すっかり変わったな……」
「そう? どういうふうに」
「綺麗になった」
心からの賛辞が口をついた。
「あら、お世辞が言えるようになったのね。あなたも変わったわ」
「そうか?」
「かっこよくなった」
「それはどうも」
肩を竦めて笑い合う。
「さぁ、行きましょうか。入国管理局はIDカード一つで手続き完了よ」
「ああ」
二人はごった返す人の中を縫うように歩いて行った。
メーテスの主街道を並んで歩きながら、レンナはサクシードに聞いた。
「本当にお腹空いてないの?」
「ああ、船の中で軽食を摂ってきた。安心したから早く帰りたい」
「何か心配事でもあったの?」
「……お叱りを受けるかと思ってな」
「宣言通りだったってだけのことよ。怒るなんて筋違いじゃない」
「それならいいんだが。お土産、用意してないんだ。すぐに船に乗ったから」
「そんな、いいのよ。それで文句をいう人は誰もいないわ。あなたが無事に帰ってきてくれたのが一番の贈り物よ」
「女らしくなったなぁ……外見を裏切ってないぞ。大したもんだ」
「ずいぶん褒めてくれるけど、これもサクシードのおかげよ」
「何にもしなかったのに?」
「考えて身に修める時間は十分にあったわ。ねぇ、私の方が渡したい物があるの。後で部屋に行ってもいい?」
「——安全は保障できないぞ」
「望むところよ、と言いたいところだけど。都合が悪いわね……」
「左様ですか」
そういえば、満月を過ぎたんだった。魔女は暦通りにバイオリズムを刻んでいる。
「相変わらずだな……」
「サクシードの方が太陽暦に合い過ぎているのよ。どうすれば五年後の予定まで同じ日になるのか、調べたいくらいよ」
「それは俺よりPOA上層部に言ってくれ」
というか、『万世の占術師』、ウェンデス・ヌメンの手腕だろう。人知の及ばないことを、日々政に活かす人物の神業だった。
「みんなも変わらないか?」
「ええ、相変わらずよ。そういえばファイアートから伝言があるわ。「電車の三時間で、五年の空白を埋めてこい」ですって」
「ハハハ、あいつらしい助言だな」
手紙の恨み節は冴え渡っていた。ファイアートがそう言うのも無理はなかった。
サクシードはリコノ駅に行く道の途中で、路地を曲がろうと言い出した。
「こっちに用事がある」
「?」
するとその先に、小さな花屋が見えてきた。
「あっ……!」
レンナが気づいた。花屋の主人は五年前にチューリップの花束を作ってくれた、あの無精髭のおじさんだった。
花屋は二人の姿を見て、目を丸くした。
「おや、あんたたちは――!」
「お久しぶりです、おじさん。元気でしたか?」
サクシードが言うと、花屋は店先に出てきて彼の手を両手で握った。
「いやぁ、すっかり立派になって! 本当に久しぶりだよ、相変わらず仲がいいじゃないか。それとお嬢さん! すこぶる美人になったね。あの時はボーイッシュなところがあったが、もう影も形もないよ」
「ありがとうございます、おじさん。あの時のチューリップ、まだ庭にあるんですよ」
「うん――? ああ、そういうことか! あんたたち、『万世の秘法』の関係者かい」
「はい」
「そうかそうか……生産修法とやらで、球根を再生させたわけだ。やるじゃないか、霊験あらたかだよ、ホント」
「おじさんもお店を構えたんですね」
「ああ、そう言われてみれば、あんたたちに会ってからツキが回ってきたみたいに、とんとん拍子だったな。お膳立てが効いたかな」
三人は快く笑い合った。
「おじさん、彼女に花束を作ってくれませんか?」
「おお、いいとも。何がいいかな?」
「お任せします」
「こりゃ、大変なお題が出たな……どれ」
花屋はバケツの花の中から、まず赤いバラを取った。それから赤紫のアネモネと白の八重咲ユーストマ(トルコギキョウ)、そして銀縁のシルバーレースで見事な花束を作って見せた。
「まぁ、こんなもんかな……花言葉は推して知るべし。お嬢さんはおわかりだろうがね」
「おいくらですか?」
「二千Eかな」
「えっ」
「どうした?」
「あの……安すぎるんじゃ?」
「おじさん――」
「野暮なこたぁ言いっこなし! ちょうど今、お客様大感謝セール中でね」
「ありがとうございます」
サクシードは花屋から花束を受け取り、レンナに両手で渡した。
「ありがとう、サクシード!」
「……」
花と競い合うような美に、サクシードは感じ入っていた。




