『恋人の笑み』
「ただいまー」
「お帰りなさい」
キッチンに顔を見せたサクシードに、レンナは慈母の如き微笑みで迎えた。
おや、と思ったサクシードだったが、レンナはその手を取って一言。
「サクシード、お話があるの。あとで書庫室に来てくれる?」
「あ、ああ」
「ありがとう! 着替えてきて、すぐお夕飯よ」
「わかった」
レンナが今朝の態度を責める様子がないので、サクシードは構えていた気持ちを置くことができた。
それは下宿仲間も同様だった。
ファイアートは面白おかしく今日の出来事を話していた。
ロデュスは困り顔で聞いていたし、ラファルガーは突っ込むのを忘れなかった。
フローラはレンナと、お流れになったチーズフォンデュをいつにするか相談していて、レンナは今度の日曜日がいいと言っていた。
みんなとそれなりの会話をしたが、どうもサクシードが塞ぎ込んだのを鷹揚に受け入れたらしい。
そんなこともあるさ、と言っている。
みんなをまとめたのはレンナでしかあり得なかったが、彼女はそんなことはおくびにも出さなかった。
戸惑うサクシード。しかし、彼も暴くようなことはしないでおいた。
そしてお茶の時間に二人で抜け出して、書庫室へ。
温かいマグカップにはカモミールティー。
一口飲んで、レンナは話を切り出す。
「あのね、サクシード。聞きたいことがあるの……あなたがリラックスするのはどんな時?」
「リラックス……?」
「うん!」
意図をはかりかねて、サクシードが眉をひそめる。
「あなたをずっと見てきて思ったの。いつも何かしようって、気合いが入ってるけど、息抜きしてるところを見たことないのよね」
この申し出はタイムリー過ぎて、サクシードは思わず尋ねた。
「昨夜何があったのか、知る方法があるのか?」
生憎サクシードはそういう情報に明るくなかった。
「何のこと? あなたが教えてくれること以外は知らないよ」
「……」
「私といる時でさえ、気を抜いてないよね。それじゃ疲れちゃうわ。一人でいたい時だってあるでしょ? そのための自分の部屋よ。立派でいてくれるより、素顔でいられる時間を作ってくれた方が嬉しいよ。そうしてほしいなぁと思って」
「……君といて疲れたなんて思ったことはないよ」
「嘘つき! 初日に私とファイアートがお互いの縁を「腐れ縁!」って笑った時、明らかに疲れてました」
「あれは君たちの仲がいいから、圧倒されただけで……」
「ふーん……正直にならないと、また肩揉むわよ」
「それはやめてくれ!」
「苦手なこと発見。やる気があるのはいいことなんだけどね。行き過ぎると、みんな引きずられちゃうのよ。それでロデュスみたいに疲れちゃう。はっきり言うわ、ペースを落としてほしいの」
「……」
「散々、自分のことに巻き込んでるから、言う資格があるかって言ったらないんだけど。これは下宿の世話人として言わせてもらうわね。その上で私のこともよろしく!」
「無茶苦茶だな」
「あなたらしく生きてほしいの。私はお節介だから、あなたのためになるなら苦言も呈すし、その逆なら敢えて言わないこともあるわ。そこは応用が効くのよ」
ハッとしてサクシードがレンナを凝視する。
ニッコリ笑って、レンナは言った。
「私の恋人になるって、そういうことよ。よーく覚えておいてね」
一筋縄ではいかない恋人の微笑に、サクシードは初めて女性を怖いと思った。




