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パイオニアオブエイジ  作者: どん
第二部
90/201

『トラウマ』

 医務室でサクシードはすぐに目を覚ました。

 訓練に戻ろうと、ガバッと跳ね起きたところを、ベッド脇の椅子に座っていたジャンティに押さえられた。

「落ち着け! もう昼休みだぞ」

「……!」

 タオルケットを掴んでまんじりともしないサクシードを、ジャンティとイーリアスが気遣う。

「一体、何があったんだよ。俺たちに話せるか?」

「昨夜——」

 サクシードをは額に手をやりながら、事情をかいつまんで説明した。

「下宿に遅く電話が入ったんです。俺を呼び出す電話で――ヤヌアリウス長官からでした」

「長官から――?」

「因果界の指定された場所に来るよう指示があって、往ってみると、長官自ら手合わせを申し込まれたんです」

「長官自ら――!」

 直接会ったことはないが、ジャンティたちも噂くらいは耳にしたことがある。

 武芸では右に出る者がいない、戦闘技術の持ち主だと。

 その結果がどうだったかは、サクシードの様子でわかる。

「俺は――まったく手が出せずに叩きのめされました。数秒、だったと思います」

 サクシードを瞬殺……噂にたがわぬ戦闘力である。

 青ざめるジャンティとイーリアス。

「正直、何が起こったのかわかりませんでした。……目を覚ましたら、長官が手当てをしながら「君は最高峰を知らない。ここまで登ってごらん。今とは違う境地に立てるよ」と」

「……!!」

「最後に「私ならいつでも相手になる」と言い置いて、下宿に帰されました。俺は……!! 浮かれてとんでもない思い違いを」

「おいおい……」

「君が何をしたって言うんだ」

「それは言えません」

「……」

「長官は何も仰らなかったし、物腰も柔らかなままだった。けど、あの目——!」

「目……?」

「俺を憐れむあの目――! あれはあの時遭遇したテロリストと同じ……!!」

 虫けらを踏み潰すような……取るに足らない存在と見限った、軽蔑の――。

 左腕の古傷がズキズキ痛む。それは心因性のものだったが、サクシードを過去に引き戻すには十分だった。

「俺には何も残ってない! 俺は――!!」

「サクシード!」

 パーン。

 ジャンティがサクシードの頬を張った。それしか方法がなかったのだ。

「もういい、今日はここで休んでろ。そんな顔で下宿に帰ったら、みんな心配するぜ。なりふり構ってないで、平常心を取り戻すまで泣くなり考えるなりしてみろ。今のおまえにゃ、それも必要だぜ」

「すみません」

「うん、じゃあ俺たちはここで。この借りはきっちり後で返してもらうからよ」

「……はい」

 ジャンティが椅子から立ち上がり、イーリアスが仕切りのカーテンを引いた。

 そして静かに立ち去ったのである。

 

 二人は医務室から廊下に出て、食堂に向かいながら意見を交わした。

「どう思う……?」

 ジャンティがイーリアスに意見を求める。

「長官との圧倒的な実力差を思い知らされて、昔のトラウマを思い出したらしいな」

「ああ、絶対わざとだぞ」

「わざと……? それに何の意味があるんだ」

「さぁな……万武・六色に関係してることは確かだが。俺ら凡人は手心も加えてもらえるが、サクシードには完膚なきまでに容赦なしだ。あんたも言ってたが、そこは取らされる責任の違いだろ」

「まったくだな。しかし――サクシードに浮かれるようなお膳立てをしたのは自分たちなのに。少しでも見咎められるようなことがあると、トラウマ引っ張り出すとは。ちょっと大人げないんじゃないか?」

 ブッとジャンティが吹き出した。

「あんたに言われちゃおしまいだよ」

「大丈夫かな……?」

「大丈夫、大丈夫。あいつにゃ補って余りあるほどの若さがあるさ」

「そうだが……」

 大人の二人は、サクシードが取り乱してもビクともしなかった。

 トラウマの一つや二つ抱えて当然の世界に生きる者の、暗黙の了解だった。


 サクシードは黙って泣いていた。

 ジャンティに勧められたのがきっかけになって、あとからあとから涙が溢れてきて止まらなかった。

 下宿仲間が心配するだろうとジャンティは言ったが、すでにレンナたちには心配をかけている。

 特にレンナには、昨夜、素晴らしい時間を過ごした後だったため、今朝の豹変ぶりに呆れているだろう。

 泣いて感情が解放されたのか、サクシードの頭は冴えてきていた。

 ヤヌアリウス長官は、別にレンナとのことを諫めたわけではない。

 ただ、原点に還ってみては? と諭したのであって、恋愛とは別件である。

 トラウマはサクシード自身の問題だった。

 そこから彼の人生は始まったと言っていい。

 何もない、というのは錯覚にすぎなかった。

 すべてをかけて守るとはどういうことなのか、ヤヌアリウス長官は手本を示してくれたのだ。

 甘えず、怖気ず、上を目指すにはどうしたらいい――? 

 サクシードはそのことばかり考えていた。


 同じ頃、レンナもまた涙していた。

 昨夜、サクシードに何があったのか、過去を透視して原因を探り、今また彼の涙を見て泣いていた。

 よりによって、あんなに大切な時間を過ごした後で――。

 レンナはよっぽどヤヌアリウスに抗議しようかと思った。

 しかし、サクシードの涙を見てそれは思い留まった。

 これは私に知られたくないことなのだ。

 サクシードの裁量で解決しなくてはならない問題。

 何もかも共有したいというのはわがままである。

 人間には犯してはならない心の領域がある。

 喩えレンナにその一面を見せてくれることがなくても、構わないではないか?

 彼の半端じゃないところも、私の前では強く雄々しくありたいという自尊心も大好きだった。

 逆に弱いところを見せてくれた時は、両手を広げて受け止めたいけれど……それを言ったら彼の立つ瀬がない。

 実は、サクシードがあまりにも完全無欠なので、ひそかに心配していたのだ。

 内でも外でもあの調子では、全然気が抜けないではないか。

 そういう意味で、頑固で強情だ。

(私にもあなたを守らせてくれる……?)

 そっとビジョンの向こうのサクシードの涙を拭う仕草をして、レンナはそこで透視を打ち切った。

 あなたが私を守る盾なら、私はあなたの心を癒す泉でありたい! 

 一大決心をして、顔を洗うため洗面所に向かった。

 彼女もまた凛々しい女の子であった。


 


 


















 

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