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パイオニアオブエイジ  作者: どん
第二部
89/201

『意思疎通』

 夜十時過ぎ――サクシードは廊下で、浴室に向かうファイアートとばったり会った。

「話は済んだかい」

「ああ」

 サクシードが感づかれないように苦心していると、ファイアートは気づかないふりをして言った。

「ちょっといいかい?」

 仕方なく頷くサクシード。

 廊下の壁に横並びに寄りかかって話をする。

 ファイアートはあくまでも淡々としていた。

「レンナのこれからのことなんだけど――君に行きつくところまで行ってもらおうってことで、みんなの意見が一致した。問題は?」

「……俺もそのつもりだ」

「あ、そう。皆まで言わなくてもわかると思うけど、今度の件はレンナが心身を貫かれる感覚が最高の切り札になる。……最後まで手抜かりなしのエスコートをよろしく」

「ファイアートはそれでいいのか?」

「いいも何も、初めっから言ってたろ、かわいいからお薦めだって」

「——かわいいだけなら惚れないがな」

「ちなみにどのあたりで惚れたの?」

「俺の幸せについて言及した時だな」

「ふーん、サクシードの幸せ、ねぇ」

 だいぶ的外れな話をしているな、とファイアートは思った。

 サクシードの言動の起点は幸せじゃない。自分の弱さとの戦いだ。

 それでよく、この強情な男をオトせたものだ。

 あっぱれとしか言いようがない。

「ま、僕も助太刀するよ。僕がメーテスの王子の下りで気づいてると思うけど。レンナは名家出のお嬢様だよ。段取りが必要だろ?」

「そうだな、頼む」

「うん。こんな火急の件が浮上しなかったら、君……レンナに告白もしないで、実戦に向かってただろうからね」

「……」

「僕もやきもきさせられるはずが、スッキリ解決して拍子抜けだよ」

「悪かったな、180度方針を変えて――」

「思ったより、君が柔軟なんで驚いてるよ」

「知らないで見過ごしていたら、俺にとってもっと厄介なことになってた」

「ああ――守るつもりが守られてたなんて、痛恨の極みだよね」

「その点だけは生命の樹に感謝するよ」

「ホントだね」

 苦笑して、その場は収まった。

「んじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

 男同士の暗黙の了解が、サクシードの負担を減らす助けになった。


 翌日——繁緑の四月民恭の三日。

 この日のサクシードは凄まじいという言葉がぴったりだった。

 訓練開始のウォーミングアップ、百メートル走では、直線コースを全力で走り、戻ってくるときもほぼ走っていた。

 筋力トレーニングでも、全然休まず間断なく行う様は、鬼気迫るものがあった。

 組手をすれば、誰もが目を奪われるほどの切れ味で、次々と技を決めていき、先輩訓練生に「参った」と言わしめた。

 汗も拭わず一心不乱に訓練に打ち込む姿に、日頃よく思っていないゲルツでさえ感じるものがあった。

「飛ばすな、あいつ……」

 ゲルツが呟くと、取り組み相手の仲間が反応した。

「何考えてんですかね」

「重圧跳ねのけようとしているように見えるな」

 フェアな判断を下すゲルツ。

「鳴り物入りだから、ポーズは取っておかないといけないじゃないんすか」

「いや、そうじゃねぇ。何かあったな」

「どうせ彼女とケンカしたとか、他愛ない悩みですよ」

 取り組み相手がバカにした瞬間、ゲルツの逆関節が決まった。

「ちょっ、ちょ、ゲルツさん!」

 慌てて力を緩めてもらおうとすると、ゲルツは熱く言い放った。

「馬鹿野郎! 腐った目でもの見てんじゃねぇぞ!」

「!」

「鳴り物入りだろうが何だろうが、やつは俺たちよりも若いんだ。思い詰める時だってあるさ。そこは肩叩いてやるのが男だろうが!」

「す、すみません……」

 リーダー、ガルーダはその成り行きを聞いて、ゲルツも話のわからないやつじゃない、と見直したのだった。

 誰がサクシードの相手をするか、じゃんけんをしていた先輩訓練生は、ガルーダが前に進み出たのに心底安堵した。

「!」

 荒い呼吸をついていたサクシードは、ガルーダが前に立っているのに気づいた。

「気合い入ってるじゃねぇか、新入り! 今のおめぇの相手は他のやつらじゃ役不足だ。俺が相手してやる、全力でかかってこい」

「——はい!」

 サクシードは、間合いを五メートルほど取った。

 ガルーダの気迫が全身から立ち上っている。

 習ったばかりの空技では、対抗できないと悟る。

 体当たりでぶつかっていくしかなかった。

「でやぁっ!」

 正拳を振り上げて突っ込む。

 その突きはもちろんガルーダに躱されて空を切った。

「あいつ、何考えとんじゃ……!」

「恐っとろしい向こう見ずだぜ」  

 遠巻きに見ていた訓練生らは、サクシードの無謀をなじった。

 だが、それが正解だったのだ。

 ガルーダの正拳が面白いようにヒットする。

 嬲られている、と言ってよかった。

 サクシードは体を折り曲げ、唾液を吐きながら、それでも膝だけは折らなかった。

 その目。

 越えられない壁を這いあがろうと必死にもがいている。

 計算のない、何もかもかなぐり捨てた顔。

 最後は頭から突っ込んでいった。

 見切ったガルーダは、横に躱して太腿と肘で挟み撃ちにして、とうとうサクシードの首の急所に手刀を打ち込んだ。

「ガハッ」

 叫んで、サクシードはようやく止まった。

 マットに沈む体。

 一部始終を見守っていたサラート教官は、ジャンティとイーリアスに医務室に連れて行くよう指示したのだった。

 正午を知らせる時報が訓練ドームに鳴り響いた――。










 

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