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パイオニアオブエイジ  作者: どん
第二部
86/201

『恋は大変』

 夕方七時、下宿シンパティーア。

 キッチンで夕食の準備をする、レンナとフローラ。

 今晩のメニューは、アサリと菜の花のボンゴレ、川魚のムニエル、切り干し大根の煮物、イチゴのヨーグルトがけだった。

 この頃には、レンナもすっかり気を取り直して、フローラとの会話を楽しんでいた。

「まぁ、今朝そんなことが……?」

 サクシードの胸に飛び込んで泣きじゃくったことを、フローラに打ち明けるレンナ。

 フローラはその大進歩に驚いた。

「そうなの、あー恥ずかしいっ、サクシードの顔見れないかも」

 今さらレンナは顔から火を吹く思いをしている。

「ファイアートには、そっとしておいてほしいですわね……」

「うん……でも、絶対感づかれる――!」

 クスクス笑うフローラ。

「笑い事じゃないよぉ」

「ごめんなさい、でもね、今後のレンナさんのためには、とても良い傾向だと思うのよ」

「フローラ……?」

「今まであなたの傍には、そういう対象がいなかった……サクシードがあなたの前に現れたのは、今この時だからなの。わかるでしょう?」

「だって……いいのかなぁ? こんな時に恋愛にうつつを抜かすなんて」

「あら、恋はどんな非常時にもするりと入り込みますわ。心も身体も健康な者同士、ましてや気が合うなら、きっかけさえあれば恋は成立します。だから……心から溢れてくる愛情を見つめてあげて」

「ま、待って! サクシードの単なる同情ということも――」

「——同情でサクシードのような人が、傍にいる約束なんかしません。あなたのために進路を曲げようとしている男性に失礼ですよ」

「……」

 サクシードが帰ってきたのは、そんな時だった。

 ガラス玉の暖簾を揺らして、顔をのぞかせる。

「ただいま」

「!」

「お帰りなさい、サクシード」

 穏やかに迎えるフローラに対し、レンナは硬直してしまった。

 しかし、変に思われたくない一心で、真っ赤になってサクシードを見る。

「お、お帰りなさい……」

 サクシードはホッとして、にっと笑った。

「ただいま、レンナ、あとで話がある」

「えっ……?」

「レンナさん」

 虚を突かれて固まるレンナを、フローラは優しく促した。

「う、うん。じゃああとで書庫室に……」

「わかった」

 了承して、サクシードは姿を消した。

 その途端、レンナはシンクにもたれかかった。

「ふうっ」

「レンナさん……?」

「……フローラ、恋って大変だね!」

 実際、名のない力どころじゃなく、心の深いところまで迫ってこられた気がした。

 フローラは大いに満足した。

「そうよ、大変なの。わかってくれて嬉しいわ、レンナさん」

「どうにかなっちゃうのは困るなぁ……天窓の鍵的にどうなんだろう?」

「人の営みを汲んでこその神器でしょう」

 はたして、その通りだった。

 その後、レンナがどんなに恋の深みにはまっても、天窓の鍵は笑うように歌うだけだったのである。


 この夜のファイアートは、賢明だった、と言えるだろう。

 微に入り細に入り、サクシードとレンナの様子を観察していたが、いつものようにからかうことはしなかった。

 もちろん、二人だけの間で何かあったことは、レンナの様子で一目瞭然だったが、探ろうともしない。

 これなら、昼間考えていたことは、サクシードにほのめかせば十分だと思っていた。

 レンナが思いきったように「サクシードと話があるから」と言ったのを幕に、緊張は解かれた。

 サクシードがドアを開けて待っている傍へ行って、恥ずかしそうに見上げるレンナをしっかり目端に捉えて、ファイアートはズズッとミントティーを飲み干した。

 その間、注目は彼に集まっていた。

「えっ、なに?」

「珍しいこともあるもんだ」

 ラファルガーの言葉に素っ気なく返す。

「ああ――今日のところは遠慮しておかないと、誰かさんの身の置き場がないと思ってね」

「見直しましたよ、ファイアートさん!」

「そう?」

「ありがとう、ファイアート。レンナさんのために自分を抑えてくれたのね」

「お礼なんて言われるほどのことじゃないよ。それに、早いとこみんなと相談したかったのもあるしね」

 珍しくフローラの気持ちを躱して、ファイアートは話を切り出した。

「あの二人を行きつくところまで行かせるべきだと思う……意義のある人?」

「……」

 三人とも沈黙を持って答えた。

「そうこなくちゃね。サクシードが戸惑おうが、レンナが恥ずかしさで悶絶しようが、いざ有事に持たせてやれる、最高の切り札だと僕は思う」

 いつになく真面目に、ファイアートは述べた。

「サクシードもそのことに気づいてるはずだしね」

 お茶のお代わりをフローラにもらいながら、ファイアートが笑わずに言う。

「どちらかというと……レンナさんの心の障壁を、取り除いてあげることの方が重要かしら」

「スペシャルゲートの塊だからね、あの子。カウンセリングはフローラに任せるとして。とりあえず血縁の僕ができることは、レンナの両親を説得することだな」

「サクシードさんをレンナさんのご両親に引き合わせるんですね」

「そう、お嬢様は段取りが必要なのよ。念入りで正式なお膳立てがね。理由を話せば、あの人たちはすぐわかってくれる。何せレンナの親だから」

「説得力がありますわ」

「まぁね……どうせ、サクシードをスカウトしたPOA上層部もみんなグルでしょ?」

 フローラは返事の代わりにニッコリ笑った。

「やっぱりね……それならそれで、側にいる僕らに説明してほしかったよ」

「ごめんなさい」

「——出鼻をくじかれて、文句しか出てこないんじゃないのか?」

 ラファルガーに突っ込まれて、ファイアートはフン! と鼻を鳴らした。

「誰が出歯亀だよ! ちったぁ信用しなさいよ」

「今までの行いで相殺に決まってる」

「あのね……」

 がっくり項垂れるファイアートだった。  













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