『その頃、下宿では…』
下宿ではロデュスがフローラと意見を交わしていた。
レンナは戻ってきていたが、一人になりたいと言って、部屋にこもっている。
「フローラの立場から、生命の樹に意見することはできないの?」
ロデュスはレンナのために、何とか打開策を立てようと必死だった。
その気持ちがわかるから、フローラは力の及ぶところと及ばないことの明確なラインを示した。
「……生命の樹の意思を仲介できるのは、レンナさん一人だけよ。わたくしはどうしても女神様を介してしか、生命の樹の第二義的な決定事項しか受け取れないの」
「だって、生命の樹より女神様の方が格は上なんじゃ……」
「つまりね、名のない力の衝突は、第十層神界が取り仕切る事柄ではなくて、あくまで第五層生命樹界が切り盛りする出来事なの」
「じゃあ女神様も、当たり障りのない事柄しか関知できないってこと?」
「ええ……おそらく生命の樹がレンナさんを側に置いていたのは、名のない力に備えてのことだった、と言えると思うのだけれど。源たる力が決める事柄は、わたくしたちの心の奥の奥にあって、把握が難しいの」
「そうか……フローラでも難しいのか」
がっかりして肩を落とすロデュス。
「ごめんなさい。でも……レンナさんが心を導管のようにする方法なら、お手伝いできると思うの」
「本当に?!」
「ええ、降霊界に伝わる『空の儀』は、有り様がよく似ているの。レンナさんなら習得できると思うわ」
「すごいよ、フローラ! じゃあ今すぐレンナさんに……」
「待って、ロデュス。あと一年……時間をたっぷりかけてレンナさんに空の儀に臨んでもらいたいの。気持ちをあるべき処に落ち着けることも、今のレンナさんにとっては大仕事なの。焦りは禁物。側にいるわたくしたちが、ペースを落とす役割があるのを忘れないで」
「あ! そうか。そうだよね、ごめん」
それからロデュスは、これからのレンナに必要な接し方について、フローラに篤と教えられた。
その頃、リビング向かいの部屋では、レンナがライティングビューローで顔を横向けにして、腕枕して伏せっていた。
窓のレースのカーテンが、風にドレープを作っている。
ぼんやり見ながら考える。昨日までの自分と違う自分を。
それまでは、できること――可能性の世界に生きていた。
今は近い未来に、できないかもしれない不安がある世界だ。
どんな高い壁があっても、努力して乗り越えてきた。
だが、今回ばかりは……自分のことだけではないだけに、割り切れない思いでくすぶっていた。
並大抵ではない、まるっきり質の違う努力が求められていることがわかっていた。
そして、フローラが解決の糸口を握っていることも。
サクシードに、乗り越えられるような気がする、と言ったのは間違いではないが、 その時、見えたと思った希望の光も、不安という雲の向こうに隠されていた。
(……どうするの?)
そう自分に問いかける。
一人で抱え込むには、名のない力は手強すぎる。
(また自分を変えなくちゃいけない――)
レンナはサクシードが直面したものと、同じだが似て非なる抵抗感に突き当たっていた。
(みんなに迷惑をかけずに、成し遂げるにはどうしたらいい――?)
本音が出た。
世話をするのは好きだが、されるのは苦手意識があった。
「……ダメだ。一歩も進めない!」
状況に折れればラクなのだが、それはしたくない。
今までの自分という執着と、まっさらな状態に戻らなくてはならない本来の在り方が、せめぎ合っているのだった。
どちらかというと――堪えきれずサクシードの腕の中で泣きじゃくる、といった、それまでの自分にはありえない反応の方が求められていた。
そうやって心で抵抗を生み続けることが、後々首を絞めるのに薄々気づきながら。
レンナは気力の浪費を続けていた。




