『サクシードの物思い』
パイオニアオブエイジ(POA)地下本部——。
午前八時、訓練ドームでは訓練生たちが東向きに整列していた。
小柄で褐色の肌のナムジン教官が、トレーニングの内容を発表する。
「注目ー! 今日のトレーニングは、トラック十周で軽く流し、休憩後に筋力トレーニング各種、最後に障害物競走で締める。以上だ、五分後にスタートするぞ。各自をウォーミングアップしておけ!」
「オーッス!」
Tシャツにスパッツ姿の訓練生たちは、思い思いに散らばって、ウォーミングアップを始めた。
サクシードが屈伸していると、後ろからジャンティが声をかけてきた。
「つれないな、サクシード。一人でさっさと始めるなって」
「いや、訓練ですから、仲良しこよしというのも……」
サクシードにこそっと言うジャンティ。
「……よくあのダンの視線に耐えられるな?」
斜め後方では、ダンがサクシードをライバル視して、目をぎらつかせていた。
「記録保持者に勝てる気はしませんが――これも勉強ですよ」
「さすが日々英気を養ってるだけあるな」
レンナのことを言ってるのだとすぐわかる。
「……」
サクシードがサッと表情を曇らせたのを、ジャンティが勘違いする。
「おおっ、図星か? 羨ましいぞ、このっ!」
隣で聞いていたイーリアスが口を出す。
「バカ! デリカシーってもんがないのか、おまえは」
「バカで悪かったな。青春爆走真っただ中、からかわれてナンボだろうが」
「サクシード、悪い。こいつ昨夜も君の待遇にくどくどこぼして――」
「バラすなよ、イーリアス」
二人の会話に吹き出すサクシード。
改まって礼を言う。
「……ありがとうございます」
「な、何が?」
「こちらの話です」
それ以上、突っ込めない雰囲気に、二人は顔を見合わせた。
打ち明けるわけにはいかないが――と、サクシードは思った。
下宿生活を送れているのも、天の配剤だとわかる。
今、この時、レンナの傍にいることも偶然ではないだろう。
傍にいる、と約束して、泣いて喜ばれた。
それがすべてだった。
ピーッとホイッスルが鳴って、トラック十周マラソンはスタートした。
今日もまた、ダンが飛び抜けて速い。
そして、やはりサクシードが続く。
後方にはガルーダたちが集団で迫り、やや遅れてジャンティが追っていた。
三周する頃には周回遅れが出て、トラックに満遍なく散らばった。
ダンが何度も振り返って、サクシードとの距離を確かめる。
対してサクシードは無心で走っていた。
十周くらいなら、ペース配分はほとんど考えなくてもいい。
かなりのハイペースで走っていることに、気づいていなかった。
ダンとの距離が徐々に迫っていく――。
「おいおい、マジか?」
二人を目で追わない者はいなかった。
「ゲルツ!」
「……」
秘かにサクシードを敵視している、ゲルツたちも同様だった。
サクシードがダンの背中を完全に捉える。
ダンは逃げるように必死に走っていたが、サクシードはペースを崩さなかった。
いよいよ追い抜くのでは? という頃、二人は同着でゴールした。
ハァハァと肩で息をするダン。
ゆっくり呼吸を整えるサクシード。
この二人の競争が際立って、手を抜かずに走ったガルーダらが霞むほどのデッドヒートだった。
憎々しげにサクシードを睨むダンの視界を遮るガルーダ。
「競技じゃねぇんだから、記録は関係ねぇ。人に囚われるな」
「ガルーダさん……!」
「記録より総合力を重視しろ」
「……!!」
ガルーダの取りなしに、歯噛みして悔しがるダン。
一方、サクシードの周りには、例によって能天気な先輩たちが群がっている。
「やっぱすげぇわ、おたく」
「鉄の心臓だよなぁ」
「次は抜かしちまうんじゃね?」
「下馬評、覆しやがんの」
バンバン叩きながら、健闘を称える。
「相棒は例によって、あそこで伸びてるけどな」
見ると、ジャンティはゴール近くで大の字になっていた。
サクシードは会釈しながら群れを離れると、ジャンティの方へ向かった。
側ではイーリアスが、しゃがんで一言述べていた。
「懲りないやつ。後の訓練に響くだろうが!」
ゼーハー言いながら、ジャンティはピースして見せる。
「な、なんのこれしき! 絶対スキルアップしてやるぜ」
「ジャンティさん?」
「おー、サクシード! 見てた? 俺のハイグレードな走り」
「サクシードは後ろなんか見てないって」
「すみません」
その通りだった。少し薄情だったかと思う。
「気にするな、こいつがバカなんだ」
「バカバカ言うな! っこらせ。それに、一度ハイペースで走っておいて手を抜くなんざ、言語道断だろうが」
起き上がってジャンティが事情を明かす。
「それはそうだが……」
イーリアスが眉をひそめる。
「いいんだよ、これで。ほれ、次いくぞ!」
「はいはい」
身軽に立ったジャンティに呆れながら、イーリアスはサクシードに言った。
「伸び盛りなんで、聞く耳持たないとさ」
「将来有望ですね」
軽口を叩きながら、次の訓練の準備をする。
ナムジン教官が、二人一組になって腹筋と背筋を百回ずつ行え、と大声で指示していた。




