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パイオニアオブエイジ  作者: どん
第二部
81/201

『過酷な試練』

「——昨夜、生命の樹は私を呼んでこう云った。

「人の時間で約一年後、真央界の底を穿つように、名のない力が飛来します。しかし、今回は私が手塩にかけて育てた貴女がいる。貴女と幸せの鍵があれば、名のない力を私のエネルギーに変換することが可能になるのです。幸せの鍵は別名、天窓の鍵。世界の密儀を開く神の道具です。この天窓の鍵で私と名のない力を繋ぎ、貴女の心を導管としてエネルギーを通すこと。これができれば、世界は揺らぐこともありません。どうか、神々のご意志を体現する者として、この難局に立ち上がってください」」

「そんなことをしたら、君はどうなるんだ」

「わからない」

「なっ」

「こうなる、と説明できるほど、何もしていないから何も言えない。鍵になるのは文字通り、天窓の鍵と私の心だと生命の樹は云った。導管というのは、植物が枝葉に栄養を通す管のことだから、植物のように名のない力を抵抗なく通すことができれば……」

「——君は人間だぞ」

「サクシード……」

「人間としての意思も尊厳もかなぐり捨てて、植物のように嵐を受容しろって言うのか。たった一人で!」

 サクシードは怒っていた。レンナの代わりに。

「なんでそんなどうしようもない状況を作る、神ともあろう者が。一人でも犠牲を強いる世界はこれからも迷走する。それなら、みんなで背負ってほしいと頼むのが、まともな道筋だ。レンナ――」

「はい」

 その目に涙が光る。

「生きるために抗え。君は一人じゃない、俺も一緒に立ち向かう。滅びるのが心であっても肉体であっても、命までは委ねられないと言ってやれ。犠牲を許容するために生きてるんじゃないと、はっきり断るんだ!」

「——ありがとう、サクシード。でも……」

 レンナの瞳に真力が宿る。

「……私は生命の樹の提案を甘受するつもりです」

「レンナ――!」

「サクシードに言われてはっきりわかったの。これは犠牲じゃない、人類が次のステージに進むための、手続きなんだってことが。私のすべきことは、先立って署名すること。そして、生命の樹に提出すること。——それなら、一人でも十分でしょ」

「受け取り方ひとつだって言うのか……」

「生命の樹の云うことを、そのまま受け取らなくてもいいの。心は自由に解釈して広がっていく。名のない力を包むほどに。それなら――できそうな気がする」

 たった一人で立ち向かうつもりだ。

 サクシードはレンナの二の腕を掴んだ。

 ハッとするレンナ。

 見つめ合う二人に刹那、永遠が流れた。

「言ったろ、一人では往かせない」

「サクシード……」

「どんなことがあっても傍にいる。必ず君の力になる。だから……一人で抱え込むな」

「……!!」

 レンナはその頼もしい胸に飛び込んだ。

 ほっとしたサクシードは、レンナが泣きじゃくるに任せて、抱きしめて髪を撫でる。あのオレンジの香りがした。

 五分ほどそうしていただろうか。

 レンナが泣き腫らした目で、真っ赤になって俯き、バッグの中のハンカチを探した。

「……ごめんなさい、サクシード。訓練前なのに」

「気にするな……もう大丈夫か?」

「はい……あなたがいてくれるから!」

 とびっきりの笑顔で答えるレンナ。サクシードは力強く頷いた。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 早足で去っていくサクシードを、レンナは姿が見えなくなるまで見送った。


 首都キュプリス、統治者の間——。

 水晶球で二人の様子を見ていたウェンデス統治者は、こう言った。

「一騎当千、といったところじゃな」

 白い法衣姿の老尼は、紫紺の瞳で深い湖のように、静かに世の中の動きを湛えて見ている。

「皆、心配はいらぬ。レンナ・エターナリストの心眼は本物じゃ。今、一番傍にいてほしい人間を、テリトリーに引き入れておる」

 様子を窺っていたのはウェンデス統治者だけではなかった。

 POA長官、ヤヌアリウス・ウィン・デミウス。

 その第一秘書、シルデニア・ステファニー。

 そして、ドギュスト・グランク執行部部長が詰めていた。

「サクシードが間に合ってよかったです。彼ならレンナの身辺警護も任せられますからね」

 ヤヌアリウスがゆっくり頷きながら言った。

「男性としても頼りになりますものね」

 微笑みながらシルデニアが言う。

「ドラマチックですね。意図せず誠意を示すだけで、エターナリストのガードを崩すのは、困難を極めますからな」

 ドギュストが苦笑する。

「さすが、私の見込んだ男だ」

 ヤヌアリウスが満足そうに言った。

「一気に執行部結成の目論見は崩れましたがね」

 ドギュストががっくり肩を落とす。

「まぁ、それはしばらくお預けじゃな。サクシードに万世の秘法を学んでもらうことが先決じゃ」

「レンナにレクチャーさせましょう。気が紛れるでしょうから」

 ヤヌアリウスが提案した。 

「そうじゃな――ついでにそなたも、POA訓練科で武闘の手ほどきをするといい」

「やっとお許しが出ましたね」

「フフフ、待ちきれないと顔が言っておる」

「慧眼、恐れ入ります」

「とんだ台風の目ですな」

「あら、嫌そうね、ドギュスト部長」

 シルデニアに言われて、ドギュストが見るからにげんなりした。

「シルデニア様だってご存知でしょう? どんな大暴風が吹き荒れるか。無事に済むのはぺんぺん草ぐらいですよ」

「謙遜だね、猛者揃いの訓練生をぺんぺん草に喩えるとは」

「ぺんぺん草ぐらいの矜持は残してやってください、とお願いしてるんです! あなたの発揮されない戦闘力に曝されたら、どんな武人もただじゃ済まないじゃないですか」

「だからサクシードに期待してるんだよ!」

「前途ある若者の芽を摘むのはやめていただきたい!」

「そうかな? かっこいいばかりじゃ、後々行き詰まると思うけど」

「サクシードに代わって言わせていただきますが、余計なお世話ですよ」

「心外だなぁ」

「まぁ、何でもいいが、程々にな。ドギュスト、レンナの身辺の調整を頼むぞ」

「承知しました」

 ウェンデス統治者——人界の王と目される――を中心に、POA上層部の細やかな話し合いは続いた。























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