『レンナの決意』
熱めのシャワーが気持ちいい。
目を閉じてお湯の心地よさを染み渡らせて、レンナは昨夜の疲れを溶かしていく。
若く細い肢体がピチピチとお湯の玉を弾き返す。
鏡に映った自分の身体は、まだ女性らしさにはいささか欠けていて、少し痩せすぎの脚が嫌いだった。
いくら食べても太らない体質だったから、食養法にはこだわったが、あまり効果は見られなかった。
今は――そんな小さな悩みがたまらなく愛しい。
何も知らなかった。
こんなことが立ちはだかるとは夢にも思ってなかった。
できることなら、現実にうずくまってしまいたい。
でも……サクシードやみんなを守るためなら。
レンナは自分でも驚くほど真剣な顔で、鏡に向かって呟いた。
「私なら、きっとできる」
準備が整ったレンナを見たフローラは、自分のことのようにどぎまぎした。
麻色のジャケットに、淡い黄色のタイブラウス、紺のシフォンスカート、マリンブルーのハイヒール、小さめのキャメルのバック。
カジュアルの多いレンナにしては、ややトラッドな装いだった。
そして、魔法をかけたようなナチュラルメイク。
「気合入ってんなぁ。オフィスレディな感じ?」
ファイアートなどは呑気にそう言ったが、フローラにはわかった。
これはレンナの決意の表れだと。
「……じゃあ、行くか」
「はい」
はい、か。
サクシードは何か予感めいたものを感じ取っていた。
玄関のドアを開けて下宿を出る二人を見て、フローラは祈りを捧げずにいられなかった。
「春らしくなったね」
「そうだな」
「そろそろ革のジャンパーは暑いでしょ」
「一張羅だからな」
「ジャケットとかだと涼しいよ。着回せて便利だから、一着あると助かるのよね。あ、そう言えば……」
「そうじゃないだろ」
レンナの話を途中で遮って、サクシードは説明を迫った。
「……びっくりしたでしょ。急にいろんな話をされて」
黙って頷くサクシード。
「私が生命の樹がある第五層生命樹界に往ったのは、五歳の時だったわ」
「……」
「生命の樹はこの時をずっと待っていたんですって。混迷する人界に、より多くの援助を送れるように、神様にお願いしていたらしいの。神様の答えが天窓の鍵という神様の道具。それを、生命の樹が、この人と思う人物に預けて、より多くの根源エネルギーが人界に流入する仕組みを作った。私は生命の樹に選ばれて、以後、天窓の鍵を預かることになったの」
「——どうして君が選ばれたんだ?」
「……幸せだったから。そう云われたけど、確かにあの頃は何も怖がってなかったし、疑ってなかったかな」
「……それで?」
「私の超常能力に気づいた両親が、鎮守府に相談して、ウィミナリスで万世の秘法を学ぶために、留学することになったわ。いろいろあったけど……ともかく、十二歳の時に修法者にまで上り詰めた。帰ってきてからの初仕事は、パラティヌスの西に広がる霊長砂漠の砂漠化防止だった」
(十二歳——)
同じ頃、サクシードは祖父にやいやい言われて、うるさがっていた。
そんな時分から、国の命運を背負って仕事してきたレンナの言葉は重い。
それなのに、淡々と話すところがレンナらしい。
「その時に施した、修法陣という天地の運行を調整する術に問題が起きた。霊長砂漠だけじゃなく、世界に大きく十字架を描くように、四方中央五箇所に修法陣が施されてしまったの。それが――」
「天窓の鍵を持っていたが故のアクシデントだったんだな」
「そう……私はウェンデス様、万世の占術師様の英断で守られたけど、二度とアクシデントが起こらないように、修法者としての活動が制限されたの」
「なるほど、その処遇は仕方ないな」
「うん。私は別の身の処し方を考えて、下宿を運営することにしたの。これが現在までの諸事情ね」
「ああ」
ヒヨドリが二人の目の前を滑るように飛んだ。
けたたましく啼いて、遠ざかる。
目で追ったレンナを切なさが襲う。




