『ソウルメイト』
「うーん、下宿人のことは会ってから情報交換するとして、何を話そうかな……」
どうやら話題が思いつかないらしい。
サクシードは両膝に両膝を乗せると、手を組んで身を乗り出した。
「レンナはPOAをどう思う?」
「えっ、どう思うって」
「武力は必要だと思うか?」
「……そうね」
と言ったきり、黙って考えをまとめる。
「……現実にテロの脅威にさらされてる人たちがいるよね。その人たちを守るには警備が必要だし、テロの悪芽を摘み取るには捜査が必要でしょ。でも武力というのは、主に戦争で使われるのであって、テロに対抗するには別の何かが必要だと思うわ」
深い洞察に、サクシードの目が光る。
「例えば?」
「国家間の連携とか、危険地帯の一掃とか。民間レベルから始めて、世界全体を組織化するの。POAは主要宮廷国は連携していても全体ではないでしょ。でも全体じゃないと意味がない」
「そうだな。テロは中枢の手の及ばないところでも起こるからな」
「だから武力でカバーするしかないんでしょう」
「しかし、テロリストは武力を使う。対抗するには武力が必要だ。警備にも捜査にも規模は小さくても、やはり武力は用いられる。払拭することはできない」
「対抗することを考えるから、払拭できないんじゃないかな」
「無抵抗主義じゃないよな」
「ううん、それじゃ蹂躙されるでしょ。テロは無差別攻撃だもの。私が言いたいのは、テロを防ぐ方法。それを開発する技術と知恵が必要だと思う」
「技術と知恵、か……」
「うん……答えになった?」
「ああ。俺はそれが完成するまで、社会を守り抜けばいいんだな」
スカウトされたものの、サクシードはPOAの存在価値を、今一つ世の中に位置付けないでいた。
だがレンナの考えを聞いて、腹が据わった。
レンナなら答えられると思ったのだ。平和の中にいても、物事に対する関心の高さが違う。初対面でこんなに情報を引き出されるとは思っていなかった。
手応えのある出会いに、サクシードは満足だった。
すっかり暗くなった車内に明かりが灯り、通路を歩く人の数が増えてきた。
反対路線とすれ違うと、首都からの帰宅者で満員だった。
森に隠れて見えないが、西側(左)には縦長のレピア湖があるはずだ。
間もなく汽車はバッソール駅に到着する。
毛布を畳むサクシードにレンナが言う。
「セルフサービスだから、お願いね」
「これくらい常識だろ」
「しまい方があるのよ。四つ折りにして、輪を手前に……そう、ありがとう」
「細かいな」
「そうしておけば、係員はチェックするだけだから」
指差し確認して、個室を点検する念の入れようだ。
「これでよし」
マナーのいい客だった。サービスに慣れている。
「じゃあ行きましょうか」
個室を出ると、数人が荷物を持ってたむろしていた。バッソール町の住人だろうか。レンナが静かにしているので、サクシードも黙っていた。
汽車は定刻通り、十七時二十四分に到着した。
ホームに降り立つと、ひんやりした空気が身体を包む。
予想に反して降り立った人々は三十人ほどで、レンナによると一駅前の住宅街の方が乗降者は多いのだとか。
改札を抜けて、小さな駅を出ると、花壇とモニュメントが中央にあるターミナルがあった。大多数は正面の道路と通って行き、数人は駐輪場へ行く。二人は正面の道路を歩いた。
両側は小さな商店街で、もうほとんどの店は閉まっている。
寄り道せずに真っ直ぐ下宿に向かう。
二、三分もすると人々は散り散りとなり、気づくと二人きりになっていた。緩やかな丘の道路をレンナは案内しながら歩く。
「この道路を真っ直ぐに行くと、レピア湖まで通じているの。下宿の前までね。昼間なら見晴らしがよかったんだけど、朝一番で見てみて。感動すると思う」
「へぇ」
「んー、この時間だと夕食作りしてるか……ちゃんと手伝ってるでしょうねぇ。ロデュスはともかく、ファイアートはフローラにちょっかい出して妨害してるかも」
プッ、と吹き出すサクシード。
「笑うけどね、いつも止めさせるのに苦労してるんだから。ああ、それにしてもラファルガーが手伝ってる姿が、想像できないっ」
「なんでだ」
「だって、いつも冷めてて我関せずって感じだから。いいヤツなんだけどね。ウチの辛口突っ込み役」
「ファイアートは?」
「道化師ね。人をからかっては笑いの種にしてるわ。私はいい標的よ。ロデュスはフォロー役でウチの良心。フローラは不思議なお姫様。そんなとこかな」
そして快活で前向きな世話人のレンナ、という組み合わせだ。自分はどんな役割を果たすことになるのか、サクシードは楽しみだった。
「あーっ! 先入観持たせちゃった。気をつけてたのに。会ってからイメージを決めてほしかった。そうじゃないと気づくのが|遅れるじゃない?」
残念がるレンナを、怪訝そうに見るサクシード。気づいて説明するレンナ。
「人にはね、運命の共同体があるのよ。その人たちと絆を深めるべく生まれてくるの。それを知るには、出会いから大切にしないと。曇りのない目で確かめなきゃね」
「似たようなことを、どこかで聞いたな」
「ソウルメイトっていうのよ」
「ああ、じいさんの遺言だ」
「遺言?」
「自立する前に、じいさんが言ってたんだ。「一人で何か物足りない時は、ソウルメイトを探せ」ってな。果たすべき使命がわかると言っていた」
「そう、精神的に支えられる、素敵な遺言ね」
(なるほどな)
サクシードは隣を歩くレンナを見て納得した。
彼女は間違いなく、運命共同体の一人だ。そうでなければ懐かしく思うはずがない。
俄然、レンナの側にいる下宿人に興味が湧いてきた。
「見て、レピア湖よ。下宿はもうすぐだから」
夜の闇の中、月明かりにチラチラと照らされる湖面。
神秘的な出会いの日に相応しい静けさだった。