『フラメン宮』
翌朝、繁緑の四月修迷の二日。鎮守府・フラメン宮にて。
その応接室には、斎官のフローラと、女官長のアリサ・シーノート、そしてレンナの姿があった。
先日の報を受けて、フラメン宮に控えていたフローラは、レンナから詳しい事情を説明されていた。
「それでは、名のない力の衝突は、今回も避けられないのですね」
長い金髪をまとめ髪している、木の葉模様の長衣を着た、中年のアリサ女官長が言うと、レンナは慎重に頷いた。
「はい。ですが、過去二回のニアミスと違うところは、私たちに被害を回避できる方法があるということです。果敢に取り組む以外、選択肢はありませんが……私はその方法を甘受したいと思います」
しかし、その方法が――フローラは、レンナの身を案じた。
「あなた以外にできる人がいないという、その過酷な条件が心配です」
「フローラ様——女神様は今回のことを何と仰っていますか?」
レンナは敬称でフローラに尋ねた。
「甘受し、しかる後の混乱に備えよ、と」
「そうですか。昨夜、ウェンデス様を筆頭にした修法者会議でもそう決まりました。名のない力のことを私に一任する代わりに、予想される混乱にできる限り備える。可能なら、呪界法信奉者側とも話し合いの場を設け、譲歩点を見つけ出していこう、ということでした」
「そうですか。今回のことは、どんな大きな山でも動かす力があるんですね」
「はい――そこで女官長にお願いが」
「何でしょう?」
「フローラ様にこれまで通り、下宿に住んでいただきたいのです。彼女は私の頼もしい親友です。フローラ様以外の相談相手を私は見つけられないでしょう。どうかお願いします」
「……フローラ様はいかがなさいますか?」
「はい。できることなら、一緒に時間を分かち合いたいです」
「それでは問題ございません。フローラ様のご意志に私どもは従います」
「ありがとうございます!」
レンナもフローラも心から安堵した。
お互いの役目にかかりきりになって、会えなくなってしなったら、心の均衡が保てなくなることを知っているのだ。
細かい調整は後日改めることになって、二人は下宿に帰ったのだった。
午前六時半——。
シンパティーアの男性陣は、キッチンで朝食づくりに奮闘していた。
ファイアートの提案だった。
しかし、台所事情をよく知らない彼らは、物を探すのにも苦労していた。
「乾燥ワカメ、ありましたよ」
「よし、味噌汁に投入。んで、レタスと合わせてサラダにしよう」
「水に戻してからだぞ」
「おっと、そうだった。サクシード、冷蔵庫から豆腐取って」
「わかった」
「——目玉焼きが焦げたな」
「ブランクありすぎだろ。誰かドレッシング作れるやつ!」
「オリーブオイルは?」
「ガス台の下ですぅ」
そんな大変な騒ぎの中、レンナとフローラが帰ってきた。
「なんだかとっても賑やかね。ただいま!」
レンナが爽やかに挨拶すると、ファイアートが勢いのまま言った。
「お帰り! 疲れただろ、朝食作りは僕らに任せて、リビングで休んでなさい」
「……じゃあ、お言葉に甘えようか、フローラ」
「ええ」
わたわたしながら彼らが朝食を作り終えたのは、十五分後だった。
「わぁっ、おいしそう!」
レンナが第一声を上げた。
「どうよ、まっ、ざっとこんなもんよ」
はいはいとご飯をよそうファイアート。
「ちゃんと麦が入ってるー!」
感動するレンナを見やるサクシード。
心配していた疲れもないようだった。
気づいたレンナが笑いかける。
きれいだ。素直にそう思った。
「いただきまーす」
酢がキツすぎるドレッシングや、柔らかすぎるご飯、焦げた目玉焼きはご愛敬。
パクパク食べるレンナに、ファイアートが満足そうに話しかける。
「首尾はいかがですか、お嬢様」
「うん、昨夜の会議で大まかな方針は決まったよ。近々、万世の占術師様から発表があると思うわ」
「サクシード、万世の占術師様というのは、パラティヌス統治者ウェンデス様の修法名だよ」
ファイアートの補足に、レンナがチロッと舌を出す。
「あ、ごめんなさい、すっかり安心して。フィートありがとう、昨夜サクシードにしっかり説明してくれたのね」
「そりゃ万世の魔女様のご依頼とあれば、労は惜しみませんとも。ただし、君から説明した方がいいことは言及してないからね。そんで考えたんだが――君、疲れてる?」
「ううん、全然」
「じゃあさ、今日サクシードと一緒に、POAに行く道すがら説明したら? 彼だって心配してたんだからね。このまま訓練に入ったんじゃ、気にかかるでしょ」
「そうね……サクシード、時間をくれる?」
「わかった、首都まで歩いて行こう」
「ありがとう!」
ファイアートたちには、フローラから説明することになった。
レンナは身支度を調えるため、早めに席を立った。




