『惚れちゃったのかい』
しばらくして戻ってきたレンナは、微妙な顔を浮かべていた。
「おっ、レンナ。どうだった? 上からのご用命は」
ファイアートが話を振ると、レンナは言った。
「フィート、ちょっと」
「? なんだよ」
ファイアートと連れ立って、再びリビングを出て行った。
「……仕事関係の話か?」
サクシードの疑問に答えたのはロデュスだった。
「付き合いが広いですからね、レンナさんは」
一方、レンナたちはリビング向かいの彼女の部屋で、話そうとしていた。
「緊急事態」
「はぁ? 例によって、生命の樹のご託宣じゃなかったのかい」
「そう、そうなんだけど――結論から言うと、約一年後に『名のない力』が飛来して、この世界に衝突するんだって」
「げっ、名のない力って、創世紀と万世紀にニアミスして、とんでもない被害を出した、ってあれ?」
「うん」
「まずいじゃん! って、僕に言ってどうしろっての? 報告するならウェンデス様でしょうが」
「聞いて。今回は私が生命の樹から下賜された『天窓の鍵』で、被害を受けずに済みそうなの。詳しくは省くけど、それ次第でこの閉ざされた世界が解放されて、人類に新たな世界が拓かれる」
「ちょっと待て。今、君とんでもないこと言ったよ。何の鍵だって?」
「ああ、今まで『幸せの鍵』と云われて持っていたけど、本当の名前は『天窓の鍵』と云うそうよ。七大神器の一つね」
「だってそれは、君が起こしたグランドクロス事件以来、行方不明になってたはずじゃ……」
「実は私が持ってた。所管の降霊界に申し開きしなくちゃ。ああもう、そういうことじゃないのよ。サクシードのことなんだけど」
「なんでサクシードが出てくんの?」
「だから、彼が実戦に向かう期限を延ばせるかもしれないと思って」
「——そこ?!」
ファイアートは目をむいて突っ込んだ。
世界の危機と、恋人の行く末を並べて語るか。
必死なレンナを見て、大真面目に言ってるらしい、とファイアートは呆れ果ててしまった。
「私はこれから、ウェンデス様にご報告に行くけど、説明してる時間がないから、フィートがサクシードに説明して」
「それくらい時間あんでしょうが」
「予備知識だけでもいいから知ってもらいたいの。天窓の鍵については、まだ話せてないでしょ? このまま黙って出かけると不審がられるし、きっと心配するわ。お願い!」
「……惚れちゃったのかい?」
「私にできることがあるなら、そうしてあげたいだけ。じゃ、あとお願い。着替えるからゴメン」
「はいはい」
慌ただしくレンナの部屋から出たファイアートは、ドアの前で一人ごちた。
「それを惚れたって言うんじゃないですかね」
吐息をついて、やれやれと思いながら、ファイアートはリビングに戻った。
「あれ、ファイアートさん、レンナさんは?」
ロデュスの問いに、ファイアートは気まずそうに答えた。
「出かけるって。今からキュプリス宮殿に」
「今から――?」
サクシードの不審な表情に、曖昧に返す。
「ああ、問題なし。何しろひとっ飛びだから」
「?」
「僕らがどこでもテレポートで移動できるのは、身を持って体験したね」
「あ、ああ」
「レンナからレクチャーを受けて、この世界が層状になってて、第三層降霊界までが人類に拓かれてることも知ってるね?」
「確かにそう聞いてる」
一昨日の学科訓練でも同様のことを説明されている。
「ところが……レンナがただ一人、第五層生命樹界に出入りできる、って言ったらどうする?」
「!」
「いいんですか、ファイアートさん? そんな重要な情報を開示して」
「レンナから頼まれたんだ。サクシードに説明してくれって」
「何か火急の件が?」
フローラが柳眉をひそめる。
「……今から約一年後、この世界に名のない力が飛来して、衝突するらしいんだ。レンナの話じゃ、何とか被害を出さずに済むらしいんだけど」
「——わたくしもフラメン宮で控えていなくては」
「うん、この場は任せて、お役目に戻って」
「ええ」
フローラが席を立ち、サクシードに言った。
「サクシード、驚いたでしょうけれど、ファイアートの話をよくよく聞いてくださいね」
「——ああ、わかった」
ただならぬ事態に、サクシードは身構えた。
「説明に戻ろう。名のない力は有史以来、二度この世界にニアミスして甚大な被害を出している。今回は衝突だからね、意味合いが全然違う。でも、レンナが言った通り、今回は回避する手段があるらしい。文字通り、鍵はレンナが握ってる」
「?」
「サクシードは生命の樹って聞いたことあるかい?」
「昔、童話で読んだ記憶があるな」
「それが本当に《《在る》》んだよ。第一層真央界、第二層因果界、第三層降霊界、第四層軌道界、その上の第五層、生命樹界というのがそれだ。この生命樹界に足を踏み入れたのは、有史以来、レンナが初めてだと言われてる」
「!!」
「まぁ、詳しくはレンナが話すとして――ともかくレンナは生命の樹から、天窓の鍵という神の道具、神器を預けられていたんだ」
「天窓の鍵って……あの行方不明になってた天窓の鍵ですか? 七大神器の一つの?」
ロデュスが困惑して問い返す。
「なんか騙し討ちみたいだけど、レンナは生命の樹に幸せの鍵としか云われてなかったらしいよ。つまり、行方不明だって思われてたけど、レンナがずっと持っていたことになるね……」
「それは……」
ロデュスはそれっきり考え込んでしまった。
「それで? その疑惑の天窓の鍵で、名のない力を何とかすると、被害を受けずに済むんだな」
ラファルガーが話を元に戻した。
「そうらしいね。悪いけど、ここまでしか説明できない。レンナが戻ってくるまで待たないと……」
「……」
「サクシード、大丈夫かい?」
ファイアートがサクシードを気遣うと、何かを覚悟したような表情をしていた。
「ファイアート、レンナ以外の修法者に心当たりがないか? これから忙しくなるレンナの重荷にはなれない。俺のことより、名のない力を何とかする方に集中してもらわないと」
「……レンナは君のことを真っ先に考えていたよ。君は違うんだね」
「そうだな……でも、名のない力のことが決着するまでは、ここを離れない。それは今決めた」
「ふーん、わかった。一応、聞いとくけど……事と次第によっては、サクシードにレクチャーするのはいい気分転換になるかもしれないから、まずはレンナと応相談だね」
「わかった」
――レンナとフローラは、その日帰ってこなかった。




