『シグナル』
繁緑の四月天察の一日、日曜日。
サクシードにとって、二度目のシンパティーアの日曜日は平穏だった。
その日の夜、例によってフローラが紅茶を淹れて、レンナお手製のマドレーヌをお茶請けに歓談する。
「ところでさ、サクシードってシンパティーアに来てから、顔艶よくなってない?」
ファイアートがサクシードの顔を眺めてしみじみ言った。
「いいものばっかり食べてるからな。以前と比べたら、食生活は激変したと言っていいくらいだ」
「それもあるけど……オーラがきれいな卵型してるんだよ。すごく冴えた赤で、その辺の邪な霊なんか一瞬で浄霊しそうな勢いだよ」
「そうなのか? 自分ではよくわからない」
「まだ万世の秘法の入り口に立ったばかりだからね。いつも見えてても都合が悪いから、僕も普段は制御してるんだけどさ。……本当にすごいよ、なぁ、レンナ」
「うん……たぶん火の精霊と特に懇意だからじゃないかな。精霊祝いは火なんでしょ?」
「ああ、それだ。精霊祝いがどうして万武・六色と関係があるんだ?」
サクシードに聞かれて、レンナが口を開きかけた時だった。
その耳元で微かな鈴の音がした。
「……!」
「……?」
レンナの注意が別の方に向いていることが、サクシードにもわかった。
「……フィート、あとよろしく」
「うん? ああ……はいはい」
スッと立ち上がって、レンナはリビングを出て行った。
「? どうしたんだ、レンナは」
違和感を覚えて、サクシードがみんなに問う。
そこはファイアートがフォローした。
「ほら、レンナって修法者じゃんか? だから時々、上から呼び出されたりするんだよ。たぶん、表の環境修復の仕事の件じゃないかな」
「ふーん」
一応納得して、サクシードはスルーした。
「んで、さっきの話の続きね。精霊祝いはこの世界に古くから伝わる生誕の儀式だ。親がいなかったり、記録がなかったり、何らかの特殊事情でわからない人もいるけど。大概の人は戸籍と同時に役所に届けられて保管されてる。いわば万世の秘法に入門した時に、伸びる可能性のある超常能力、最も適性の高い守護精霊を調べるためのものなんだ。理解できる年齢になったら、だいたい両親が精霊祝いの話をしてくれるわけ」
「なるほどな……俺のように万武・六色に適性があれば、もっと関係が深くなる、ということか」
「あったりー! ちなみに僕の精霊祝いは光だよ」
「へぇ、みんなは?」
「僕は水です」
「俺は闇だ」
「わたくしは地ですわ」
「レンナは?」
「レンナは――」
その頃、レンナは一人、とある場所に来ていた。
がらんと開けていて、天地の境界がぼんやりしている。
いや、大地が天を映す、鏡のようなものだった。
天地があるとどうしてわかるかというと、一本の巨木が生えていたからだ。
巨木は『生命の樹』と太古より伝承され、虹色に光る白い幹と枝を持っていた。
張り渡された枝々には常盤の葉が生い茂り、時折キラリと輝く。
それらが、どこからともなくやってくる風に吹かれて、さわさわと揺れる様は、悠久の時を孕んでいるかのようだった。
レンナは、白く短い丈で前身頃に生命の樹を象徴化した、古いとも新しいとも言えない衣裳を身にまとっている。
胸元には、青緑色の宝石が中央にある、六芒星を象った、白い小さな鍵が下げられていた。
「——」
無言の会話。
根元で幹に両手を当てがって、それはしばらく続いた。
やがて、遠く梢を見上げたレンナの表情には、つらさに耐えるような忍従が現れていた。
そっと幹から手を離した途端、生命の樹は沈黙した。
そして、もう答えることはなかったのである……。




