『恋のタイマー』
「ただいま」
「お帰りなさい」
サクシードは定刻通りシンパティーアに帰ってきて、キッチンでレンナの溌溂とした笑顔に迎えられた。
側でフローラもニコニコ笑っている。
サクシードはレンナの髪を撫でて言った。
「今日も美味そうな匂いがするな」
「今日のメニューはね、紅鮭のバター乗せ包み焼きと、ジャガイモとベーコンのローズマリー和え、キャベツとニンジン、エノキのお味噌汁とアサリご飯。デザートはイチゴのパフェよ」
「それは豪勢だな。着替えてくる」
「うん」
優しい温もりを残して、サクシードは部屋に向かった。
レンナはくすぐったそうに笑って、フローラに向き直る。
「もう包み焼きできたかな?」
照れながら言うと、フローラは人差し指を立てて言った。
「恋のタイマーに狂いはありませんわ」
レンナは浮かれるのもそこそこに、親友を気遣った。
「……いつもアドバイスありがとう。あの、フローラの方はどう?」
フローラは優しく首を振った。
「今年も都合がつかないみたい」
花翔の五月の女神の祭典で、斎官であるフローラは、献舞という舞踊を披露するのだ。
ジュリアスは彼女が斎官になった三年前から一度も、親善大使の仕事が多忙なのを理由に、その晴れ姿を観に来たことがなかった。
「そう……フローラが大人だから、つい甘えちゃうんだけど、つらくなったらいつでも言ってね。私、フローラのためなら修法者権限、迷わず使うからね」
「そんなレンナさんが側にいてくれるから、わたくしは大丈夫。薄情なジュリアス様のことは置いておいて、今を全力で楽しみましょう!」
「アハハ、言うね、フローラも」
二人が慰め合っていると、ファイアートがキッチンに顔を出した。
「そうそう、あんな仕事オタクは忘れて、僕と付き合おう!」
「あら、聞いてたの?」
「……仕事オタクでも、この時期は忘れずに連絡をくれますわよ」
「んなの、普段の仕打ちの償いにもなりゃしないよ。たまには反乱起こせば? 君の機嫌が悪くなったら困る人間が、何人いると思ってんの」
「その人たちのためにも、自分本位な行動はとれないんじゃないの!」
レンナがフローラに助太刀する。
「フローラが生まれながらのお姫様なのは、同じ立場の僕だって百も承知だよ。ただ、言わせてもらえば、恋にはちと没個性だ。同じ人の同じ面だけ見て、飽きないなんてのは、ただの変わり者だよ。君のピアノ演奏みたいに、百花繚乱咲いてこその恋でしょうが。もっと自己主張してもいいんじゃない?」
「一理ありますわ」
「でしょ。その気になったら言ってよ。手伝いまっせ!」
「ありがとう、ファイアート」
「どういたしまして」
「えーっ、フローラどうしちゃったの?!」
フローラの声のトーンが真剣みを帯びていて、困惑するレンナだった。
夕食には全員が顔を揃え、いつものように楽しい歓談が始まった。
「あーっ、バターの香りって幸せ感じるよね」
ファイアートが紙包みを開けて、バターの香りを吸い込んだ。
「こんな凝った料理を食べるのは久々だな」
サクシードも同感のようだった。
「とっても簡単なのよ? 紅鮭の切り身に塩胡椒して、刻んだ野菜とキノコを敷いて、バターを乗せて紙に包んで焼くだけ」
「へぇ……」
「サクシードは島育ちだから、乳製品は手に入りにくかっただろ?」
鮭をほぐしながら、ファイアートが言った。
「そうだな――たまに姉貴が人伝にもらってくるんだが、大事に使っていた」
「乳製品は好き?」
レンナが聞いた。
「ああ、どこに行っても手に入るんで、自立した当初は驚いた。特にチーズは好んでよく食べた」
「ふむふむ……」
レンナの頭の中で、チーズ料理のレパートリーがさぁっと流れ込んだ。
「とりあえず明日の朝は、サイコロチーズパンにしようかな」
「ありがとう。でも、みんなの好きなものと順繰りにしてくれよ」
「フフッ、そうね」
「僕はお付き合いしますよ。一週間続いたってへっちゃらです」
「一か月続いたら?」
ロデュスの発言に、ラファルガーが突っ込む。
「カロリー過多になっちゃいますね。いよいよ運動を習慣にしなくちゃいけないかな」
「そう言えば、ラファルガーの故郷では、チーズ作りが盛んだったのじゃありません?」
フローラが質問した。
「クイリナリスではチーズは常備品だ。牧畜が主要な産業だからな。カマンベール・ゴーダ・モッツァレラ・青かび……シェーブル、山羊のチーズなんかもポピュラーだった」
「それは絶対、利きチーズしてみたいなぁ。ワイン片手にね」
「ねぇねぇ、明日の夕食はチーズフォンデュにしない? もちろん、ワインも用意して」
「いいねぇ、やろうやろう!」
レンナの発案で、明日の夕食はチーズフォンデュに決定した。
話題に上った材料は、すべて入手可能だ。
テレポートを使えば現地調達も訳ないのである。




