『アンケート』
視聴覚室の照明が点いた。
やれやれ、と溜め息をついた者がほとんどだった。
「みんな座ってちょうだい。とどのつまり、万武・六色に精通してもらうこそが、対テロの当面の方策なわけだが。そうは言っても、無学な君たちにいっぺんにレクチャーするには手数が足りなくてね」
「あ、俺、あの子がいいなぁ」
「おー、いいねぇ。手取り足取り教えてもらいたいよな」
レンナのことを言っているのだ。
サクシードのこめかみがピクリとひきつる。
「残念、彼氏いるよ」
平然とドギュスト部長が言ってのけた。
もうサクシードにはわかっている。
部長をはじめとするPOA上層部には、昨夜のひとときも隠しておけないのだ、と。
「くそぉっ! どこのどいつだ、んな幸運の星のもとに生まれたやつは」
「のうのうと、ろくな仕事もしてない野郎じゃないだろうな!」
「隠れてないで出てきやがれ!」
「プッ」
不謹慎にもジャンティが吹き出した。
「ジャンティ、てめぇか?!」
矛先がジャンティに向けられる。
「冗談じゃないっすよ。どこにそんな隙があるんすか」
そこで大半の者は隠された事情に気づいた。
わめいているのは、裏がどうだろうが知ったこっちゃない、単純連盟だった。
「まぁまぁ、万武・六色を真面目に極めれば、その筋の女性とお友達になるチャンスはいくらでも……」
「ホントかよ、部長?!」
「保証はできかねるが」
「フン! んなこったろうと思ったぜ」
「つうか、部長には初めっから期待してねぇ」
「すみませんね、頼りにならなくて。冗談はさておき、今日はとりあえずアンケートで終わりだ。その如何で、今後のカリキュラムを組む。簡単な質問ばかりだから、手抜きしないでくれよ」
言ってドギュスト部長はアンケート用紙を配布する。
サクシードもアンケートに記入していく。
一問目は、精霊祝いは何ですか? また、それに関する民間伝承などの予備知識はありますか? だった。
そこで彼は、「”火”だと祖父に教わった。これが生まれ持った自分の特性だと教えられた」と書いた。
二問目は、幼少期からの身体的特徴、例えば、得意だったこと・苦手だったこと・病歴などあれば記入してください。
それには「体力的には平均以上だと思う。病歴というほどでもないが、春先にのぼせがあって、だるく感じることがある」
三問目は、今の仕事(POA以外)に就こうとした経緯を教えてください。
「育ててくれた祖父が亡くなり、自立する必要があり、警備士養成学校を選んだ。警備士を選んだのは、当時(三年前)需要が高かったから」
四問目は、今までにトラウマ(心的外傷)となるような出来事はありましたか? 書ける範囲で記入してください。
「自立したばかりの頃、テロリストに遭遇して、左腕に外傷を負った。屈辱的だったし、自分の認識の甘さを痛感した出来事だった。立ち直るのに時間を要している」
五問目は、キャリアに自信を持っていますか? またはそう自負する根拠はありますか?
「キャリアはない。一人きりでテロ撲滅への道を探ってきたが、段階を踏まないで、権限も持たずに活動しても意味がない、と友人に指摘されたばかりである」
六問目は、異性(あるいは同性)に関心がありますか? どの程度の付き合いがありますか?
「これまではまったく興味を持てなかったが、最近、真剣に付き合いたい女性と出会い、順調に交際している」
七問目は、POAに望むことは何ですか?
「万武・六色を含む訓練の充実。そして、訓練講師の厳選を特にお願いしたい」
以上だった。
書き終わった者から帰ることになった。
アンケートがフラストレーションの思わぬはけ口になった者もいれば、さらっと書いて済ませる者もいた。
サクシードはちらっと隣のジャンティを見た。
彼のアンケート用紙は真っ黒になっていた(特に六問目)。
そのまた隣のイーリアスと目が合った。彼も書き終わったところだった。
ジャンティの様子を見て苦笑すると、サクシードに目配せして静かに席を立った。
「……あいつ、何をムキになって書いてるんだろうな」
呆れた調子でイーリアスが言った。
「待遇改善でしょうか?」
サクシードが言えば、イーリアスはきっぱり言った。
「有り体に言って、溜まってるんだろ。大人なんだから善処すればいいのに。上層部や教官連に言ったって、寝言としか取られないぞ」
プーッとサクシードが吹き出した。
「す、すみません。イーリアスさんもそんなこと言うんですね」
「いつも取り澄ましてるから、意外だって?」
「そんなことはないんですが」
「あいつの友だち何年もやってみろ。毒こそないが、五感に刺激がないとやってられないタイプだ。たまには気も利いてるが、そんなのは長く続かない。いや、持続しなくても全然気にしないぞ。おそらくアッチもな」
「そんなものですか」
「サクシード、こう言っちゃなんだが、ジャンティからだけは学ぶなよ。話聞いてると、昔っから女には不自由してないんだ。はっきり言って、女をナメてかかってる。だから禁欲生活を強いられてるんだ。因果応報。まともに恋愛したくてもできないんだから、聞き流しとけ」
「勘は冴えてるんですけどね」
「女たらしの勘がな。俺はロリコンじゃないが、ジャンティは守備範囲が広そうだ。油断するなよ」
「大丈夫です。彼女は修法者ですから、その辺りの見極めは確かだと思います」
「おっと、そうだったな……付き合いは順調か?」
「はい、誰も入る隙はありません」
「さすがだよ。自分よりレベルが上でも、まったく怯まないところが君らしい。ジャンティもそういう視点があれば大成するんだがな」
視聴覚室のドアの外で待っていると、ようやくジャンティが中から出てきた。
「よっ、お待たせ――!」
「ったく、何をごちゃごちゃ書き殴ってんだ」
「フフン、俺の華麗な女性遍歴を滔々とな。なんだよ、その白けた顔は!」
「……おまえは何にもわかってない。女性遍歴=カルマの深さだろうが。そんなのが上層部や教官連に知れたら――乱れた私生活を叩き直されるだけだぞ。この先、万武・六色の適応力に問題が発生するんじゃないのか」
「まーた始まった、イーリアスの心配症が。んなのは問題の内に入んないの! 俺にとっては。女性遍歴がカルマになるって? そんな深刻な子と付き合ってないっつうの」
「表面だけじゃわからんだろうが!」
「仮に深刻だったとして、それが何だってんだよ。俺が受け止められないとでも? 見くびってもらっちゃ困るね。女の子の悩み、オールOKだっての。任せろって」
「ダメだ、こいつ」
この話の決着は、イーリアスに軍配が上がることになる。
彼の予言の通り、ジャンティは向こう三か月、恥ずかしいカウンセリングを受けることになるのである。




