『戦々恐々』
午後の訓練が始まる。
しかし、この時は訓練生以外の人間が多数ドーム入りしていた。
同じ格好はしているが……一見して職業軍人とわかる風体。
訓練生は明確な目的を知りながら、教官サラートの指示を待つ。
「整列!」
散らばっていた訓練生が、サラート教官の号令に従う。
サラート教官は声を張り上げた。
「全員、よく聞け―! 午前にドギュスト部長の話にあった通り、万武・六色の訓練に入る。教官連の要望で、知識でガチガチになる前に、実地訓練を行う。集まってもらったのは、POA本部出向軍人・有志の会だ」
有志の会……その不穏な響き。
戦々恐々となる訓練生に、サラート教官はさらなる追い打ちをかける。
「筋肉でものを考えるおまえらには、うってつけの機会だ。軽く撫でてもらえ! 以上」
「やっぱり、そうなるのね」
ジャンティがボソッと呟いた。
かくして三十一人の訓練生一人につき、軍人が二人付くことになった。
ドーム内に目一杯広がって、苛烈な訓練が幕を開ける。
相手は万武・六色の手練——無学な訓練生が太刀打ちできるはずもなく、なす術もなく薙ぎ倒される。
敵と想定した軍人の創り出した風壁に立ち向かい、無数の擦り傷を負う者。
乱射された光の矢を急所に浴び、激しく叱責される者。
異空間から出現した激流に身を曝し、逆らって構えるよう檄を飛ばされる者。
闇の立方体に閉じ込められ、盲滅法に拳を隔壁に叩き付ける者。
足元の芝生が悪夢のように伸びて絡みつき、力ではなく草と同調するように、難題を突きつけられる者。
激しく燃え盛る炎に、怯むことなく拳を繰り出すよう、発破をかけられる者——。
一つとして同じ指導はなかった。
万武・六色とは――?
六色、とあるように、光・風・水・闇・地・火の六大精霊を使役する闘技である。
対応する六色は、光は白、風は銀、水は青、闇は紫、地は緑、火は赤。
各々の精霊の特徴によって戦闘法も異なる。
通常は、六色ごとに体系づけて、初歩から学ぶ。
しかし、訓練生の課せられたのは、体当たりの強行突破。
初めから高い壁を用意して、どんな手段を使ってでもよじ登れ、という無理難題だった。
落第しようがしまいがお構いなし。
とにかく、訓練時間内で万武・六色を掴め。
それが教官連の主眼だった。
サクシードの訓練に立ち合ったのは、ルシェルとパコバという、金髪を刈り上げたスマートな男と、チリチリした髪の黒肌の男だった。
ルシェルが初めに問うたのは一つ。
「ハイ! 君の精霊祝いは何だった?」
意外なことを聞かれて、サクシードは戸惑ってしまったが。とにかく精霊祝い――生誕時に行われる儀式——について思い出し、簡潔に答えた。
「火、です」
ルシェルがパコバに目配せして言った。
「OK! じゃあレクチャーは火……『六色・赤』だ。パコバが繰り出す炎の拳を見極めろ」
「了解!」
サクシードが間合いを三メートルほど取る。
「行くぜ、ボーイ!」
パコバが右手を斜め上にかざして、指を鳴らした。
突然、拳が火を吹いた。
「ファイア・スネーク!!」
炎が鎌首をもたげ、何百という紅蓮の蛇が躍り出た。
サクシードは微動だにせず、フェイクを躱し、鞭のようにしなる蛇の本体を捕らえた。
拳を掴んでパコバと睨み合う。
「OH! 君は有識の位階者かい?」
ルシェルが額に手をやって尋ねた。
「……修法者と一度、手合わせしています」
「なんてこった! サプライズが台無しだぜ」
派手に悔しがるルシェルとは対照的に、パコバはにやりと笑った。
「クレイジーショーの幕開けだぜ。ルシェル、止めるなよ!」
パコバがそう言った次の瞬間に、至近距離に迫る。
繰り出された拳を間一髪受け流す。
「ハッ、そいつは凪拳じゃねぇか。一度の手合わせで体得したかい?」
「……!」
パコバの炎の拳が、サクシードの拳とぶつかった。
カッと衝撃が走る。
気と気のせめぎ合いで、火と風が渦を巻く。
「しょうがねぇなぁ……エア・アーク・シャット!」
ルシェルが直径十メートルに結界を張った。
「ヘイ、ボーイ。反撃はそこまでかい?」
技に限りがあるのを見切られた。
一か八か。
サクシードは反撃のチャンスを待った。
だが、善戦虚しく、容赦ない拳圧でサクシードの肚にボディブローがヒットする。
「ぐっ……」
体を折り曲げるサクシード。
パコバがさらに嬲ろうと、拳を溜めて迫った。
刹那、サクシードは驚くべきことに神足で、パコバの懐に飛び込んだ。
「スパイラル・ローリング!!」
「うぉぉっ!」
パコバは間一髪で、その未完成なアッパーを躱した。が、驚きのあまり尻もちをついた。
呆然とサクシードを見やる。
「みっともねぇ、あんたの負けだぜ、パコバ。ダウンを取られちまった」
「チッ、しゃあねぇだろ? こいつの天性の勘だけは本物なんだからよ」
サクシードも心底驚いていた。
まさに天性の勘が明暗を分けた。
一度手合わせただけの空技を、ここまで真似られるとは。
「負けたぜ、ボーイ。名前は?」
パコバに聞かれて、サクシードは慌てて答えた。
「サクシード・ヴァイタルです」
「そうかい、サクシード。おめぇ、このままいったら、とんでもねぇ高みに辿り着いちまうぜ。ウィミナリスで修法行に行っちゃどうだい。こいつはひょっとすると……」
「おい、パコバ。そいつはトップシークレット。タブーだぜ」
「おっと、そうだった。なんにせよ、大したもんだぜ。おまけに顔までいい。女にゃ気をつけろよ、色事と拳の道は両立しねぇぜ」
「……」
「図星かよ! しゃーねぇなぁ……これだけは言っとくぞ。女は女でも、とびっきりの極上の女にしとけ。間違っても萌えロリやあばずれには手ぇ出すな。吸い取られちまうからな」
「その点は大丈夫です」
「クソッ、天は二物を与えねぇんじゃなかったのか!」
ルシェルが派手にやっかむ。
「いいじゃねぇか、木の芽時は全力で走ってなんぼだぜ。ところでその女ってな、まさかモラル嬢じゃねぇだろうな?」
「——そうです」
パコバはがっくりと項垂れた。
「やっぱりな、そうじゃねぇかと思ったんだ。おめぇの年に近い極上の女っつったら、それしか該当しねぇもんな」
「マジかよ! 絶対、上層部絡んでるだろ」
「ああ、間違いなく共謀だ。それにこの国は『人界の王』のお膝元だ。何でもアリだぜ」
「っか――!」
ルシェルが天井を見上げて、吠えた。




