『打ち解けた会話』
豪勢な食事の後は、腹ごなしに歩きながら駅に向かうことになった。
徒歩で十五分ほどという場所までの道すがら、レンナは会話を弾ませる努力をする。
「今日は天気がよくて本当によかった。昨日までずっと雨が降ってたから。パラティヌスは花の宮廷国だから、雨は恵なんだけども。サクシードは、メーテスは初めて?」
「子どもの頃に何度かこの街に来たことがある」
「私はこの街の出身なの。賑やかでいいところでしょ。何と言っても、パラティヌスの海の玄関だし」
「そうだな、便利で快適だ」
「出身のカンタセルゴ諸島って、どんなところ?」
「この街とは逆だな。不便な無人島だ」
「でも自然がいっぱいなのね」
「ああ」
「パラティヌスは手つかずの自然っていうと、首都近くのポーチュラカ自然公園だけなのよ。後は人の手が入り尽くしてるって感じ」
「だが、主要宮廷国の中では、一番きれいな国だ」
「うん! ——ところで カンタセルゴ諸島って結構ご近所よね。巡行船も通ってるもの」
「船で二時間かかるぞ」
「ご近所よー! セライ国に行くより近いもんね。でもちょっとだけか」
「下宿を中心に考えてるのか?」
「そう、下宿のみんなの出身地が遠くてね。ファイアートは私と同じでメーテス出身だけど、フローラはセライ国の出身で鉄道で六時間。ロデュスはカピトリヌスの東部出身で、船だけで十一時間。ラファルガーなんかクイリナリスの北部出身で、来るのに陸路で三日かかったって」
「へぇ」
ここで一緒に生活することになる、下宿人たちの名前が出てきた。情報を頭に叩き込む。
「ほんと早く宮廷国同士が鉄道で結ばれて、旅行が出来るくらい平和になるといいんだけど。その前にやることがいっぱいあるものね。POAもだけど、環境保護活動とか、エネルギー問題とか、経済格差の解消もそうよね」
「全部同時進行だからな」
「これからの私たちの世代に求められているのは、社会や情報に対するバランス感覚と秀でた分野を持つことよね。立ち止まってもいいから、一歩でも先へ進まなくちゃ、問題は解決できないわ」
「立ち止まってもいい、か……」
熱っぽく語りだしたレンナの言葉に、自分のこれまでを重ねるサクシード。
彼もまた、前進のみでここまで来たわけではない。挫折し、諭され、立ち直り、時には止まることも余儀なくされながら、焦燥感を募らせていた頃を思い出した。
「どうかした?」
レンナが聞くので、「いや」と打ち消した。
「あのね、サクシードがPOAに入るって聞いてから、いろいろ考えていたことが加速している気がするの。形にするには、段取りがいるんだけどね」
「考えてること?」
「とりあえず、今は内緒。ごめん、話を振っておいて言わないなんて。でも、すっごくワクワクしてる。サクシードのおかげね」
サクシードはわけが分からなかったが、どうやら自分がレンナの着想を刺激しているらしいと理解した。
とそこへ、両手を後ろに隠した、背の低い中年の男が近づいてくるのが見えた。
サクシードは慌てず、レンナの一歩前に出て留めた。
男は日焼けした無精髭の顔を綻ばせて、サッと手を差し出した。
その手には花束が。
意表を突かれたサクシードの後ろから、ヒョイとレンナが顔をのぞかせた。
「きれいなお姉ちゃん。あんたにはかわいい赤いチューリップの花束がお似合いだよ」
「えーっ、ありがとう!」
レンナは前に出て、両手で花束を受け取ると、振り返って言った。
「街頭販売の花屋さんよ。お客のイメージに合わせて、花束を作ってくれるの」
「……なんだ」
てっきり、不審者かと思った。
言われてみれば、エプロンをつけている。
「普通は頼んで作るんじゃないのか?」
「だから、おじさん、”モグリ”よね」
「はいよ。でもウチの花は無農薬栽培をしている農家と直取引だから、値段も手頃だよ」
「おいくらですか?」
「800Eで頼むよ」
「うん、まぁまぁかな」
言いながら、レンナは素直にバッグから財布を取り出そうとしている。
「お兄ちゃん、どうだい、恋人にプレゼントしたら?」
小声で花屋に言われて、サクシードは代金を手渡した。
「毎度あり!」
「えっ」
レンナが驚いて顔を上げる。
「お代はもらったよ」
「ダ、ダメよ。私が払うわ」
「いいよ。迎えに来てもらった礼だ」
「そんな……」
困るレンナに、花屋が間を取り持つ。
「もらっときな。こんなかっこいいお兄ちゃんから花束もらうなんて、女っぷりも上がるってもんさ」
「……それじゃ遠慮なく。どうもありがとう!」
花束に顔を埋めながら、頬を赤らめるレンナ。
こうしてよかった、とサクシードは思った。
恋人がいるかもしれない、とも思ったが。