『出逢い』
ローズアルバ号は、定刻より少し遅れて港に入った。
サクシードは船室から甲板に出て、船が港に着くのを見ていた。
港は大型客船だけで二十隻ぐらいは停泊できる大きさで、小型・中型を入れると五百隻は泊っているだろうか。まるで宝石のように、きらめく海面の上に白く輝く。
港街が横に見渡す限り続いていて、倉庫や市場、造船所などがあって壮観だ。
ほぼ中央は主街道だろう。ずっと遠くまで一直線に伸びていて、両側に街並みが左右に階段状に連なっている。
視点を手前に戻すと、埠頭にはたくさんの人が出迎えに来ていた。あの中に下宿の世話人、レンナ・モラルもいるはずだ。
いよいよ船が着岸し、渡された鉄骨の階段に溢れるように人が流れ込んで降りてゆく。
急がず後ろの方で降りてゆき、看板を持った少女を探すが、前の方には見当たらない。かなり混雑していたから奥の方かと目線を移すと、群衆の上の方でクイックイッと揺れる白い物がある。文字は『シンパティーア』と読めた。
(あそこか……!)
頭一つ抜け出たサクシードだから見えたようなものだ。
人混みを縫って、その場所まで行く。
一方のレンナは、スケッチブックに描いた『シンパティーア』の文字看板を持ち上げていた。看板を揺らせば目立つと思って、やってみて五分くらい。それらしき人物が現れないので、入国管理局に行くべきかと思った時、背の高い男性がこちらにやってくるのが見えた。
「あっ」
あの人だ、と当たりをつける。
男性は団体客を迂回して、真っ直ぐレンナに歩み寄った。
レンナは看板を下げ、男性が二、三メートルまで近づいたところで声をかけた。
「サクシード・ヴァイタルさん?」
男性は……近づいてみると、野性的な風貌をしていたが「そうだ」と答えて前まで来た。
臆しもせず右手を差し出し、サクシードと視線を合わせるレンナ。
「初めまして、レンナモラルです。ようこそパラティヌスへ」
サクシードも右手を差し出し、大きな手としなやかな手は、しっかりと握手された。
「サクシード・ヴァイタルです。どうぞよろしく」
その顔つきに似合わない穏やかさだった。
レンナは安心して、飾り気のない笑顔を見せた。
「十七時間の船旅、大変でしたね。疲れたんじゃないですか?」
「いや」
疲れた様子を見せないサクシードに好感を持つ。
スケッチブックをバッグにしまって、改めて話す。
「えっと、同い年で敬語もなんですね。私のことはレンナと呼び捨てにしてください」
「なら俺のことも、サクシードでいい」
「はい」
にこやかに笑うレンナ。口の端を引き上げて、ニヤッと笑うサクシード。
「じゃあサクシード……まずは入国管理局で手続きを済ませて、それからお昼にしましょう。お腹空いたでしょ? 男の人なら肉料理がいいかな。十分くらい歩くけど、美味しいお店を知っているから」
「ああ」
こうして二人は無事に出会うことが出来た。
レンナは、サクシードの見た目に反した穏やかさから、臨時警備士として各地を転々としていたという経歴に納得した。とても落ち着いているし、同年代にありがちな浮つきがまったくない。信頼できる人で良かった、と喜んでいた。
サクシードはレンナを見て、写真の印象通り、活発で賢そうだと思った。それになかなかの美人だ。気さくだし、明るくて楽しそうで、なぜか懐かしい感じがする。赤いパーカーに濃緑のブルゾン、カーキ色のタイトスカートが細身の体によく似合っている。女性に縁のない生活を送ってきた彼には、気の置けない相手なのが一番だった。
お互いによい印象を持って、平凡だが、正当な出会いは締め括られた。