『導き』
「レンナは、POAに入らないのかい?」
「……私がですか?」
意表を突かれて、きょとんとするレンナ。
「資格はあるし、資質的に問題はないし。サクシード君を心配するなら、傍でサポートする方法があると思うんだけど」
「でも、修法者の共通見解があります」
「世界の修復という趣旨にそぐわない、というあれだね。確かに。しかしだからと言って、修法者が必要ないわけじゃない」
「えっ?」
ヤヌアリウスが何を言い出したのかわからなくて、レンナは眉をひそめた。
「POAは対テロ組織として、危険地帯に軍事介入する。マイナスからゼロにする行為だ。一方の修法者は世界の修復が目的で、どこまでもプラスであってゼロになってはならない。一見咬み合ってないようだが、どちらが欠けてもバランスは崩れる。つまり表と裏なんだ。POAがなければ、世界の修復は成り立たないと言っていい。逆に世界を修復する動きがなければ、POAの活動は決してゼロにならない。この二つを結びつけてはならないと言ったのは鳥俯瞰者だ。ならば、修法者ならどうなる?」
「……双方、類似につき双璧と成すべし」
レンナが込み上げる霊感とともに慎重に言葉を練り上げた。
「そういうことだ。POAの活動の裏には、修法者の動きが必要なんだよ」
「……」
正直、レンナは修法者の共通見解に依っていたから、ヤヌアリウスの境地に立ったことはなかった。
確かに表の『万世の秘法』で考えると、POAの活動はかけ離れている。だが、裏から万世の秘法を役立てようとするなら、多くのことが容易になりそうだ。
しかし――。
「双璧になるには、多くの折衝が必要ではないでしょうか」
「そう。だからそれを、君から始めるんだ」
「! 無理です」
レンナは即座に言った。
「そうかな? 確かに君は、修法者の中で、小さな活動しかしていない、と評されている。批判もある。されど修法者だ。『万世の秘法』に携わる、多くの同志が君が立ち上がるのを待っているんだ。その声に耳を塞いでいられる君じゃないだろう」
「実績のない修法者に耳を貸すほど、他の修法者は甘くないと思います」
「愛する者を、その力で守ろうとする者に、背を向ける修法者はいない。君は認識を誤っているよ、レンナ。実績があるに越したことはないが、それは結局過程でしかない。本当に大切なのは、目指すべきところは、世界ぜんたいの幸福だからね」
「はい」
レンナもその考えに異存はなかった。
「何のためにその力を身につけたのか、もう一度考えた方がいいよ。君の力があれば、サクシード君を守れるんだ。彼をゆっくり好きになるといい。そうすれば自ずとわかる」
「ヤヌ様……」
ヤヌアリウスの言葉を心に留める。
だが多くの障害が立ちはだかる内容だった。
今のレンナには受け入れがたかったが、正確な暗示は彼女の瞳を翳らせた。
(サクシードを守る……自分の力で)
そのことばかりが頭にこだますのだった。
キュプリス宮殿正門前——
サクシードはPOAの登録を終え、戻ってきていた。
眼下の眺めの素晴らしさに呆然とする。
白堊の壁と赤い屋根の建物群。広大で複雑なデザインの庭園。湖に浮かぶ離宮と中央に架かる主街道。首都を取り囲むような森林。
遠くレピア湖まで見渡せて、そのまた遠くの集落や田畑の美しさ。
この風景を見ながら、中枢で仕事をすることは、さぞかし誇らしいだろう。今日二度目の爽快感で胸が満たされるのだった。
すると後ろ……正門の中から、走ってくる足音がする。振り返ると、レンナが走ってくるところだった。
「サクシード!」
スピードを上げて走ってくる。速い。
「お、お待たせ。ごめんね、待った?」
「いや、十分くらいだ」
「そう、とにかくごめん。どうだった、登録は?」
「問題なかった。そっちは?」
「私はちょっと近況報告をしただけだったから」
「そうか」
短い、穏やかな言葉。
レンナは気持ちに迷いがあることを、気づかせまい、立ち入らせまいとして、かえって失敗した。次の言葉が出てこない。
サクシードが訝る。
「どうした?」
さっきのヤヌアリウスの話を、消化しないままで来てしまったことを後悔する。
そっと、サクシードの顔を見上げるレンナ。彼は木蔭のようにレンナを庇っていた。思い切って話してみる。
「……あのね、サクシード。聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだ」
「もしも……もしもよ。世界を守るのに、必要な力を持った人々がいて、その人たちの力があればPOAの活動が容易になるとしたら、サクシードはその人たちの力を借りたいと思う?」
サクシードが眉間に皺を寄せる。何を言い出したのか、わからなかったからだ。
「それは、そういう人間がいるという前提で話してるんだよな」
「だから、もしもって……」
「いないのなら、質問に意味がなくなる。いるから、考えてほしいんだろ」
「うん……」
わざとだった。レンナはサクシードに、現実と違う世界を往き来する、自分たちのことを知ってほしかったのだ。そうでなければ、サクシードの世界観を拡げることはできない。
「歩きながらでいいか?」
「あ、うん」
階段を下りながら、サクシードは自分の意見を述べる。
「結論から言うと、組織としては力を借りていいと思う。でも俺個人は干渉されたくない」
「どうして?」
「世界を守る力があるなら、POAの活動を強力に推進できる。だから指導者が直々に交渉すれば、末端にも伝わる。でも、俺がそういう力に対峙したら、俺自身を否定するしかなくなる」
「そんな……サクシードはサクシードじゃない」
レンナが言うと、サクシードは前をじっと見つめて心情を吐露した。
「俺は頂点を目指してるわけじゃない。必要な技能を身につける以外は、かえって心が鈍るからだ。だがな、俺には正義の盾だという自負がある。たとえ、力のある者が代わりに立つことになっても、おいそれと譲るわけにはいかないんだよ」
怒気のこもった声に、レンナは立ち止まった。
サクシードにとって、POAに所属することは、もうこんなにも意義があるのだ。存在すら賭けているのだから、何もかもすべてがPOAになってしまっている。
レンナは途方に暮れた。これでは守られているとわかったら、屈辱としか映らないかもしれない。
「どうした?」
「……」
「レンナが気にすることじゃないだろ」
その一言でカチンときたレンナは、サクシードに詰め寄った。
「気にする!」
「?」
「どうして対峙することしか考えないの? お互いの立場を尊重すれば、諍いなんて起きないはずだよ。理解すれば学ぶこともたくさんあるじゃない。可能性を投げ出すのは、自分を粗末に扱ってる証拠よ」
今度はサクシードがムッとした。声を抑えて、怒りを露にする。
「俺のやり方が、間違ってるって言うのか」
レンナも負けていない。
「違うわよ。ただ、自分のやり方を守るあまり、見逃してしまう大切なことから、目を逸らさないでほしいだけ。そうじゃないと……」
「そうじゃないと、なんだ」
危険だ、と続くはずだった言葉を、レンナは飲み込んだ。口にするのも憚られる言葉だったからだ。
「なんでもないわ。怒ってるから信じてくれないかもしれないけど、私に世界を守る力があったら、わからないようにサクシードを守るわ。あなたを守ることは、私の幸福につながるもの」
真顔でサクシードを見つめて話す。
サクシードはカッと赤くなったが、どうやら怒ったためではないらしかった。顔を背け、階段を降りて行く。
レンナは溜め息をついたが、自分が必殺のストレートパンチを放ったことに、気づいていなかった。
とそこで、サクシードが振り返った。
「おまえが俺を守るというなら……」
「?」
「俺もおまえを、かけがえのない存在として大切にする」
「……サクシード」
感動して、レンナは瞳を潤ませた。
サクシードは頭を掻くと、正面に向き直って、大きな声で言った。
「腹が減ったな、どこかに食いに行こうぜ」
「うん!」
レンナは足取りも軽く駆け下り、サクシードに追いつくのだった。
こうして、サクシードはPOAに登録し、訓練しながら下宿で生活することになった。
ソウルメイトたちとの良き出会いを通して、彼は大きく成長していく。
そして、謎の思想『万世の秘法』に関わるレンナは、どう動くのだろうか。
物語は二人の心を解きながら、続いてゆく。
やがて結ばれる、時を目指して――。




