『レンナと貴人』
キュプリス宮殿北側、貴賓館。
レンナは応接室の豪奢なビロードのソファーに腰かけ、お茶を振舞われていた。
目の前には二人の貴人がいる。
一人は男性で、名前をヤヌアリウス・ウィン・デミウスという。
主要宮廷国の一つ、高原の宮廷国ウィミナリスの統治者だ。二十六歳とまだ若いが辣腕であり、その政治の公明正大さは、国民の全幅の信頼を集めている。
そしてその容姿は、世俗離れした麗人である。絹のように滑らかな、膝まで届く金髪。一つの欠点もない、若き男神の如き顔立ち。象牙の肌、細身の身体。星のような緑の瞳。賛辞は数多あり、高貴さは他国にまで轟く。
また、ウィミナリスは武芸の国でもあるが、ヤヌアリウスの右に出る者はいない、と言われるほどの武芸の達人だ。
完璧という言葉は、彼のためにあると言っても差し支えない。
そのヤヌアリウスの秘書を務めるのが、もう一人の麗人、シルデニア・ステファニー。二十四歳の女性だ。
彼女はウィミナリスに並ぶものなき才媛であり、ヤヌアリウスの政務を完全にサポートしている。
美しい大輪の薔薇のような女性である。栗色の波打つ豊かな髪、艶やかな顔立ち、陶器のような肌、絶妙のプロポーション。星のような青い瞳。
まさにヤヌアリウスと、一対になるべく生まれた、絶世の美女である。羨望は尽きず、嫉妬は虚しい。
そんな二人の麗人に挟まれたレンナは、いかにも普通だが、ウィミナリス留学時代の学友という関係が、この場を作り上げている。もちろん、立場の違いがあるから和気あいあいとはいかないが。
それでも、ヤヌアリウスとシルデニアは楽しそうだった。
「今は下宿の運営をしているんだったね、楽しいかい?」
ヤヌアリウスが、ソファーの背もたれに寄りかかりながら、レンナに聞く。
「はい。仲間も五人に増えて、とても新鮮です」
にっこり笑ってレンナが答える。
「フローラ姫も一緒だって? 面白い下宿だね」
「セライ国の王様が、お優しくて柔軟な方だったので実現したんです」
「うん。フィドゥーチ十五世は寛容な方だよ。いつでも姫の行く末を案じておられるけど、ジュリアス王子と一緒に、離れたところで応援していらっしゃるからね」
「フローラ姫も、優しくて気立てがよくて、王族というのを感じさせないのは、さすがだと思います」
「そうなのかい? あんなに姫君らしい姫なのに。あまり普通になると、王族に戻りたくなくなるんじゃないかな。どう思う? シルデニア」
ヤヌアリウスの左側、一人用ソファーに座っていたシルデニアは静かに言った。
「御心配には及びませんわ。フローラ様はご自身の本分をしっかりわきまえておいでです。下宿での姿は仮の姿。宮中にお出ましになられれば、蛹から蝶が生まれるようにお変わりになられます」
「うん、そうだね。ところで話は変わるけど、ドギュストが今案内してるPOAの新人が、レンナの下宿に入ったんだって?」
「そうです」
「名前は」
「サクシード・ヴァイタルさんです」
「ウィミナリスにいたことがあるだろう。確か一年三カ月くらい前に」
「そこまでは……」
「どうだい、シルデニア」
「はい。確かに2978年聖灯の十二月に、ヌメロッソ村の武道大会で優勝しています」
端末を操って、シルデニアが答えた。
すごい記憶力だった。
「そうだ。予選から15連勝という新聞記事を見たんだよ。一度、手合わせ願いたいと思ってね」
「珍しいですわね、ヤヌアリウス様にそう思わせるなんて」
「本気になれる相手がなかなかいないからね。ともあれ、POAに納まったのなら重畳だ」
「はい」
「……」
サクシードが優れた素質の持ち主なのを知って、レンナの心は揺れた。
優秀であればあるほど、訓練の必要がなくなる。ということは、実戦に向かう時期が早まることになる。サクシードは本分が果たせて喜ぶかもしれないが、もう家族として心配するレンナには、重い現実として立ちはだかる。
「どうしたんだい、レンナ。暗い顔をして」
ヤヌアリウスが気遣う。
「いえ、あの……」
「レンナは心配なのですわ。サクシードさんがすぐに実戦に出てしまうのではないかと……」
察したシルデニアは優しく告げた。
「そういうことか。でも心配はいらないよ。どんなに優秀でも、半年はみっちりPOA流儀を仕込むからね」
半年……ということは、豊穣の十月には訓練が終わる。心に重石を置かれたようにレンナは感じた。




