『対戦』
すでに対戦が終わっている組に近づいた教官が、犯人役に話をつけた。
「新入りっすか、教官」
「おうよ、相手してやれ。手加減すんなよ」
「えっ、いいんすか、新入り相手に」
「体術が見てぇんだよ」
「素人さんじゃないんですか」
「いいから、やれ!」
教官が去っていき、犯人役の訓練生とサクシードが残された。
「よろしくお願いします」
サクシードが頭を下げる。
「おう、手加減しねぇから、そのつもりでな」
「はい!」
間合いを取って、組み合う体勢に入る。
犯人が正面切って向かってきた。サクシードは半身に構えた。
突き出される拳を躱し、裏拳で犯人の拳を外側に流し、同時に顎を掌底で狙う。一歩退いて反撃を躱した犯人が、サクシードが突き出した手首を掴む。犯人は手首を引っ張って肘鉄をくらわせようとする。だがサクシードは踏ん張って体勢を崩さない。逆に左の拳を突き出す。犯人が反射的にサクシードの左手首を掴んで止めた。
それがサクシードの狙いだった。
犯人の体制が崩れたところで手を捻り、もう一方の手で手首を取り、逆手にして……。
ズダーン。
犯人……先輩が、後頭部、右手首を肩に押し付けられ、打ちつけて倒されていた。
「ほう、四方投げか」
「なかなかやりますね」
サラート教官とドギュストが日和見な感想を漏らす。
「おっかしいなぁ。俺の体固めでフィニッシュのはずだったのに……」
先輩は倒されたまま、ぼやいた。
サクシードが手を差し出すと、掴まって身軽に起き上がった。
「っこらせ、ありがとよ。やるじゃないか、名前は?」
「サクシード・ヴァイタルです」
「ふぅん。俺はジャンティ・フリュ。アウェンティヌス出身の二十四歳。よろしくな」
「こちらこそ」
握手を交わしたところで、教官が声を張り上げた。
「よし! 組手はここまで。各自休憩に入れ」
疲れたような声とともに、訓練生たちがマットから引き揚げて行く。
サクシードもドギュストのところに戻ってきて、衣服を調えた。
「お疲れさん」
ドギュストが声をかける。
「どうも」
「やっぱり君は実戦型だね。エスクリヌス辺りで経験を積んだのが効いてるのかな」
「相手はテロリストとは限りませんから」
「そうだね。それにしても見事な四方投げだった。この目にしっかり焼き付けたよ」
「はい……」
そこまで言われる意図を量りかねていると、声がかかった。
「ドギュスト部長、組手やってくれよ」
「え、なんだって?」
振り返ったドギュストが、声のした方を見る。
「いいぞ、やれやれ!」
訓練生から野次が飛ぶ。
「おいおい、僕は実戦向きじゃないんだよ」
「でも執行部の部長なんだろ。どのくらいの腕が必要なのか模範を垂れなきゃ、いつまで経っても成り手がいねぇんじゃねぇの」
「痛いところを突くね」
「なんだやるのか? ケガすんなよ」
教官が承諾したので、ドギュストは仕方なく皮靴を脱いで、マットに上がった。
「だったらこっちも、それなりに対応しなきゃなんねぇよな」
「五人くらいでいくか」
「武器もいるぞ。ソフト棍棒持ってこいや!」
訓練生たちが悪ノリして、ドギュストの相手は五人。内三人は棍棒を持つことになった。
やり過ぎの感があったが、ドギュストがどうやって切り抜けるのか、大いに興味惹かれるところだ。
ついでに赤いハチマキも締めて、ドギュストは「いつでもどうぞ」と言った。
多対一の対戦が始まった。
始め! という教官の合図とともに、五人は散らばってドギュストを取り囲んだ。
でやぁっと、一人がこん棒で後ろから襲いかかる。素早く振り向くと、ドギュストは一撃を躱し、相手の懐に飛び込み、掌底で顎を突き上げ、そのまま腕を掴んで投げ飛ばした。
その隙を逃さず、二人目がドギュストの腕を掴んだ。瞬時に両手で相手の腕を挟み込み、捻りながら締め、逆関節を決める。
三人目が棍棒で襲いかかる。この時、その場にいた全員が、何が起こったかわからなかった。いきなり三人目が宙を一回転して落ちた。うぉぉん、と驚嘆の声が上がる。
ドギュストの手には棍棒が握られていた。棍棒を持つ四人目に突進する。慌てた相手は問題にならなかった。一撃打ち合って、ドギュストに二撃目が相手の腹を打つ。
最後の五人目が策もなく突っ込む。棍棒を放ったドギュストが冷静に相手の腕を取り、鮮やかな一本背負いを決めた。
この間、わずか一分弱。
戦意喪失した五人の中央で、ドギュストがかいてもいない汗を拭った。
「いやぁ、危なかった」
「どこがだよ!」
全員の突っ込みにも平然としながら、ドギュストはハチマキを解いて引き揚げた。
訓練生が数人行って、倒れている者を助け起こし、棍棒を回収する。
「やってくれたな、ドギュスト部長。腕は落ちてねぇじゃねぇか」
サラート教官が声をかけると、ドギュストは困ったように頭を掻いた。
「やっぱりモノになるようなのはいねぇかい?」
「いえ、みんな立派なものですよ」
ドギュストは心から言ったが、それはPOAの組織員として、気概を持つことに対しての賛辞だった。
後ろで聞いていたサクシードは、訓練生同士の団結力を好ましく思い、同時にドギュストの背後に聳える最高峰を見上げていた。




