『執行部部長ドギュスト・グランク』
「僕はドギュスト・グランクという。体面上は一応、執行部部長ってことになってるけど、これが名ばかりでね。人員がまだ一人もいない」
道すがら、ドギュストが話すことに耳を傾けるサクシード。
「今選考してるところなんだけど、どうかな。任務が特殊だから、人材をふるいにかけてしまうんだよ。しまいに誰も残らなくて、選考のやり直しをする羽目になる。これじゃ、いつまで経っても起ち上げられないな」
泣き言としか取れない話を、新入りに聞かせる。
ドギュストは背が高く、百八十センチ以上あるサクシードと、ほぼ肩を並べるくらいだ。
撫でつけた黒髪と、整っているが、どこか芯の抜けたような、とぼけた顔立ち。適度にがっしりした体格をしているが、淡緑の詰襟服をかっちり着こなしているから、鍛えてあるかどうかわからない。エリートっぽくないところが、人物の器量を曖昧にしている。
「というわけで、組織の中で僕が一番暇なんだ。ご静聴ありがとう」
言い終わった時、二人は広いフロアを横切った場所にある、エレベーターの前に着いた。
この先は、名高いパラティヌス統治者ウェンデス・ヌメンが政務をとる執務室。さらにその奥に議事堂が控えている。
エレベーターのドアが開いた。他に乗り込む客はいない。ドギュストが数字パネルをランダムに押した。すると、地下二階を通り越して、さらに地下へとエレベーターは下降した。
二十秒ほど待っただろうか。
止まったエレベーターから出ると、そこは天井まで七十メートルはある洞窟になっている、軍設備を備えた基地だった。
パイオニアオブエイジ本部——。
宮殿や庭園を見ているだけでは、絶対にわからない秘密がここにある。
サクシードは、近代施設の重厚さに圧倒されていた。
「ようこそ、POA本部へ――!」
片手を基地に差し向けて、ドギュストは歓迎の意を表した。
宮殿は、四角に近い多角形をしている。
四方を枠のように建物が取り巻き、中央は中庭になっている。
その中庭をレンナは歩いている。
噴水を巡り、巨木の生えた丘の下を通り、糸杉の歩道を真っすぐ進む。
目指す貴賓館は別称を『白い貴婦人の館』という。一階が柱廊で、二、三階が白壁で統一されていた。華美さを抑えた気品のある建物である。
中央にモニュメントが配置されていて、多くの意味を語る。
世界の主要宮廷国を代表する七賢人の彫像と、それぞれの象徴である、巨石・炎樹・諸島・湖島・高原・農園・花が地図通り配置され、国際協力を表している。頭上を取り巻くのは”連携と団結の綱”。来たるべき世界平和が象徴化されているのだ。
地下には軍事基地を配備する矛盾を抱えて、パラティヌスは平和を謳う。それを知る者にとって、平和とは力(軍事力)なしには成り立たないものだ。
表面は経済が価値を占有していても、資源がなくなり均衡が崩れれば、どうなるかわからない。戦争どころか共倒れの危険を孕み、世界は動く。テロはそのことを警告するかのように、物資・資源も狙う。
宗教が無力化しつつある世の中だ。
一人一人が、どう心を治めるかが鍵になる。
そのためには――
顔を上げ、レンナは貴賓館に入っていく。
まるで答えを知る者のように。
「ここが、トレーニングを積むドームだよ。君の主な訓練場所になる。ちょうど今、護身術の訓練中だからのぞいてみよう」
ドームは青みがかった緑色の外観をしている。巨大な建造物で、小さな競技場ならわけなく収まりそうだ。
サクシードは見上げてから、期待を込めて中に入った。
内部は五十メートルほどの高さの天井に、下は芝生と競技用トラック、運動マットと、多彩な訓練に対応できるようになっている。
護身術の訓練をしていたのは、運動マットがあるエリア。ちょうど手前だった。
大柄な男たちが、Tシャツ・スパッツ姿で吠え、二人一組で組み手をしている。よく見ると片一方が赤いハチマキをしている。おそらく犯人と逮捕者に分かれているのだろう。よく観察して見極める。
ハチマキをしている方がA、していないのがBとする。
BがA目がけて、武器を突き出す動作をする。Aが脇によけ、Bの右手を手刀で叩き、架空の武器を落とす。すかさずAがBの腕を捻り上げる。Bは膝をつき、降参する。
どうやらハチマキ(A)は逮捕する側のようだ。
他の組を見てみる。
Bが後ろから襲いかかる。AがBに羽交い絞めにされる。AがBの締めている腕に手をかけ、ぶら下がって体を委ね、両足を思いっきり振り上げる。Aが着地と同時に、反動でBを投げる。Bの手の甲を掴み、手首の関節を固めて抑え込む。きれいに決まった。とても模範的だ。
他は術が決まるのもあれば、Bが食い下がって手こずるなど、様々だった。
しばらく見ていたが、ドギュストがエリアの外で腕組みしている教官に近づいたので、サクシードも続く。
「どーも、サラート教官」
片手を上げて挨拶すると、小柄だが、がっしりした体格をした無精髭のサラート教官は、短く「おう」と言った。
「だいぶ技も決まるようになりましたね」
ドギュストが鷹揚に言う。
「まだまだ! 同輩に手こずってるようじゃ、実戦では役に立たん」
次にどう来るか読める同輩だから、手強いのではないか、とサクシードは思ったが、どうやら認識が違うらしい。
「相変わらず、訓練に妥協はなしですか」
「的外れなことばっかり言いやがって。ここで気を抜きゃ、命に関わるだろうが。俺の目の黒いうちは、体術でミスするバカなんざ出してたまるか」
熱血な教官は、人一倍訓練生思いだった。
「尊敬します……今日は新しい訓練生を連れてきましたよ。サクシード・ヴァイタル、十七歳です」
「十七歳? エラく若けぇな」
「履歴データ、見てないんですか?」
「んなもん、アテになるかよ。俺はこの目で見たヤツしか信用しねぇんだ。どれ……なかなかいい体格じゃねぇか。面構えもいい。若けぇの、中入ってやってみるか?」
「お願いします!」
勢いよく、頭を下げるサクシード。
ドギュストが慌てる。
「待ってください。今日は登録だけで……」
「かてぇこと言うな。いつでも使い物にならなきゃ、意味ねぇんだよ」
「やれやれ」
ぼやくドギュストを尻目に、サクシードは革ジャンを脱ぎ、Tシャツになって靴を脱ぐとマットに上がった。




