『二日目の朝』
陽だまりの優しい布団の匂いで、サクシードは目を覚ました。
ほの暗い室内に、一瞬戸惑う。
「——!」
(そうか、昨夜パラティヌスの下宿に着いたんだった)
起き上がると、蒼水の三月の寒い空気が肌を刺した。
平机の上に置いた、目覚まし時計を見る。
五時二十四分——日の出まで、一時間半はある。レンナは六時半ごろまで寝てていい、と言っていたが、もう眠れそうもない。
暖房もつけずに着替えて、ベッドを調える。
それから部屋を見渡してみる。
飾り棚にも、クローゼットにも何も置かれていない。ちょっとした書き物ができる平机と、ボクサーバッグの載った背もたれ椅子。
自分の部屋——。
これまで臨時警備士として転々としていた頃は、いつも二段ベッドとコンパクトな洗面台、机と椅子があるだけの共用部屋だった。
プライバシーなど確保できない生活から一変、こんな部屋を持つようになるとは思わなかった。
何もないのに漂う空気は心地よく、新しい生活は無駄を削った彼のライフスタイルを、根本から変えてしまいそうだった。
漠然とした不安を振り払おうと、顔を洗うことに決め、ボクサーバッグからタオルを引っ張り出した。
部屋を出ると、廊下は照明が点いていて明るかったが、窓の外はまだ建物の輪郭が見える程度だった。
残念に思いながら階段を下りた。
すると一階の階段脇の部屋から、レンナが出てきた。
「わっ、びっくりしたぁ」
驚いて見上げるレンナに、サクシードが低い声で挨拶する。
「おはよう」
「おはよう、サクシード。早いよ、よく眠れなかった?」
「いや、十分寝たよ」
「そう、ならいいけど。ああでも、朝から寝起き顔を見られるなんて……」
バツが悪そうに両手で顔を隠すレンナを、サクシードは物珍しく見た。
「ま、仕方ないよね。一緒に住むってこういうことだし。洗面所、お先にどうぞ」
「悪いな」
レンナはリビングに行ってしまい、サクシードは洗面所に行き、冷水で顔をバシャバシャ洗った。
部屋に戻ろうとすると、レンナが玄関の方から歩いてきた。
「あ、待って。リビングにいていいよ。これ、新聞。見ながらのんびりしてて」
「……わかった」
新聞を受け取って、リビングに入る。
明るい室内は、まだ暖房がついたばかりで肌寒かった。
サクシードは昨日も座ったドア側のソファーで新聞を読むことにした。
早速、一面から読む。
「!」
見るなり顔をしかめる。
”エスクリヌスでテロ爆破事故”
見出しと写真に釘付けになる。
記事によると、爆破事故があったのは昨日の午前九時。エスクリヌスのソートレル地区の港湾線路。折悪しく通過した貨物列車を巻き込んで、列車は脱線、大破。貨物列車だったため、乗客はおらず、幸い死者は出なかったが、運転手が腕の骨折と全身打撲で入院した。爆弾は時限式で、明らかに輸送物資を狙ったテロで、中身はパラティヌス製の電子機器だった。復旧には二週間を擁し、大破した列車の撤去や損害は、三億五千万Eの上る……。
エスクリヌスのきな臭さは、遠く離れたパラティヌスにまで届く。決して対岸の火事ではない。改めて、対テロ組織POAに所属することへの緊迫感を感じ取った。
他の記事を読む気になれず、新聞を畳んだ。
少しの間、視線を定めながら何も見ていない時間が経って、ハッと息を吐く。
気持ちを切り替え、立ち上がるとキッチンに行き、ガラス玉の暖簾をくぐった。中ではレンナが朝食の準備をしていた。
「あれ、サクシード。もう新聞読み終わったの」
気づいたレンナが声をかける。
「ああ……何か手伝おうか?」
「ええっ、そんな初日から……」
「もう二日目だぞ」
「あ、そうか。どうしようかな。今日のメニューはね、焼き魚にしらすご飯、味噌汁、いりごまと青菜のお浸しなんだけど……」
「あっさりだな」
「昨夜が重かったからね。足りない?」
「ちょうどいい」
「よかった。うーん、だったら魚焼ける? グリルで」
「わかった、魚は?」
「待ってね、今用意するから」
冷蔵庫に向かうレンナを見ながら、サクシードは、これで気が紛れると思った。




