『ここだけの話』
食べ終わると、フローラとロデュスが皿洗いをし、残りはリビングのソファーに戻った。
レンナは花を生けるため、席を外してしまい、ファイアートが仕切って話す。
「船旅十七時間のうえ、汽車三時間じゃ疲れたろ?」
「いや、いろいろ気を遣ってもらったから大丈夫だ」
「そうかい。まぁ、レンナはその辺り心得てるからね。サクシードはカンタセルゴ諸島の出身だって」
「ああ」
「近いよね。パラティヌスには結構来てたのかい?」
「子どもの頃はな。でもメーテスしか知らない」
「そうか、じゃあガイドがいるな。機会があったら一緒に歩こうぜ」
「わかった」
どこに連れていかれるかわからなかったが、サクシードは了承した。
「自己紹介は全員でするとして、軽く聞いときたい。レンナとフローラ、どっちが好みだい?」
「は……?」
耳を疑うサクシードに、ファイアートは身を乗り出して声を潜めた。
「ここだけの話、美少女の双璧だと思うんだよね。爽やかで活発なレンナ。しとやかで清楚なフローラ。ウチの下宿の自慢」
「……優劣なんかつけてたら、一緒に生活できないぜ」
「固いなぁ、受けた印象でわかるだろ。でも何となく君にはレンナをコーディネイトしたいけど。かわいいだろ、なっ」
サクシードはうんざりしながらも、きっぱり言った。
「俺は恋愛をしにきたんじゃない」
「なんでだい? 恋は自然派生するもので、締め出すものじゃないぜ」
ファイアートが急に哲学めいたのに、少なからず驚くサクシード。
「胸に秘めるっていうのもありだけど。ちなみにラファルガーみたいな、恋愛全否定派もいるけどね」
ラファルガーは視線だけよこして言った。
「うっとおしい」
「これだよ! つまらないよな。何が面白くて生きてるんだか」
無言で反論しないラファルガー。軽薄さが目立ってきたファイアートとは正反対だ。
「おっ、レンナが来た」
ファイアートが言ってすぐ、レンナがリビングに入ってきた。
「何を話していたの?」
レンナがサクシードの座るソファーの後ろに来て、背もたれに両手をかけた。
「男のスタンスについて、話し合ってたのさ」
ファイアートが誤魔化した。
「いきなり濃い話ね。どこから入ればいいの」
「どこからでも」
「じゃあ、サクシードを借りるわ。部屋に案内するから」
「僕も行くよ」
リビングを出ると、右斜めに階段があった。
茶色の古めかしい風合いで、上るとギシッと鳴る。
上り切って、右がレンナの仕事部屋。左がフローラの部屋と書庫。正面がロデュスの部屋で、左奥に廊下が続いている。母屋はL字型をしているので、垂直に部屋が繋がっているのだ。
「ロデュスの部屋の隣が君の部屋さ。突き当たりが僕の部屋だから、よろしく頼むよ」
「さぁ、どうぞ」
レンナが木製のドアを開けて、サクシードを部屋へ招き入れた。
明かりがつけられ、こぢんまりした部屋を見渡す。
白木製のベッドが左にあり、ふかふかしていそうな枕に、緑の葉模様のベッドカバーが掛けてある。その脇には茶色い木の平机と背もたれ椅子。正面には幅二メートルほどの出窓。壁は一面、照りのある木材が横張りに使われていて、右側にはクローゼットと本棚がある。
飾り気のない質素な部屋なのに、どこか温かみがある。
コンクリートの無機質な宿舎住まいだったサクシードにとって、この部屋は訴えるものがあり、申し分なかった。
「どうかな、ちょっと手狭だけど、不便はないと思うの。必要な物は後で増やして……とりあえず絨毯は何種類かあるから」
「十分だ、ありがとう」
「フィート、相談に乗ってあげてよ。私じゃ聞きづらいこともあるだろうから」
「フィート?」
「ああ、ファイアートの略称よ。そう呼んでるのは私だけだけど」
「略称って……。それを言うなら愛称でしょうが。まぁ、いいけど。ところでサクシード。荷物はそのボクサーバックだけかい?」
「ああ」
「やっぱり移動に物があると、動きづらいからだろ」
「そうだ、邪魔になるからな」
「徹底してるなぁ。僕には考えられないよ」
感心するファイアートに、レンナが突っ込む。
「そうよね。フィートの部屋って物だらけで、足の踏み場ないし。店が開けるんじゃない」
「言うねぇ。けど物たちは、いずれ僕に使われるのをじっと待っているんだよ」
「無精なだけじゃないの」
「秘密のお宝もあるんだ。まぁ、お子様には刺激が強すぎるけど。サクシードなら大丈夫だな。見るかい?」
「ちょっと、何考えてるのよ!」
レンナがやいやい言い、ファイアートがへらへら躱す。
「……仲がいいんだな」
ピタッと言い合いが止み、サクシードを見て、それから二人して顔を見合わす。次の瞬間どっと笑いが起こった。
「そうじゃないの。私たち、はとこ同士なのよ」
「はとこ?」
「うんうん。何だよレンナ、説明してないわけ?」
「だって先入観を持って出会ってほしくなかったんだもん」
「それを話さないで何を話すんだよ。よく持ったな、汽車の三時間」
「……睡眠と読書よ」
「嘘だろ、色気ないなー。せっかくのシチュエーションを何だと思ってるんだよ」
「バカみたい! そんな下心で下宿の世話人が務まるわけないでしょ」
「これじゃ伏線張った僕の配慮が台無しじゃないか。あとは自分で何とかしろよ、得意の力技で」
「なに、わけのわかんないこと言ってんの⁈」
しまいに怒り出す二人を見て、サクシードは、はとこということを差し引いても仲がいいと思うのだった。
「とにかく! 今はサクシードの部屋のことよ」
「そうだった」
脱線していた話が、ようやく元に戻った。
「ここはサクシードの部屋よ。望む限り、いつまでもね。だから自由に好きなように飾って、サクシードが寛げる部屋を作ってほしいわ」
「自分の家だと思ってさ、気楽にすればいいんだよ」
ファイアートの口添えに、レンナも頷く。
「そんな感じ。ここが家なら、私たちは家族ね」
「家族、か……」
サクシードが呟く。
肉親が姉しかいない彼にとって、ずいぶん縁遠くなっていた言葉だ。
ずっと一人きりだった生活が終わることに戸惑う。色褪せたボクサーバッグが、新しい部屋で見るといっそう武骨に見える。
……変わらなくてはいけないだろうか。
すると、レンナがすぐ傍に来て言った。
「焦らなくていいの、ゆっくり慣れてくれれば。サクシードはPOAに専念しなくちゃいけないんだもの。私たち、そうできるように喜んで協力するから」
「……ありがとう」
端々に気遣ってくれるレンナに、サクシードは感謝した。
「先、行ってるよー!」
ファイアートがドアの向こうで、手だけひらひらさせて行ってしまった。
「じゃあ、リビングに戻りましょうか」
「ああ」




