『怒りの矛先』
ようやくファイアートの怒りが収まり、母屋で夕食前にティータイムと相成った。
フローラがやはり給仕をしている。手伝いはロデュス。
全員に紅茶が配られた。
「今日の紅茶は、春摘みファーストフラッシュですわ。ストレートで召し上がれ」
「お、やったぁ!」
上機嫌で紅茶を啜り、口の中で転がすファイアート。
「うん、この鼻に抜ける香り。淡白でクセのない味。やっぱり春摘みはこうでなくちゃね」
薀蓄を並べるところも、変わってない。
二十四歳になっていたが、Vネックの黒セーターに、李色のカーゴパンツと、一応大人びては見えた。
「僕も足掛け三年くらいフローラに習ってるんですけどねぇ。やっぱり君みたいには淹れられないんだよね」
ロデュスは少し背が伸びたようだった。それと肩幅が広くなった。灰みがかった薄青色のシャツと、複雑な毛糸のベストに、グレーのズボン。服で個性を主張しているところの変わっていない。
「もう少しですわ、ロデュス。あとは茶葉のクセを読み切るだけ」
フローラはしっとりした美しさが増しているようだった。春先の芽生えたばかりの綺麗な若葉色のワンピースに、生成りのカーディガンを合わせていた。
「すっかり本物の味が身について、外で頼めなくなった」
ラファルガーが珍しくぼやく。彼の美貌は、もう魔性と言ってよかった。アイスグリーンのシャツに、藍のジャケット、緑みがかった辛子のような色のスラックスが決まっている。
「そうね……そのうち、店でも構えましょうか?」
レンナは言ったが、どこか軽く流した感じがした。水色のワンピースは春らしく、襟や裾がフェミニンなデザインだった。
「やっぱりおいしいな……」
サクシードは久々に味わう本物の醸し出すハーモニーに、そう感想を漏らした。
さすがだな、とフローラを見やった。
その一瞬だった。
「!」
フローラが柳眉をしかめて彼を睨んでいた。
それもほんのひととき。優美に笑んで言った。
「お気に召して、良かったですわ」
「……」
たぶん、フローラにもレンナについて、言いたいことがあるのだろうと察した。
彼女ならそう遠くない時分に教えてくれるだろう。
ファイアートが早速、サクシードをやり込めにかかって、うやむやになる。
「誰かさんが連絡手段を断って、自分を通すから、レンナが張り合いなくして大人しくなっちゃって。扱いづらいのなんのって。そんで、帰ってきたらいいとこ全部かっさらうんだからね。やってらんないよ!」
「その通りだな」
さらっと受け流すサクシード。
「でも、その割にはどこもケガしてないね?」
「ケガ?」
「お手入れ抜群の爪でひっかくくらいのことは、してやったんだろうね、レンナ?」
「そんな情のないことなんかしないわよ」
「ほぉーっ、言ったね。フローラちゃんと練りに練って磨き上げた女振りでサクシードを陥落させた、ということでよろしいので?」
「内緒」
「チッ!」
舌打ちするファイアート。切り口を変える。
「ほらね、全然突っかかってこないんだから。こんな女に誰がした?」
「嘆いているにしては、満足そうじゃないか」
サクシードの指摘に、フン、と鼻を鳴らすファイアート。
「見なさいよ、この美女っぷり。ぐうの音も出なかったでしょうが!」
「綺麗になったって、言ってもらえたわよ」
小出しにするレンナ。ファイアートが色めき立つ。
「おのれ、どの口が言うか! たった一年傍にいただけで何もかも、ものにしやがって!」
「品がない」
ラファルガーがボソッと言う。
「君だってかわいい妹を色男に獲られたら、文句の一つでも言ってやるだろ⁈」
「面倒がなくて、せいせいするな」
「この唐変木に聞いたのが間違いだった。とにかくだな、大事なはとこをどさくさに紛れて誰かさんにくっつけてやったら、口約束だけでぜーんぶ持ってかれたんだ。僕の恨みは地の底から這い上る亡者の如きだぞ」
「口約束は酷いな」
「じゃあ、何だってのさ」
「ノーコメントだ」
「ケッ、今に炙り出してやるぜ」
「悪趣味なんだからなぁ、もう」
やり取りに辟易して、ロデュスが溜め息をつく。
「ファイアートの手紙には、楽しませてもらったよ」
「褒めてもなんにも出ないぞ」
「まるでサスペンス小説のようだった」
「んなもん読まないくせに」
「実際に祟られてるんじゃないか、と思うくらいだった。身の毛もよだつ迫力でな」
「へぇ、医大生から鞍替えするのかしら」
レンナに聞かせてやるサクシードを、ビシッと指差すファイアート。
「こら、そこ! 二人だけでまとまってるんじゃない」
「結局、ファイアートはどうしたいんだ?」
呆れたようにサクシードに聞かれて、ファイアートはにんまりした。
「僕にだけの情報開示。そして僕の劇作のキャストになること!」
「俺が役者に?」
「観客はこのメンバーだけにしとくからさ。まぁ……あと不特定多数」
「わかった、大根でもよければやるよ」
「そうこなくっちゃ! くっくっく、いよいよ大詰め……」
言って、リビングを出て行こうとするファイアートを、レンナが止めた。
「すぐお夕飯よ?」
「そうそう、豪華版でよろしく。レ・ン・ナちゃん」
ぞっとするレンナ。
「気味が悪いわね……」
「口ではああ言ってるが、あいつには他意がない。それで五年の埋め合わせができるんなら、喜んでやるさ」
「サクシード……」
「わぁ……」
二人の息を呑むような美々しい雰囲気に、ロデュスが感嘆する。
「ロデュス?」
サクシードに呼ばれて、ハッとするロデュス。
「あ、すみません。こう言っては何ですけど、ファイアートさんの気持ち、わかるなぁって」
「えっ?」
「い、いえ、何でも。気にしないでください」
いつか二人をモデルに絵を描きたいと思うロデュスだった。
「レンナさん、そろそろお夕飯の準備をしましょうか?」
「そうね。じゃあサクシード、ゆっくり寛いで」
レンナとフローラは台所に立った。
サクシードはロデュスとラファルガーに、五年の不在を詫びたのだった。




