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パイオニアオブエイジ  作者: どん
第三部
102/202

『怒りの矛先』

 ようやくファイアートの怒りが収まり、母屋で夕食前にティータイムと相成った。

 フローラがやはり給仕をしている。手伝いはロデュス。

 全員に紅茶が配られた。

「今日の紅茶は、春摘みファーストフラッシュですわ。ストレートで召し上がれ」

「お、やったぁ!」

 上機嫌で紅茶を啜り、口の中で転がすファイアート。

「うん、この鼻に抜ける香り。淡白でクセのない味。やっぱり春摘みはこうでなくちゃね」

 薀蓄を並べるところも、変わってない。

 二十四歳になっていたが、Vネックの黒セーターに、李色のカーゴパンツと、一応大人びては見えた。

「僕も足掛け三年くらいフローラに習ってるんですけどねぇ。やっぱり君みたいには淹れられないんだよね」

 ロデュスは少し背が伸びたようだった。それと肩幅が広くなった。灰みがかった薄青色のシャツと、複雑な毛糸のベストに、グレーのズボン。服で個性を主張しているところの変わっていない。

「もう少しですわ、ロデュス。あとは茶葉のクセを読み切るだけ」

 フローラはしっとりした美しさが増しているようだった。春先の芽生えたばかりの綺麗な若葉色のワンピースに、生成りのカーディガンを合わせていた。

「すっかり本物の味が身について、外で頼めなくなった」

 ラファルガーが珍しくぼやく。彼の美貌は、もう魔性と言ってよかった。アイスグリーンのシャツに、藍のジャケット、緑みがかった辛子のような色のスラックスが決まっている。

「そうね……そのうち、店でも構えましょうか?」

 レンナは言ったが、どこか軽く流した感じがした。水色のワンピースは春らしく、襟や裾がフェミニンなデザインだった。

「やっぱりおいしいな……」

 サクシードは久々に味わう本物の醸し出すハーモニーに、そう感想を漏らした。

 さすがだな、とフローラを見やった。

 その一瞬だった。

「!」

 フローラが柳眉をしかめて彼を睨んでいた。

 それもほんのひととき。優美に笑んで言った。

「お気に召して、良かったですわ」  

「……」

 たぶん、フローラにもレンナについて、言いたいことがあるのだろうと察した。

 彼女ならそう遠くない時分に教えてくれるだろう。

 ファイアートが早速、サクシードをやり込めにかかって、うやむやになる。

「誰かさんが連絡手段を断って、自分を通すから、レンナが張り合いなくして大人しくなっちゃって。扱いづらいのなんのって。そんで、帰ってきたらいいとこ全部かっさらうんだからね。やってらんないよ!」

「その通りだな」

 さらっと受け流すサクシード。

「でも、その割にはどこもケガしてないね?」

「ケガ?」

「お手入れ抜群の爪でひっかくくらいのことは、してやったんだろうね、レンナ?」

「そんな情のないことなんかしないわよ」

「ほぉーっ、言ったね。フローラちゃんと練りに練って磨き上げた女振りでサクシードを陥落させた、ということでよろしいので?」

「内緒」

「チッ!」

 舌打ちするファイアート。切り口を変える。

「ほらね、全然突っかかってこないんだから。こんな女に誰がした?」

「嘆いているにしては、満足そうじゃないか」

 サクシードの指摘に、フン、と鼻を鳴らすファイアート。

「見なさいよ、この美女っぷり。ぐうの音も出なかったでしょうが!」

「綺麗になったって、言ってもらえたわよ」

 小出しにするレンナ。ファイアートが色めき立つ。

「おのれ、どの口が言うか! たった一年傍にいただけで何もかも、ものにしやがって!」

「品がない」

 ラファルガーがボソッと言う。

「君だってかわいい妹を色男に獲られたら、文句の一つでも言ってやるだろ⁈」

「面倒がなくて、せいせいするな」

「この唐変木に聞いたのが間違いだった。とにかくだな、大事なはとこをどさくさに紛れて誰かさんにくっつけてやったら、口約束だけでぜーんぶ持ってかれたんだ。僕の恨みは地の底から這い上る亡者の如きだぞ」

「口約束は酷いな」

「じゃあ、何だってのさ」

「ノーコメントだ」

「ケッ、今に炙り出してやるぜ」

「悪趣味なんだからなぁ、もう」

 やり取りに辟易して、ロデュスが溜め息をつく。

「ファイアートの手紙には、楽しませてもらったよ」

「褒めてもなんにも出ないぞ」

「まるでサスペンス小説のようだった」

「んなもん読まないくせに」

「実際に祟られてるんじゃないか、と思うくらいだった。身の毛もよだつ迫力でな」

「へぇ、医大生から鞍替えするのかしら」

 レンナに聞かせてやるサクシードを、ビシッと指差すファイアート。

「こら、そこ! 二人だけでまとまってるんじゃない」

「結局、ファイアートはどうしたいんだ?」

 呆れたようにサクシードに聞かれて、ファイアートはにんまりした。

「僕にだけの情報開示。そして僕の劇作のキャストになること!」

「俺が役者に?」

「観客はこのメンバーだけにしとくからさ。まぁ……あと不特定多数」

「わかった、大根でもよければやるよ」

「そうこなくっちゃ! くっくっく、いよいよ大詰め……」

 言って、リビングを出て行こうとするファイアートを、レンナが止めた。

「すぐお夕飯よ?」

「そうそう、豪華版でよろしく。レ・ン・ナちゃん」 

 ぞっとするレンナ。

「気味が悪いわね……」

「口ではああ言ってるが、あいつには他意がない。それで五年の埋め合わせができるんなら、喜んでやるさ」

「サクシード……」

「わぁ……」

 二人の息を呑むような美々しい雰囲気に、ロデュスが感嘆する。

「ロデュス?」

 サクシードに呼ばれて、ハッとするロデュス。

「あ、すみません。こう言っては何ですけど、ファイアートさんの気持ち、わかるなぁって」

「えっ?」

「い、いえ、何でも。気にしないでください」

 いつか二人をモデルに絵を描きたいと思うロデュスだった。

「レンナさん、そろそろお夕飯の準備をしましょうか?」

「そうね。じゃあサクシード、ゆっくり寛いで」  

 レンナとフローラは台所に立った。

 サクシードはロデュスとラファルガーに、五年の不在を詫びたのだった。

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