『レクチャーの行方』
「それであなたは、本当に納得したの?」
レンナに改めて聞かれて、サクシードはためらいを捨てた。
「……ああ!」
「よかった。これで私も暫定リーダー解任ね」
「君が執行部のリーダーを?」
「あなたが帰ってくるまでね。みんな手ぐすね引いて待ってるわ。POAのことは訓練科のことしか知らないでしょ」
「そうだな……」
「他にも、陸・海軍や情報部、監査局。企画課や人事課といった13の課があるの。執行部はどの部課にも関連があるのよ。五年の間、私たちは仕事の合間を縫って、関係を深めてきたわ。あなたの当面の仕事はそのことになるはずよ」
「参ったな……」
「えっ?」
「進路について考えていたことがふいになるな」
「そうね、あなたともあろう者が、進路も見定めずに帰ってこないわね。——どうするつもりだったの?」
「……警察官になろうと思ってたんだ。もちろん、パラティヌスで。POAにいても戦地に派兵されるだけだから、除籍しようと」
「上層部にそれを話していたら、悲嘆されていたわね。……警察官になることは反対されないと思うけど?」
「君はどう思う?」
「あなたが傍にいてくれるなら、こんな嬉しいことはないわ」
「——そう言ってくれるか!」
別れの涙をこらえてくれた人。その気持ちは寸分も違わなかった。
ならば喩え新たな任務が待っていようとも、まったく問題はない。
「うまく折り合いをつければ大丈夫よ。みんなも仕事を掛け持ちしながら二足の草鞋だし、問題ないと思うわ」
「一つだけ、ある」
「何?」
「『万武・六色』が赤のみで止まってる。俺が執行部のリーダーになるということは、実戦があることも覚悟しなければならない、ということだ。赤のみの即席戦闘員のままで務まるかな?」
「私が指導するのはダメなの?」
「また君が?」
「不満そうね」
「——わかってほしいな。守りたい女性に拳は向けられないよ」
「!」
ドキッとするレンナ。そしてやや呆れたように言う。
「……相変わらず、臆面もなく言ってのけるのね」
「いつまでも君にイニシアチブを取られたままだと思わないでくれ。……もう君には負けないよ」
「勝負しましょうか?」
「都合が悪いんだろ」
「!」
畳みこまれた。サクシードはそのことについて、譲歩する気はなさそうだった。
「都合がよくても、もうごめんだ。それに――ドギュスト部長に掛け合えば、他の人を紹介してもらえると思う」
「あの……」
「うん?」
「ヤヌアリウス長官が、サクシードを待ってるわ」
「——それを早く言えよ」
がくっと項垂れるサクシード。
すぐ気づくべきだった。武人のヤヌアリウス長官らが、レンナに戦い方を指導される自分の複雑さを、理解しないわけがないと。
「俺をからかうのが楽しいですか、お嬢様?」
「急にシリアスになるんだもの……おかしくて」
口を手で押さえるレンナ。
「少しは調子を取り戻したか?」
「そのうちにね。……もうあの頃のサクシードじゃないのね」
五年前のサクシードを重ね合わせていたのは、レンナも同じだった。
「……男は上を向く生き物だ。同じ処に留まってはいないさ」
「女だって、下を向いて歩いているわけじゃないわ。みんな同じよ」
レンナがスッと席を立ったと思うと、サクシードの左隣に座り直した。その一段と逞しくなった腕に、右手をそっと絡めた。
「レンナ……」
「温かい……」
寄りかかって呟く。今度こそ髪のオレンジの香りがした。
「逢いたかった」
「……俺もだ」
「嘘つき」
「……君にもストイックを強いて悪かったな」
「そんなの! 待つついでみたいなものよ」
「強いんだな」
「あなたもね」
「——俺にここで暴挙に出ろと?」
「今なら誰も見てないわ」
「なるほど、確かに」
サクシードはレンナの耳脇の髪に指を絡めた。
右手でそっと白い顎を持ち上げる。
自分を映した翡翠の瞳がそっと閉じられる。
「……光栄だ」
優しく口づけた。
そして気持ちのままに、五年の思いの丈を唇に託したのだった。
その頃、ウェンデス統治者は、無事再会した恋人たちの逢瀬を見守って、静かに水晶に紫の布をかけた。
「離れていた時間は、問題ではないようじゃな」
例によって、その場に詰めていたヤヌアリウスらと話し合う。
「必要な話は、レンナがほとんどしてしまった。サクシードのことだ、明日にでも本部に顔を出すじゃろう」
「腕が鳴りますよ」
そう言ったのは、ヤヌアリウスPOA長官だった。その麗人ぶりは健在だ。
「世界各地に散った、当時の訓練生も、希望者はみんな帰ってきました。ほとんどの者は戦闘力の向上が目的のようですが」
ドギュスト執行部部長が資料を見て言った。
「うむ、みな万武・一色のみの即席戦闘員じゃからな。先輩に揉まれ、現場に立ち会う中で、思うことがあったのじゃろう」
「彼らのお世話もするつもりですか? あなた」
五年の間に、ヤヌアリウスと結婚した秘書のシルデニアが尋ねた。
「もちろんだよ。彼らの気概を肌で感じたいからね」
「何度も言うようですが、くれぐれも彼らの矜持を叩き折るようなことは――」
ドギュストに言われて、ヤヌアリウスは肩を竦めた。
「——自重するよ」
五年前、万世の秘法を知らない無辜の訓練生を、恐るべき戦闘力で薙ぎ倒したのは記憶に新しい。
「執行部の結団式は予定通り、繁緑の四月天察の一日に執り行う。おさおさ準備を怠ることがないようにな」
「承知しました」
三人は華麗に礼を返した。




