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はながこのまま、意気消沈して大人しくなってくれれば、1番良い。
だが、その保証が無い。
「あの、僕なら大丈夫ですよ」
あきとは、小さく手を挙げながら、答えた。
「前みたいに、適当にあしらいますし……僕の肩書きが目当てだったんなら、もう、付きまとってこないかもしれないですし」
「ーーいやーー」
楽観的に答えるあきとに、けいじは再度首を横に振った。
「彼女の目が、危険な気がするんだ」
けいじは、はなの、異様な執着を、歪んだ感情を乗せた目を、思い浮かべた。
「少なくとも、あきと君は、1人にならない方が良い」
「わ、分かりました」
けいじの真剣な趣に、あきとも改まって頷いた。
「ーっぅ」
「けいじさん…!顔色が悪いです。もう、一旦休ましょう」
ふらつきを起こすけいじの体を、あかりが支えた。
「あ…ああ…」
明らかに様子がおかしく、あかりは体を支えたまま、寝室まで彼を運ぼうと足を進める。
「も…嫌…」
その時、ポツリと聞こえた声の方を向くと、はながいつの間にか立っていた。
「はな…?」
俯いたまま。
表情は伺えない。
ゆっくりゆっくりと、あきとの方に向かうはな。
「!駄目だ!逃げーー」
けいじが言い終わる前に、はなは、あきとに向かい、突撃した。
はなの手にはーーー包丁が握られていた。
グッッサッッッ!!!
鈍い音。
ポタポタと、赤い血が、床を濡らす。
「嫌ぁぁああ!!!」
あかりは、思わず悲鳴を上げた。
「いってぇ…このくそ女っっ!!」
「ーーー濱田さん…!」
濱田の腹部からの大量の血が、足をつたい、包丁をつたい、地面を濡らす。
「っ!何でーー何であんたが!!!」
彼を庇うようにあきとの前に立つ濱田。
はなは濱田を強く睨みつけると、刺した包丁をグリグリとねじり込んだ。
「ぐっっあっっ、、!」
痛みで悶絶する表情。
「どうしてーー僕を庇ったんですか?」
あきとは驚いたように目を丸くした。
道中、一緒に行動を共にしたが、特別親しくなった覚えも無い。
それは、どちらかと言うと濱田の方が、親しくするのを拒んでいたようにも見えていた。
だからこそ、庇われた事に、驚いた。
「はぁ?んなもん、今どうでもいいから、さっさと逃げーー」
「教えて下さい」
あきとは濱田の背に触れながら、尋ねた。
「……どうせ、この密室で、最後まで逃げれませんよ。向き合うしかないんです」
もう森は夜。
外に逃げる事は出来ないし、昼間でも、この家から離れる事は、死を意味する。
「教えて下さい」
「……」
はなの手を必死で抑え、あきとに向かわないようにしている中、意識が遠のく中で、濱田は、言葉を吐き出した。
「もし……ここから、出れたら……村に、行く事が出来たらよ」
消え入りそうな声。
「俺のお袋……診てやってくれよ、先生ーー」
俺は短気で、すぐ手も口も出て、喧嘩ばっかりして、お袋に迷惑かけたーー。
『本当にすみません!うちの馬鹿息子がー!』
何度も何度も、俺の事で頭を下げるお袋。
情けねえ。
なんで人様に簡単に頭下げてんだ、馬鹿じゃねーの。
そんな、冷めた事を思っていた俺は、16になってすぐ村を出た。
でも不思議なもんで。
最初は自由を謳歌して、相変わらず馬鹿な事ばっかりやって、ヘマして、警察に捕まって、拘置所で1人でいたら、ふと、懐かしくなった。
俺がどんだけ馬鹿な事しても、俺の為に頭を下げてたお袋の姿が、頭を過ぎった。
「俺は…褒められた人生…送ってねぇけどーー」
涙で、視界が霞む。
「お袋は……何も……悪くねぇから」
病気になったと、同郷の奴から聞いた。
馬鹿だよな。
会いに行った所で、こんな厄介者がいなくなって、清々してるだろーに、何しに来たんだって思われるのが関の山なのにーー。
「頼むよ…」
「…………」
濱田のか細くなっていく声に、あきとは瞬きもせず、聞き入る。
「ーはい。約束します」
そして、俯き、濱田の、自分を守って立つ彼の背中にそっと触れながら、答えた。
「必ず、診察します。絶対に、殺しません」
「…ああ…」
あきとの言葉を聞き、安堵した濱田は、そのまま、涙が頬をつたい、瞼を閉じた。
「あ…あ…!濱田…さん!」
「濱田…君…!」
あかりは、けいじを支えながら、その場で起きた光景が信じられず、涙し、けいじもまた、苦痛の表情を浮かべた。
「もう…!何なのよ、こいつ!いつもいつも!はなの邪魔して!」
力の抜けた濱田の腹部から、包丁を抜き出すと、濱田の体はその場に力無く倒れた。
包丁には、赤い血液がべったりと付いている。
「さぁ、次は、あんたの番よ」
はなは、包丁をあきとに向けた。
「許さないんだから。はなを騙した罪は重いのよ」
その目は、最早狂気に満ちていた。
俯いたままのあきとの表情は、見えない。
「ーーはなはーー」
1歩1歩、自分を殺す為に歩み寄る、はなに、あきとは俯いたまま、小さく、口を開く。
そしてーーー
「本当に、最高に面白いよ」
俯いた顔を上げたあきとの顔はーーー笑っていた。




