12
「藤さんが…!ロープを離してーー!!」
「なっ!」
ばっと後ろを確認するが、藤の姿は、この濃い霧の飲み込まれように消え、見えない。
「っぅ」
藤が残した髪飾りを手に、あかりは膝をつき、涙を流した。
不思議な事に、深く濃い霧は、その一瞬を過ぎると晴れ、跡形もなく消えた。
藤の姿とともにーーー。
「……」
静寂が辺りを包む。
また1人、いなくなってしまった。
「あかりちゃん…」
けいじが心配そうに背中に触れる。
あかりは、ぐいっと涙を手で拭ると、立ち上がった。
「…行け…ます」
小さく、そう答える。
けいじは、自分達が生き残る為に、心を押し殺して、非情ともとれる言葉を率先して吐いてくれているのが、分かる。
だから、あかりはこれ以上、彼にその言葉を発して欲しく無くて、前を向いた。
「……ああ……」
本当は、杉を、藤を、捜したい。
それが本心だろう。
ただ、自分達ですら、この森の中、どこに向かうのが正解なのか分からない状況では、探すのは難しい。
出来るのは、奇跡的にでも、また出会える事を祈る事だけ。
暗い雰囲気のまま、4人は歩き続けた。
一定歩き、日が暮れる前に休める場所を見つけ、火を灯し、食事し、睡眠をとる。
何日が経過しただろうーー。
雨で貯めた水も、遂に底をつきた。
「…くそ…どこかになんかねぇのかよ…」
大切に大切に飲んでいた水。
最後に飲んだのは昨晩の夜で、喉の渇きは明らか。
「もう…歩けないわよ…」
はなは、その場に座り込んだ。
「大丈夫か?俺がおんぶするよ」
こういったやり取りも、何回になるか。
途中で、はながへばり、けいじが抱っこする。
当初はなを抱っこしていたあきとは、彼女に冷たく接し続けており、名乗り出なくなった為、けいじがはなを抱っこする事になっていた。
当初、そんなはなに、「てめぇいい加減にしろや!」と怒鳴っていた濱田は、都度けいじに「大丈夫だから」と制され、文句は言わなくなったが、舌打ちし、睨み付ける事だけは止めなかった。
「何よ、きもい!睨まないでよね!」
はなはけいじにおんぶされながら、濱田に怒鳴った。
「あぁ?!」
「何よ!私は女の子なの!可愛くて美人だし、甘やかされて当然ーー」
「はなちゃんーー」
「止めなよ、はな」
喧嘩になりそうな2人に、けいじが苦言をていそうとした時、先に、あきとが口を開いた。
「君のその、甘えた態度が反感を買ってるの分からない?全然反省してないね」
「!酷いーーたぁ君っ!」
あきとがはなを一喝して以降、彼女を無視し続けていたあきとが、久しぶりに言葉をかけたが、それは、軽蔑も含まれた、拒絶だった。
「濱田さん、行きましょう。相手にするだけ無駄ですよ」
「お、おお」
普段温厚なあきとの勢いに呑まれ、濱田は促されるまま、彼と一緒に進んだ。
「何で…何でよーー!たぁ君!!」
ギリッと、歯を噛み締めながら涙を流すはな。
そんなはなの涙を見ても、あかりは何も感じなかった。
自分は人格者じゃない。
はなの性で乱れている事が、多々あるのは事実で、濱田が怒るのも無理は無い。
それにーーー彼女がいなければ、杉も、藤も、生きて一緒にいたかもしれない。そう、思わずにはいられなかった。
(置いていけばいいのにーー)
そう、思った。
「あかりちゃん?大丈夫かい?」
けいじの呼び掛けに、はっとした。
「…大丈夫…です」
あかりは目を合わさず、小さく、そう答えた。
それからまだ暫く歩いた後、何かが見え、全員が声を上げた。
「あれ何?」
「…こんな所に…家…?」
それは、悪魔の森に建つ
1軒の場違いな木造の《家》ーー。
「誰かいんのか?!」
自然と、歩くスピードが速まる。
近付いていくその途中には、幾つか、家のような建物が、散らばって立っていた。
「ボロボロですね」
住宅は屋根が剥がれていたり、壁が壊れていたり、人が住んでいる気配は無い。
「…着いた…」
初めに見つけた木造の家の前まで着くと、その家だけは、多少壊れている箇所はあるが、家の形を保っていた。
「おい!井戸があるぜ!」
汲み上げると、桶の中には澄んだ水が入っており、我慢出来ず、濱田がぐいっと飲み込んだ。
「川も近くにありますね」
あきとは、家の横を流れる、魚も泳いでいるような綺麗な川を見て、笑顔を浮かべる。
「誰かいませんかーー?!」
けいじは家の中に向かって、大きな声を出したが、暫く待っても返答は無かった。
「…昔この場所は、小さな集落だったのかもしれないな」
けいじは、周りを見渡しながら、そう言った。
幾つかの建物に、井戸に、近くを流れる川。
この場所なら、生活出来るし、していた痕跡がある。
水や川に喜ぶ3人を置いて、けいじとあかりは、縁側から家の中に入った。
埃が積み上げられ、蜘蛛の巣があちらこちらに張る。
やはり人の気配は無い。
「これ…台所?」
昔の、岩で作られた釜や、井戸から水を引っ張っているのか、蛇口を捻れば、水が出た。
居間には囲炉裏もあり、けいじは早速、持ち運んでいた木をくべ、火を付け始めた。
「あかりちゃん、疲れてるだろう?少し寝たら?水とか、俺が汲んでくるよ」
火をつけながら、けいじはあかりの体を気遣った。
「…でも…」
疲れているのは自分一人では無い。
「いいからいいから。あかりちゃんは最後まで頑張って歩いたんだし、大丈夫」