Genesis2 マイフレンド 前編「終争」
前回のあらすじ
二人は再び出会った
あれから3日。教室は変わらない空気で包まれていた。
現在クラスは4つの勢力に分かれている。
一つ目は、紫恋否定過激派。
簡単に言えば極端に紫恋を嫌っているグループだ。現在最も規模が大きい。
この勢力のリーダー的存在はクラス委員長青山夕夏。この女子生徒はクラス全体の雰囲気を崩す紫恋をよく思っていないらしい。直接紫恋に対し嫌がらせなどはしないが、裏で悪口を言っている生徒が多い。
二つ目は、紫恋否定穏健派。
最初に挙げた過激派に比べると紫恋に対する直接的な陰口は無いものの、グループ全体でなんとなく紫恋を気に入らないような雰囲気を出している。この勢力のリーダー的存在はクラス委員長赤坂幸樹。この男子生徒自身は紫恋のことをあまり悪く思っていないものの、リーダシップがあり顔も性格も良い人気者ということでいつのまにかリーダーにされていた。
三つ目は、紫恋肯定派。
現状最も規模が小さい。おそらく3、4人程度だろう。紫恋の存在を良しとする勢力である。紫恋本人と仲が良い神風修斗が特に目立つ。最も、肯定派の人間も紫恋に対し思わないことが無い訳ではないようだが。
四つ目は、無関心派。
紫恋否定の風潮に興味を向けない勢力だ。紫恋に対し激しい嫌悪感を持たないという雰囲気が漂う。主にあまりクラスの話題に参加しないサブカル系の生徒たちが属する。ある意味彼らが最も学校生活を平和に過ごしているかもしれない。
ただこれらの勢力にも一つだけ共通している部分があった。それは冷華に対し好意を抱いていることだ。
もちろん100%の生徒がそうだとは言わないが、80%程は冷華が好きだと言って良いだろう。
現在クラスは始まって以来最も殺伐とした空気となっている。それが嫌われ者の天才の所為か、人気者のアイドルの所為かは誰にも分からない。
「ん」
ある日の昼休み、冷華は紫恋の机の上に一枚の紙を置いた。すぐに通り過ぎていった為、他に気づいたものはいなさそうだ。
”放課後 体育館裏にて待つ 口外禁止”
そう書かれている。
「...」
紫恋は無言でその紙を机の中に突っ込み、昼食も取らずに昼寝を始めた。
その日の放課後
「ったく、あたしを置いといて昼寝だなんて良い度胸じゃない」
「むにゃ...」
懐かしい声で目覚めた。誰かと思ったが、それは懐かしさの欠片も無い女子、花宮冷華だった。
なぜ彼女に懐かしさを覚えたのか少し疑問に思ったところ、彼女は口を開いた。
「あんた、体育館裏に来いって書いた紙、見てないの?」
紫恋は何のことかと思ったが、すぐに思いだした。
「ああ、それね。ごめんごめん。」
紫恋は見た感じ申し訳なさそうに頭をかくが、実際に反省はしていない。
「はあ...授業で見せる記憶力はどこに行ったのかしらね」
ため息をつきながらロッカーによりかかる冷華。
「えっと、今何時?」
「4時半。もうとっくに授業は終わってるわよ。」
窓の外を見てみると、すでに空は赤い夕方に染まっていた。どうやら寝過ごしてしまったようだ。
「あちゃ~...またやっちゃったな。ま、いいか。」
「何も良くないわよ。言いたいことは山ほどあるけど、まずは昨日のことについて説明してもらえる?」
「昨日のこと?」
「とぼけてんじゃないわよ」
そう言いながら冷華は紫恋に殺意の目を向けた。ただ紫恋はそれに怯む様子はない。腰を上げ、冷華の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「ああ、あれね。良いよ。できる限りは教えてあげる」
こうされると紫恋の妖艶な紫の瞳が良く見える。
「ま、座りなよ」
言われた通り適当な椅子ー-確か漫研に所属していた白石の席ー-に腰かけ、紫恋の方へ体を向ける。
彼は黒板の前に立っていた。
「じゃ、まず僕が参加してる戦いー-”終争”について説明するね。」
ラグナロク。創作物の中でぐらいしか聞く機会のない言葉だが、紫恋はその口ではっきりとそう言った。
「ラグナロクはまあ簡単に言うと...チームに分かれてのモンスター討伐、みたいなとこかな。」
「チーム?」
「そ。全部で四つのチームがあるの。」
4つのチーム。現在のクラスと似たような状況に冷華は少し複雑な表情をする。
「まず1つ目は、”テトラグラマトン”。僕が所属してるチームだね。ヤハさんがサポートしてくれる。」
ヤハさん。昨日の夜に出会ったピンクの髪が印象的なおっさんだ。
「で2つ目が、”アメノイワト”。このチームの一人と一回接触したことがあるんだけど、まあそれはまた今度。」
冷華はその接触について少し興味を持ったが、紫恋は続けて説明をした。
「3つ目は、”サンスクリット”。このチームとはまだ会ってないんだ。ボスの名前を聞こうとしたら、ヤハさんは急に機嫌悪くして帰っちゃった。」
急に機嫌を悪くした、ということはその人物のことがよほど嫌いなのだろうか。
「最後の4つ目は、”ユグドラシル”。まだメンバーが集まってないんだって。」
いや集まってないんかい...と冷華は心の中でツッコミを入れた。
「今一番メンバーが集まってるのはサンスクリットで、次がアメノイワト、でテトラグラマトンは僕だけ。さっき言ったようにユグドラシルはまだゼロ。」
紫恋は手でゼロの形を作る。彼なりのユーモアなのか。顔のおかげで可愛げがあるものの、普通につまらないので無反応で返した。
「...ねえ、チーム戦っていう割にはメンバー全然集まってなくない?」
紫恋は冷華を指で指す。
「そう。どうやらヤハさんが言うには今回のラグナロクはまだ始まったばかりなんだって」
「ふーん...で、そのラグナロクってやつは何をしたら勝ちなの?」
「最も多くの黄泉獣を倒したチームが勝利するらしいよ。なんでも黄泉獣は全部で500体いて、ちょっとずつ出てくるらしいんだ。」
もともと数が決まっていて、それらを最も多く倒したチームが勝利。この時点で怪しさ満点だが、紫恋は全く疑っていない様子だった。むしろ幼い子供のような好奇心を見せている。
「...でなんと、勝ったチームには報酬が与えられるんだ!」
紫恋が目を輝かせる。それは普段絶対に見ることのできないものだった。しかし冷華は小さな疑問を持つ。あの何にも興味を示さない紫恋が興奮するほどの報酬とは何か、と。
「その報酬って?」
紫恋は口を開きこう言った。
「この世界の”真実”さ」
「...真実??」
「そう。この世界の”真実”を一つだけ教えてくれる。たとえばエイリアンは実在するのかとか、徳川埋蔵金はどこにあるのか、とか」
「くだらねー...」
おもわず本音を言ってしまったが、要は知りたいことを何でも一つ教えてくれるようなものだろう。
「知りたいこと、かー...憐夜は何を知りたいの?」
「昨日言ったでしょ?僕は人間の”愛”を知りたいって」
そういえばそうだった。ただあまりに衝撃的な事が続いたためよく覚えていなかったのだ。
「...あんた、人を好きになったこととかないの?」
「それがないんだ。僕は人間の愛という感情を理解できない。なぜそこまで他人を信用し、共に生きることができるのか、その全てが分からない。」
このとき紫恋は一転して暗い表情になっていた。悲しそうな、残念そうな、空虚な表情だった。
「そういえば花宮さんは昨日、僕の質問に”愛する人はいない”と答えたね。家族とかは愛する対象に入るんじゃないの?」
「...家族だったら無条件で愛し合う、なんて夢物語ないわよ」
冷華は先ほどの紫恋と同じ表情で、そう吐き捨てた。
中編に続く
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