第七話 ピンチですよ!
翼が生えた後、餌場へと向かった続きになります。
頭に黄色い花を生やし、白い小さな翼でパタパタと飛ぶ毛玉。そんな珍妙な生きものであるミーヤは、ちょっと難易度の高い餌場で他の小動物たちに遠巻きにされていた。
毛だけが生えている、純正毛玉だった時には無かった反応だ。今までは興味を示されたことはないが、特に避けられたこともなかったので、ミーヤは地味にショックを受けていた。
(鳥じゃないのに翼はダメだったかな⁈ それとも、植物じゃないのに頭に花が咲いてるから?)
考えてみたら、生物学的にかなりデタラメな存在になっている。
(こんなじゃ、誰も番になってくれないかも……)
ミーヤは成体ではない。毛玉年齢でいうと、おそらく前世の小学校五年生と同じくらいの幼体だ。まだまだ番を探す年齢ではないが、少し不安になった。自分がひどく奇妙なもののように感じてしまう。いや……それはあながち間違ってはいないのだが。
ミーヤはこの森で同族に会ったことがない。だから自分のことを、例えば渡りをする生物だとか、一族で引っ越しをしてたとかで、取り残されてしまった存在だと思っている。きっと、どこかに毛玉の群があって、そこにはミーヤの親毛玉や、兄弟毛玉がいるに違いない……そう思っている。
(だから大きな毛玉になったら、仲間を探す旅に出ようと思ってたのに……)
これでは生き延びて大人になったとしても、毛玉仲間に受け入れてもらえないかも知れない。ミーヤはちょっと泣きたくなった。
フルフルと丸い身体を震わせる。毛並みが水に濡れてしまった時によくやる動作だ。今は水滴ではなく、嫌な考えを吹き飛ばそうと思った。
(へーかは愛らしいって言ってくれたもん! 愛されポイントもたくさんくれた!)
国で一番偉くてあんなにキラキラした人が、自分の姿を気に入ってくれているらしい事実は、自信をなくして萎んだ風船のようになったミーヤの心に、温かい空気を吹き込んでまん丸にしてくれた。
ちょっと調子に乗って、たくさんの毛玉たちにお姫さまのようにチヤホヤされている自分を想像してみる。毛玉たちが住んでいるのは、暖かくて危険な動物もいない天国のような場所だ。
毛玉天国……。果たしてどこにあるのか。それは誰も知らない。
(よし! あの木の実、へーかにプレゼントしよう!)
いつも素敵な食べものをくれるし、何より『愛されポイント』をくれる人だ。今も陛下のお陰で元気が出た。大切にしないとバチが当たる。
ミーヤは毛並みで隠しているけれど、いつも小さなポシェットを肩から下げている。人間の時に古着を解いてちまちまと作ったものだ。今は中に陛下がお土産と一緒にくれる、綺麗な色紙を小さく畳んで入れてある。ミーヤの一番の宝物だ。
(色紙に包んで渡せば、プレゼントだってわかってくれるかな?)
ちなみに、びっくりして気絶した時に身体に掛けてあった高級ハンカチは、人間の時に綺麗に洗って返却済みだ。洗濯下女の時のミーヤにとっては、ハンカチの洗濯などお茶の子さいさいなのだ。
ミーヤはフンスと鼻息を荒くして、辺りで一番美味しそうな木の実のなる木に向かった。
助走をつけてピョンと地面から思い切り跳ね上がり、パタパタと羽ばたく。こうすると普通に飛ぶよりも高く飛ぶことが出来る。
目当ては大きな木に実っている赤い実だ。今までは落ちて来るまで待つしかなかったご馳走だ。
外皮が硬くて日持ちして、実はもちもちと甘い。種の中身も食べられるのでミーヤは『お弁当の実』と呼んで持ち歩いている。
何より、人間の市場では見かけない果実だ。きっと陛下も食べたことがない筈だ。
(へーか、喜んでくれるかな?)
肩から掛けたポシェットに、あの実は二つ入るだろうか? もちろん、陛下とミーヤの分だ。池のほとりにでも座って、一緒に仲良く食べるのだ。
まずは一番下の太い枝へと飛ぶ。トンと着地して次の枝を目指して羽ばたく。そうしているうちに、様子を伺っていた他の小動物たちが顔を出した。
ミーヤが自分たちを襲う生きものではないと判断したのだろう。小鳥の鳴き声も戻ってきた。
餌場がいつもの雰囲気に落ち着いたことで、ミーヤの警戒心が緩んだ。木の上という今まで縁のなかった場所は、地上よりも安全に思えたのだ。
それは突然、死角から襲いかかって来た。
ミーヤは目当ての枝で、咥えたお弁当の実をポシェットの中に詰めている時だった。
シュッと空気を切り裂く音が聞こえた瞬間、咄嗟にミーヤは音の聞こえたのと反対側へと跳んだ。頬のあたりに鋭いものがあたり、チリリと痛みが走る。
枝から落ちながら、落下速度を落とすためにパタパタと羽ばたく。ミーヤがいた枝には、大きな蛇が赤い舌をチロチロと出してミーヤを見ていた。
パクッと丸呑みされるところだった。間一髪である。
ミーヤは地面に降りると、後ろを振り返らずに一目散に逃げ出した。慌てていたので飛べることを忘れて、家まで跳ねて帰った。
寝ぐらの洞窟へと戻ってボロ布の上で丸くなったが、ガタガタと身体が震えて、心臓のドキドキが止まらなかった。
(もう大丈夫。ちゃんと逃げ切れた。今日も生き残ることが出来た!)
頬には小さな傷が出来ている。蛇の牙が掠ったらしい。そう大きな傷ではない。ミーヤは川で傷をよく洗ってから、まだ日が高いけれど寝てしまうことにした。
お弁当の実はポシェットには入っていなかった。逃げる途中で溢れ落ち、どこかへ転がってしまったのだろう。
夕方近くに、ジクジクした痛みで目が醒めた。熱が出てしまったらしく、夏なのに吸った息が冷たく感じる。ヒューヒューと喉が鳴った。ミーヤは鳴き声を持たない毛玉なのに。
(ほっぺたの傷、蛇の牙で出来た傷だ。あの蛇は毒を持っていたんだ。水で洗っただけじゃダメだったんだ……)
体調不良の原因はわかったけれど、どうしたら良いのかわからない。毛玉のミーヤにも、洗濯下女のミーヤにも、薬草の知識はない。
妹尾美弥の頃は熱を出すと家族の誰かしらが、冷却シートをおでこに貼ってくれた。たまごの入ったお粥を食べて、小さな瓶に入った風邪薬を飲めば、次の日の朝には元気になった。
今のミーヤには、何ひとつ、手に入れることは叶わない。
浅い眠りと覚醒を繰り返して、どんどん体力が削られてゆく。まどろみの中で、チロチロと赤い舌を出す蛇の夢を見た。蛇は青くて綺麗な目をしていた。
(こんなことなら『愛されポイント』で、翼じゃなくて毒消しとかの薬草を生やしてもらえば良かった)
『毒にも薬にもならない花』を生やすことが出来たのだから、可能だった筈だ。
ミーヤはダメモトで、頭の黄色い花をちぎって、もしゃもしゃと食べてみた。
(苦い……)
残りは傷口に貼ってみる。
手のある人間ならば簡単だけれど、毛玉には大変な労力を要する動作だ。なのに少しも楽にはならなかった。
(ほんとに、毒にも薬にもならない花だ……)
無駄に体力を使っただけだった。そして、しばらくするとポンッと間の抜けた効果音と共に、寸分違わぬ同じ花が咲いた。
ミーヤは重い身体でノロノロと転がって、ボロ布の上に横になった。
そしてまた夢を見る。
暗闇から蛇が青い綺麗な目で、じっとミーヤを見つめている。赤い舌をチロチロと動かす。あれは確か臭いを嗅いでいるんだよなぁと、美弥の知識が頭を掠める。
いつの間にか蛇の青い目は、陛下のそれに変わっていた。
のそりと起き上がる。
陛下に、また『愛されポイント』をもらえば、何とかなるかも知れない。翼が生えた姿を見せれば、また鼻血を出してくれるかも知れない。
陛下の親密度、または好感度を上げる。
何とも即物的で、育成ゲームのペットにあるまじき思い付きだが、それだけ切実だったのだ。なんせ命が賭かっている。
陛下経由で皇室御用達のお医者さまに、何とかしてもらおうという考えに至らないのはなぜだろう? きっと毛玉だからだ。
ミーヤは弱った身体でヨロヨロ、コロコロと転がって、陛下と初めて会った泉へと向かった。
陛下が、そこに居てくれることを祈りながら。
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