第五話 毛玉、飛べるようになる
「よし! 決めた! 生やして欲しいものがあります!」
ミーヤは目を閉じて、心の中でそう叫んだ。
《何を生やしますか?》
唐突に、効果音もなしで無機質に流れるアナウンス。若干の手抜き感が漂う。きっと、人気のない低予算のゲームなのだろう。
「翼が欲しいです! 白くて可愛いやつ!」
翼ならば畳めばあまり邪魔にならないし、手足と違って毛玉に生えてもそう大きな違和感はない筈だ。妖精みたいな透き通った綺麗な羽根と迷ったが、頑丈さで羽毛の翼が一歩リードした。
《どこに生やしますか?》
前回と同じパターンで質問が続く。
(翼は背中……で良いんだよね?)
ミーヤはまん丸い毛玉なので、どこが背中なのかちょっと自信がない。後ろ側の半分よりちょっと上あたりだと思うけれど、そんなあやふやな指定で大丈夫だろうか?
(また『取り消しは出来ません』って言われそうだから、慎重にいこう!)
「あの……人間で言うと背中……肩の下のへんにある骨のところでお願いします。鳥みたいに二枚セットで……羽ばたいて飛べるやつ!」
これでもかというくらい、詳しく指定する。イメージは天使の白い翼。肩甲骨が出てこなかったのと翼を『一対』と表現出来なかったのはご愛嬌だ。毛玉にしては頑張った。
ミーヤは自分の選択に、今度は後悔しない自信があった。
(翼、すごく良い!)
危険な目に遭った時に空へと逃げられるのは、生き残る上で大きなアドバンテージとなる。単純に飛ぶことへの憧れもあるし、木の上に巣を作ることが可能となるかも知れない。
(今いるどうくつ、雨が降ると水が流れて来るし虫も多いんだもん……)
ミーヤは虫には食欲が湧かないタイプの毛玉だ。
それに月や星を見ながら眠るのは、なんだかロマンチックだと感じる。前世では、ツリーハウスは全小学生の憧れのまとだった。
毛玉の巣とツリーハウスは別物のような気もするけれど、本質的には同じものだ。……たぶん、きっと。
白を選んだのは『可愛い』が欲しいと心が叫んだから。ミーヤの毛色は濃い茶色だ。ところどころが斑らになっていて、保護色としては大変優れているけれど、地味だし若干汚れて見える。いや、正直汚れていないとは言い難い。何しろ森にはお風呂も石けんもない。
ミーヤは建国祭の日に、可愛いお仕着せを着たのが嬉しくて堪らなかった。その時思ったのだ。人は、食べ物だけで生きているのではない。……毛玉だけど。
(どうしても目立って危険なようだったら、水溜りでゴロゴロ転がればいいよね)
ミーヤはこれでも、たったひとり森で暮らしてきた毛玉なのだ。生き抜くための手段も知っている。
目を閉じて、ワクワクしながら待つ。
しばらくすると、背中でポンッと音がした。ドラムロールなどで盛り上げて欲しいところなのに、残念ながらナシ。やはり低予算のゲームに違いない。
早速、パタパタと羽ばたいてみる。ふわりと身体が浮き上がった。
「すごい! わたし飛んでる! 飛んでるよ! 今日からただの毛玉じゃない……飛び毛玉だ!」
それを言うなら頭に花が生えた時点で、ただの毛玉ではない。正体不明感がますます加速していることに、ミーヤは気づいていない。ついでに言えば『飛び毛玉』は、あまり格好いいネーミングではない。
そして、初飛行の喜びと感動を声に出して叫びたかったが、残念ながらミーヤは鳴き声を持たない毛玉だった。どんな翼か見ることも出来ない。まん丸い身体はどう頑張っても振り向くことが出来ないのだ。
仕方なくそのまま羽ばたいて水溜りへと向かう。頭に花が生えた時に姿を映して見た、あの水溜りだ。
思ったよりも高く飛べない。だいたい地上から三十センチくらいのところを、フラフラと飛んでゆく。背中から聞こえてくる音は『バサバサ』ではなく『パタパタ』。どうやら小さな翼らしい。
水溜りに背中を向けて立ち、がっかりする。
「うん! 見えない! 知ってた! だって首が回らないもん!」
側面を映して横目で見る。最大限に縦に伸びて身体を捻るようにすると、ギリギリ翼の先っぽが視界の端に入った。
「ち、小さい……!」
ミーヤは子供の手のひらにでも乗れるくらいの小さな毛玉だ。皇帝陛下の大きな手なら、たぶん片手で握り潰せる。
だからその小さなミーヤに生えた翼も、小さくて当たり前なのだけれど。
(これじゃあ、バランスが悪いんじゃない?)
ミーヤの背中の翼は、人間の指先程度の大きさしかないのだ。なぜこれで飛べるのだろう? デタラメにも程がある。
(ああでも、低予算のペット育成ゲームなんて、そんなモノなのかも……)
ミーヤはこの先、このセリフを何度も口にすることになる。深く考えなくて済む、とても便利な魔法のセリフだ。
チョロっと見えている限りは希望通りの白い翼だし、とりあえずは飛べているのだ。贅沢を言ったらキリがない。だいいち、もう取り消せない。
「大鷹みたいに高く飛べたり、燕みたいに速く飛べるようになりたいんだけどなぁ」
たくさん食べてたくさん寝れば、そのうち大きくて立派な翼になるだろうか? 人間だった頃、美弥の周りの大人はみんなそう言っていた。
『大人になったらね!』
美弥は子供だからまだ無理だと言われる度に、早く大人になりたいと思っていた。実際にはそんな日は来なかったのだけれど。
しかも……。
実はミーヤは生まれた時から手のひらサイズだ。ほとんど大きくなっていない。だからたぶん……。きっと翼もそれほど大きくはならないだろう。残念ながら。
ミーヤのお腹がキュルキュルボボンと音を立てた。最後のボボンがちょっと気になるところだが、ようはお腹がすいたのだ。
すぐにでも食べ物を探しに行きたかったけれど、その前に翼の性能を確認する必要がある。ミーヤは力いっぱい翼を羽ばたかせた。
最大速度と、最高高度。翼が生えたことによる、自分の出来る立ち回りについて入念に頭に入れる。この慎重さと臆病さ、辛抱強さこそがミーヤの最大にして唯一の強みだ。ミーヤは弱いからこそ、過酷な生存環境を生き抜いてきたのだ。
検証の結果、現時点で飛んだ場合のスピードは、蝶や蚊と同じくらいだと判明した。つまり現状では、捕食者に見つかった場合は上空へと逃げることも、スピードで逃げ切ることも期待出来ないということだ。
『あまり役に立たないかも知れない』という考えが頭に浮かぶ。翼に対して憧れと期待が大き過ぎたために落胆も大きい。ミーヤは洞窟に戻って、ボロ布にくるまってふて寝したくなった。
(でもお腹すいてるし……)
ミーヤのお腹がまたキュルキュルとなった。今度はボボンはナシだった。そろそろ何か食べなければ動けなくなってしまう。
好材料は、今まで届かなかった木の実や果物を手に入れることが出来そうなこと。大空へと舞い上がるのは無理でも、木の枝から枝へと飛び移ることなら出来るだろう。
ミーヤは気分を切り替えて、森の奥の実のなる木が多いエリアへと向かうことにした。
ミーヤが持つ餌場は五つ。天気と季節によってはあと二つくらい追加される。重要なのは危険度で、次いで美味しいもの見つかる場所、水場が近いことなどの条件からその日に向かう場所を決めるのだ。
もちろん、皇帝陛下の持って来てくれる食べ物が最上だし、陛下に会える確率の高い泉が、ミーヤにとっては一番の餌場ではあるのだが、陛下のくれる食べ物だけでは生きてはゆけない。
ミーヤは案外と、燃費の悪い毛玉なのだ。
目指す森の奥の餌場は食べられるものが多く、それを目当てに虫や小動物が集まる場所だった。
小さな生きものがたくさん集まる場所には、それを餌とする危険な捕食者が現れる。
普段は使わない、危険度も期待値も高い餌場へと小さな白い翼をパタパタと羽ばたかせて進む。
そんなミーヤを待ち受けているのは、果たして美味しい果物だけなのだろうか。
毛玉のミーヤは人間の言葉は話せません。「」で括ってあるのは、言語化できる心の声、()←は漠然と考えていることです。
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☆次回の更新は週末を予定しています。