第三十八話 毛玉と毛玉の夜と朝
ミーヤが目を覚ましたのは、ちょうど森の木々の向こうから太陽が顔を出した頃だ。
昨夜、キング毛玉との邂逅を果たしたミーヤは、さっそく自慢のツリーハウスへと招待したのだが、はしゃぎ過ぎていつのまにか寝てしまい、気がついたら朝だった。
キング毛玉はいなくなっていた。
しょんぼりである。
(わたし、きらわれちゃった? はしゃぎ過ぎた?)
オロオロとツリーハウス内を低空飛行していると、メモ書きが残されているのを見つけた。
『また会おう。今度は手土産を持って遊びに来る』
非常に達筆、かつ力強い文字だ。
(キングも文字が書けるんだ!)
ミーヤが文字を書けるのは、洗濯仕事の合間にエレンが教えてくれたからだ。エレンはゴシップ好きなので、新聞を拾い読みしながら覚えたらしい。
そして先っぽが筆状になっている尻尾で、文字を書いている。
(あれ? キング、尻尾あったっけ? もしかして……! キングも誰かに育成されているのかなぁ!)
残念! キングは育成する側だ。
ちなみにヒューゴは変身を解いてから置き手紙を書いた。ヒューゴの変身は元々が毛玉のミーヤと違って、人間の姿に戻っても服を着ている状態だ。
今回の場合で言えば皇帝専用高級シャツとズボンその他が毛皮へと変化した。戻る時はその逆だ。
つまり、変身を解いても素っ裸にはならない。素っ裸にはならないのだ。
ミーヤは再会を約束する手紙を何度も読み返した。毛玉としては初めてもらった手紙だ。嬉しくて仕方がない。
(また会えるんだ! 次はもっと仲良くなりたいなぁ。他の毛玉がどうしているのかも知りたい!)
毛玉同士のコミュニケーションは、思うようには捗らなかった。鳴き声を持たない毛玉同士では意思の疎通は難しかったのだ。
だからこそミーヤは『仲間に逢えて嬉しい!』という気持ちを全身全霊でキングに伝えた。そしてキングもミーヤを受け入れてくれた。
昨夜キングが毛づくろいをしてくれた時に、ミーヤは美弥だった頃に両親と川の字になって眠った夏休みのキャンプを思い出した。
日常から離れた状況で興奮してなかなか寝付けずにいた美弥の手を、両側から二人が握ってくれたのだ。少し気恥ずかしく、美弥は『えへへ』とか『うへへ』とか、そんな笑いを浮かべながら目を閉じた。
思えば、あの感覚はヒューゴから『愛されポイント』をもらった時とよく似ている。自分は愛されていたんだなぁと、今はもう会えない両親への気持ちが溢れた。
(お父さん、お母さん。美弥は毛玉になっちゃったけど、へーかもいるし仲間にも会えたよ! もう大丈夫だよ! これからも色々生やして、元気に生きてゆくよ!)
そして感情が爆発したミーヤはキングをツリーハウスへ連れて来て、ひとしきり跳ね回るとコテンと眠ってしまったのだ。
ヒューゴはそんなミーヤの寝顔を眺めた。目を閉じた毛玉は、ほぼほぼ毛の塊にしか見えないのだが、ヒューゴはそれさえ微笑ましく感じた。
頭の花が寝息と共にゆらゆらと揺れる。時折り寝返りを打ち、コロコロと転がる。
ミーヤのツリーハウスでの初めての夜は、季節の移ろいを告げる虫の音と共に、静かに更けていった。
* * *
夜明け前の空が微かにしらみはじめる森の獣道を歩くヒューゴは、自分が変身した意味を考えていた。
同族を求めてやまないミーヤ。
ミーヤに同族は存在しないのではないか。ミーヤはこの世界に、真実ただ一匹の毛玉なのではないか。
そんな考えが頭をもたげていた。
自分に『変身スーツ・タイプ毛玉』を託した存在の意図はどこにあるのか。
他に毛玉は存在しないから。ミーヤの守護者であるヒューゴが毛玉に変身する必要があったのではないだろうか。
ヒューゴは改めてミーヤを取り巻く不可解さに、思いを馳せながら歩く。
ヒューゴの守護者としての役割は、ミーアの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うこと。これを契約内容として自分を守護者と認定する存在は、少なくとも、ミーヤを害する意図は感じられない。
誰が。
何のために。
どうやって……。
何もかもがヒューゴの理解の範疇外にある。
だが、わかることもある。
『ミーヤのために』。
ミーヤが同族を求めたからこそ、『変身スーツ・タイプ毛玉』が用意されたのだ。
『ミーヤのために』。
守護者としてのヒューゴは、ただそれだけのためにある。
(神か、妖精の仕業……なのか?)
ヒューゴが皇帝としておさめるアウステリア帝国にも、もちろん宗教は存在している。妖精や精霊、それらを束ねる自然神へ感謝を捧げる。
『森の神』『山の神』など場所にまつわる神。『風の神』『雨の神』などの自然現象にまつわる神。春夏秋冬の季節神は『学問の神』『商売の神』『軍神』などを兼任していたりもする。
ありとあらゆるものに神がいて、人々はその神に感謝を捧げ、畏れたり敬ったり、慈悲を請う。
ヒューゴを含むこの国の人々にとっての神や精霊は、架空の種族に近い。権能や異能を持った不思議な隣人……とでもいえば良いだろうか。
神は神で自分たちのことわりに則って暮らしている。人間のために存在している訳ではないので、信仰心を求めたりしないし、奇跡を起こして救ったりもしない。
昔話や民話には頻繁に登場するが、実際にその存在を信じている人はほとんどいないのだ。
ヒューゴとて神や精霊、妖精などを信じている訳ではない。だがしかし、あまりに不可解な成り行きに、ヒューゴは納得のいく答えを見つけられない。
ヒューゴは立ち止まって森を振り返った。ミーヤはまだ寝ているだろうか。
いつの間にか空が明るくなっていた。太陽が顔を出し、朝焼けがはじまる。
ヒューゴは大きく息を吸い込むと、また歩きはじめた。
ミーヤを害するものではないならば、それで良い。不可解な存在の思惑に、踊らされているのでも構わない。両者の意図は食い違っていないのだから。
《ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエール。あなたはミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓いますか?》
ヒューゴはこの質問に『応じる』と答え、ミーヤの守護者となったのだから。
読んで頂き感謝です。ふと書いた短編がランクインした影響で、毛玉もたくさんの人に読んで頂いてこちらもランクイン致しました。応援やたくさんの感想と評価ありがとうございます。
完結目指して頑張りますので、☆評価よろしくお願いします。遅筆ですみません(T . T)
※九月のはじめに書いた短篇『ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ』の電子書籍化が決定しました。大幅に加筆となります為、そちらに集中させて頂くことになります。毛玉を応援して下さる皆さま、大変申し訳ありませんが、しばらく更新が滞るかと存じます。10月中には再開したいと考えております。
どうか、ブクマはそのままで。ミーヤとヒューゴのことを忘れずにいて下さると嬉しいです。
また、当該の『《連載版》ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ』も良かったら応援して頂きたいです。作者の名前→作品名で読めます。
よろしくお願い致します(つД`)ノ




