第三十七話 邂逅
(あっち! 少しずつ音が大きくなる! だから、たぶん……あっちだ!)
あっち、こっち、そっち。
方向を示唆する文言は、通常は指し示す動作と共に使われる。それらの動作が出来ない毛玉は、その視線のみでモノを言う。
『あっち』
ミーヤの進む方向だ。力強く、自らの進む方向を見つめて、耳の奥から聞こえる音を頼りに背中の小さな翼を一心不乱に羽ばたかせる毛玉。
そのミーヤに、『それは仲間じゃなくてヒューゴが変身した毛玉だよ』などと、誰が言えるだろう。
そしてミーヤは邂逅する。
小川の中ほどの石の上に佇む、自分より少し大きな毛玉に……。
(いた! 毛玉だ! わたしと同じ毛玉だ! あっ、でも……頭に花じゃなくて……かんむり?)
ヒューゴが変身ポーズをキメキメに決めて勝ち取った王冠だ。だが、ミーヤはそんなことは知らない。そしてミーヤ。君の頭の花もオプションだ。
(キング毛玉? ……合体するやつ……?)
ミーヤの頭に、ゲーム好きの小学生だった頃の記憶がよみがえる。某有名RPGに出てくる、頬がぷっくりしてるキャラだ。特に血筋やカリスマは関係なく、複数の個体が合体して成る。ちなみにけっこう強い。
(キング毛玉だ! もしかしてバラバラになる……?)
そしたらイッキにたくさんの仲間に会えるかも! ミーヤはそんな想いを胸に、ためらうことなくキング毛玉に思い切り体当たりした。
* * *
キング毛玉は相当な勢いで体当たりして来たミーヤを難なく受け止めた。もちろんバラけない。
ヒューゴの揺るぎない体幹は変身後にも反映されているのだ。
(ミーヤ……)
ミーヤはキング毛玉がバラけないことに多少はがっかりもしたが、ようやく巡り会えた仲間にスリスリと頭を擦りつけた。
毛玉は全身で親愛を表現していた。同族に出会えた喜びが毛先から迸るようだった。
ヒューゴは一瞬で理解してしまった。
この広い広い天蓋の下、たった一匹で立つ……ミーヤのその、途方もない孤独を。
自分に出会う前は、一匹で洞窟に住んでいたと聞いている。いつか、仲間を探しに行きたいと言っていた。
無邪気に、気儘に見えた毛玉。自分は無責任に……自分本意に甘やかしていただけだったのかも知れない。
ヒューゴは確かに肉親の情には恵まれていなかった。富や権力に群がる醜い人間模様も、嫌というほど見て来た。
だが、好ましい人間がひとりもいなかったわけではない。幼い頃には大切に育ててくれた乳母もいた。戦場に行く前には尊敬出来る教師たちにも出会えた。飢えたことも、寒くて凍えたこともない。
『人間嫌い』など……。自分は二十六歳にもなって、何を甘えたことを言っていたのか。
この広い世界で、たったひとりの人間として生きることが、どういうことなのか……。
想像しただけで、絶望で手足が震えた。
ミーヤはこの小さな身体で、その孤独に耐え、逞しく生き延びて来たのだ。
ミーヤが、少しの隙間さえも埋めるようにグイグイと身体を押し付けて来る。ヒューゴは抱きしめてあげたかった。だが毛玉には手がない。
ヒューゴはミーヤの隙間を埋めてやりたいと、心の底から思った。
(毛玉の愛情表現……どうしたら良い?)
何しろ城の学者でさえ未知の生物だと言っていたのだ。強いて言うならばその生態に一番詳しいのはヒューゴだ。
(人間同士の親子の情は『変身スーツ・タイプ平民父ちゃん』で、少しはわかった気でいたが……。毛玉はどうしたら良い? 毛づくろいか? 犬や猫の親は、舐めて子供の毛づくろいをしていた。
(そうか……だから、毛玉に変身したんだな)
ヒューゴは、ミーヤの頭のてっぺん……には花が咲いているので、おそらく額のあたりだと思われる部分にキスをした。続けてペロペロと毛づくろいをはじめる。
不思議と抵抗感はなかった。ヒューゴは今、身も心も毛玉になっているのだろう。
続けてミーヤの真似をしてスリスリと頭を擦りつける。するとミーヤが顔を上げ、パチクリと目を丸くした。
そしてふるりと一度、身を震わせてからヒューゴの腹のあたりの毛並みに埋もれるように潜り込む。その仕草は、母猫の乳房を探す子猫のようだった。
もちろんヒューゴに母乳は出せない。ちょっと頑張ってみたが無理っぽい。『変身スーツ・タイプ毛玉』に母乳のオプションは付いていないようだ。
ちなみに、ヒューゴが大きな大きな愛でミーヤを包んでいたこの瞬間。ミーヤが腹の毛に埋もれながら考えていたのは……。
『もしかして、わたしも合体してキング毛玉(の一部)になれるかも! だってわたしも毛玉だもん!』
という、とんだゲーム脳的なことだった。
『親の心、子知らず』とは、まさにこういうことだろうか? ……たぶん違う。
間があいてしまい申し訳ないです。難産でした……泣




