第三十六話 夜の森へ冒険に行こう!
ミーヤは浮かれていた。
新しく生えた耳は、可愛いだけではなかった。
(とっても良く聞こえる。前より耳が良くなった!)
半折れ耳は、三角形の頂点部分がペコリとお辞儀をするように倒れている。周囲への警戒を意識すると、ピッと立てることが出来た。立てると以前よりも周囲の音が良く聞こえた。
それだけではない。聞こえる音の出どころや、おおよその距離が把握できる。
例えば微かに聞こえた音。バサッという羽ばたきの音。
(夜鳴き鳥が獲物を見つけて、枝から飛び立った。でも大丈夫……遠いし、獲物は毛玉じゃない)
例えばツリーハウスの下から聞こえた音。密やかにカサカサと揺れる下草の音。
(ふふっ。小さなバッタが跳ねそこなって、葉っぱから落ちた……!)
元々毛玉は野生生物なので聴覚はそれなりに優れていた。けれど、こんなにもクリアに情報を拾うことは出来なかった。
今までは少しでも危険だと感じたらすぐに逃げ、大丈夫だと思えるまでじっと隠れてやり過ごすしかなかったのに……!
(お耳、すごい! すごく良い! 生やしてもらって大正解!)
いつも身構えて、怯えて、警戒してばかりだった。これだけ細かく周囲を把握出来れば、危険と安全を正確に判断することが出来る。
(もうわたし、ビクビク毛玉でも、プルプル毛玉でもない。弱虫毛玉……卒業だ!)
ミーヤは浮かれていた。浮かれて……ちょっと調子に乗った。
(よし! 冒険に出かけよう!)
ビクビク毛玉だったミーヤは、夜は棲家の洞窟から一歩も出たことがなかった。あまり夜目がきく方ではなかったし、元小学生女子のミーヤは真っ暗な森が怖くて仕方なかったのだ。
ミーヤは浮かれていた。生やした耳が予想よりもずっと高性能だったことで。
あとは夏という季節のせいだろうか。夏休みの小学生は冒険するものだし、宿題の自由研究のために挑戦もする。
(夜の森の様子や生物を調べて、先生に提出しよう!)
美弥は両親と一緒にする、毎年の夏休みの自由研究がけっこう好きだったのだ。
ミーヤよ。むしろ君の生態の方が、謎ばかりで自由研究に適しているぞ。そして念の為に言っておくがヒューゴは先生ではない。
(夜の森へ……出発だ!)
ミーヤはやる気まんまんで、ツリーハウスから飛び立った。翼で減速しながら地面へと降り立ち、下草の上あたりをパタパタと飛んで進む。
夜の森の下草は、夏虫たちの大合唱だった。美弥だった頃には聞いたことのない、ピーヒャララという横笛のような音や、シャンシャンという鈴を振るような音も聞こえる。
その度にミーヤはホバリングをして虫の様子を観察した。横笛のような音の正体は、鮮やかなオレンジ色のカエルだった。喉の大きな袋を膨らませて鳴いていた。
鈴のような音は赤と黒のしましま模様の虫。びっくりするほど太くて長い触覚で、丸いお尻を叩いて音を立てていた。
他にも、羽根のあるトカゲの群れも見つけた。飛び魚のように下草から飛び立ち、あっという間に遠くへ行ってしまった。
(面白い生き物がたくさんいる! 動画を撮ってへーかにも見せてあげたいなぁ!)
人間のミーヤは、カエルもトカゲも昆虫も少し苦手だったが、今は森の毛玉なので平気だ。虫たちは無害な毛玉が近寄っても、あまり警戒もしなかったため、ミーヤはゆっくり観察することが出来た。
そんなミーヤの鼻先を、スイッと光が横切った。
(わー、蛍だ!)
毛玉も令和の小学生の美弥も、蛍を見るのは初めてだった。
(蛍って、こんなに綺麗な色で光るんだ!)
いやいやミーヤ。地球の蛍は七色に変化しながら光ったりしない。
目の前の異世界蛍は、まるでクリスマスのイルミネーションのように、ゆっくりと点滅しながら色を変えてゆく。
一気にテンションの上がったミーヤは、異世界蛍を追ってパタパタと飛んだ。
そんな二匹の夜間飛行に、やがてはぐれ蛍が一匹、二匹と合流してゆく。気がつくとミーヤは群れ飛ぶ蛍に囲まれていた。
人間にとっては蛍は小さな甲虫だ。だが小さな毛玉になってみると、その光は思いのほか大きく幻想的だった。
ミーヤが見惚れながらホバリングをしていると、遠くの方から微かな音が聞こえた。
『ピコーン、ピコーン、ピコーン』
ミーヤは妹尾美弥だった頃、こんな感じの音を聞いた覚えがある。
(レーダーの音……)
緑色の画面……点滅する光点……。ゲームの中で敵やアイテムを探す時や、自分の位置を把握する時に使用する……探知機能に付随するSEだ。
(レーダー……探知機……)
探しものや仲間の位置を教えてくれる……。
(探知機……毛玉探知機!!!)
ミーヤはやっと思い出した。
耳は、言わば副産物だった。もともと欲しかったのは『仲間の毛玉を探せる探知機能』だった。
(け、けけ……け、け……)
ミーヤは探知機能が反応した衝撃に、固まって地面に落ちた。落ちてポンポンと弾んで転がった。いつもはチョンチョンと跳ねるか、コロコロと転がるのだが、弾んで転がっているのでポンポンだ。
(毛玉が……いるの……?)
ガバッと起き上がり、あたりを見回す。真っ暗でよく見えない。
(この音の出どころに行けば、仲間の毛玉に会えるの……?)
ミーヤは気がつくと、たった一匹で森にいた。親毛玉の記憶も、仲間の毛玉といた覚えもない。だからミーヤは、自分は置き去りにされたか、捨てられた子毛玉だと思っていた。
出来れば、ただはぐれただけとか、迷子なら良いなとは思う。でも探しに来てくれていないのだから『そういうこと』なのだろう。
そのことを考えると悲しい気持ちになった気もするけれど、あの頃の毛玉は何より生き抜くことで精一杯だった。
寂しさに震えた夜もあったけれど、お腹が空いている方が大問題だった。
だが今は……。
仲間が……毛玉がいるならば会いたいと思う。だから『毛玉探知機能付きの耳』を生やした。
自分を捨てた毛玉かも知れない。迷子になった自分を探してくれなかった毛玉かも知れない。
それでもミーヤは自分以外の毛玉に、会いたいと思った。
ミーヤはレーダーの音を頼りに、精一杯……力の限り跳ねた。
文中の『夜鳴き鳥』はフクロウっぽい夜行性の猛禽類です。ミーヤは自分以外の小動物が餌食になっていることを許容しています(むしろホッとしている)毛玉は野生生物なので、森での弱肉強食は当たり前のことと理解しています。残酷などとは思いません。食べなければ死ぬ。食べられても死ぬ。ミーヤはそのことをよく知っています。




