第三十五話 森へ
「うむ……。今回はミーヤが助けを求めている訳ではないようだな」
ヒューゴは咄嗟に臨戦態勢に入っていた身体の力を抜いて大きく息を吐いた。メッセージにミーヤがピンチだという文言は入っていなかった。
「では、なぜ変身する必要がある?」
しかも毛玉に。
前回の変身は、城下の番所で冤罪をかけられていたミーヤを救うのに必要だった。では今回は?
「まぁ、行ってみればわかるか……」
軽いノリで人外に変身しようとしているヒューゴ。国家のトップがそんなで良いのか。民たちは『孤高の皇帝陛下』だと思ってるのに。
「応じる。変身させてくれ」
ヒューゴがそう口にするとすぐにアナウンスさんの《了解しました》という返答があり、変身に対応するジングルが流れた。
ジャカジャン! ジャカジャン! ダカダカダカダカドン、シャーン(ドラムソロ)! ジャジャン!
前回よりも音質が良くなっているのはなぜだろう。これが見せ場だからだろうか。
《変身ポーズをキメて下さい。その場合ボーナスが付与されます》
アナウンスさんの口調は、あくまで淡白でその言い回しも儀礼的。なのにこの無茶ぶり。
だがヒューゴ、キメてやれ!
変身ポーズはビシッとキメるものだ。『決める(決定する)』ではなく『キメる』! 『ぶちカマす』と言い換えても良い。
「変身ポーズ……こうか……?」
これが転生者や転移者ならば恥ずかしいと叫ぶ場面だろうが、なんといってもヒューゴは現地人。しかも皇帝だ。多くの民衆の前で威厳を示すことに慣れている。
ヒューゴは腰の剣を鞘からスラリと抜いた。鋭い風切り音を鳴らせて腰だめに切り下ろし、眼前で逆手にビシッと構える。
ピンポン! ピンポン! ピンポーン!
《暫定変身ポーズが認可されました。ボーナスとして『変身スーツ・タイプ毛玉』に、王冠が付与されます》
ピンポンは3回鳴り、ヒューゴを中心につむじ風が巻き起こる。
もう一度言おう。ピンポンは3回鳴った。
* * *
(さて……どうしたものか……)
ヒューゴは口に出して言ったつもりだった。だが声が出ない。なぜなら毛玉だから。
執務室の窓に自分の姿を写してみる。
(うむ……。毛玉だな……)
ミーヤの茶色混じりの毛色とは違い、黒一色の毛玉だ。頭には小さな王冠がちょこんと乗っている。
(ミーヤよりも若干、身体が大きいな)
そして王冠は小さい。毛玉なのでどこまでが頭かわからないのだが。
翼や尻尾はないようだ。出会った頃のミーヤを思い出して、ヒューゴはほっこりとした。
今のミーヤはもちろん愛らしいが、何も生えていなかったミーヤもさっぱりしていて可愛かった。要はミーヤならば何でも良いのだ。
ヒューゴは森へ向かおうとした。
(うむ……歩けないな……)
毛玉には足がない。
(跳ねるか……)
ミーヤの様子を思い出し、チョンチョンと跳ねてみた。意外に楽しい。
コロコロと転がってもみる。これもなかなか良い。
ヒューゴは開いていた窓の隙間からテラスへ出ると、大きく跳ねて中庭へと降りた。その動きにも頭の王冠はズレることも傾くこともなく、毛玉の頭のてっぺんに鎮座している。
ヒューゴは『不可解なものだな』と思いはしたが、不可解なことなど数え上げたらキリがない。
(森へ向かうで良いのか?)
執務室でひとり、毛玉になることに何の意味があると言うのか。森へ……ミーヤのもとへと行くで正解だろう。
(うむ……馬には乗れないか?)
手綱を握れないし、あぶみに足もかけられない。そもそも愛馬が毛玉である自分を受け入れてくれるだろうか? 敵認定されて噛まれたり、踏みつられたりしたらショックで立ち直れない。
ヒューゴは共に戦場を駆けた愛馬を大切に想っているのだ。見かけより繊細な皇帝は厩へは向かわずに、徒歩で森へと向かうことにした。
……いや、跳ねてますがな。
城の裏門から出て城下町へと下りる。気配を消して裏道の物陰を縫うようにコロコロと転がり、ようやく人間の領域を抜け出した。
夜の帷の降りた街道を跳ねて進む。小さなミーヤは文字通りチョンチョンと跳ねるが、ヒューゴはもう少し大きく高く跳ねている。オノマトペで言うならばポンポンだろうか。
いや、勢いがあるのでシュポーンって感じ? まぁ、そこはどうでも良い。
道幅はどんどん狭く頼りなくなる。小高い丘を越え草原を横切ると、やがて森の入り口が見えて来る。ミーヤのツリーハウスは森の入り口からそう遠くはない。
小川に突き当たったらそのまま川上へと進む。
せせらぎの中の、大きめの石を選んでポンポンと飛び移る。身体能力も高く鍛錬も怠らない皇帝は、毛玉になっても高スペックなのだろう。
軽快に石飛びを繰り返すうちに、ヒューゴは楽しくなって来た。
思えば幼い頃から皇太子として多くの大人に囲まれていて、ハメを外して遊んだ経験などなかったのだ。
『危のうございます』
『怪我などしては我々が叱られてしまいます』
お付きの侍女や侍従に言われれば、聞き分けの良い皇太子の仮面を被るしかなかった。
(我ながら幼稚な行いだ。だが……今は許される気がする)
なぜなら今、ヒューゴは皇帝ではなく毛玉なのだから。
『ヒャッホー!』と言わないのは物言わぬ毛玉だからなのか……。それとも中身は皇帝だからなのか……。
……知らんがな。
夢中になって石飛びをする毛玉の鼻先を、スイと光が横切った。
(蛍か……)
夏の夜に川辺で見られる光虫だ。ヒューゴは知識として知ってはいたが、目にするのは初めてだった。
満天の星空、遠くに聞こえるカジカガエルの鳴き声、淡く点滅する群れ飛ぶ蛍の光。夏夜の森は美しかった。覚えのない郷愁が胸に迫る。
気がつけばヒューゴはずいぶんと長い時間、小川の中程の石の上で佇んでいた。
ふと河岸へと目をやると、黄色い見慣れた花が揺れている。
ミーヤだ!
毛玉は、パタパタと羽ばたき、猛烈な勢いでヒューゴに向かって突進して来た。
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次話はミーヤサイドのお話しとなります。




