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第三話 建国記念祭の裏方

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 ミーヤは厨房で皿やグラスを洗う役目を割り振られた。洗うものがシーツやシャツやテーブルクロスから食器に変わっただけなので、そう戸惑うことはなかった。優しく丁寧に、けれど手際良く、洗い物を片付ける。


 ミーヤはテキパキと自分の仕事をこなしてはいたけれど、その目はキョロキョロと落ち着きがない。何しろ、見たこともないくらい、きれいで美味しそうな食べ物が、次から次へと作られて皿に盛り付けられてゆくのだ。


(すごいすごい! お城の人は、こんなの毎日食べてるんだ! だからシュッとしてパァーっとしてるのかな!)


 洗練されているとか、華があるとか、そういうことを言いたいのだろうが、毛玉の語彙はそれほど多くはない。


 ミーヤの顔より大きな包丁が名前も知らない野菜を細切れにし、ミーヤが二人は入れそうな大鍋がぐつぐつと良い匂いの湯気を立てる。


(あうう……おなかすいた……)


 ミーヤは森で暮らしているので、もちろん料理などしたことがない。あと人間の姿の時はたくさん食べ物を食べないとお腹が膨れないので、下女用の賄い以外は何も食べないようにしている。なぜなら毛玉姿に戻れば、ほんの少しのパンやチーズでお腹がいっぱいになるからだ。


 ミーヤのお腹がクルクルキューと悲しそうな音を立てた時、元令嬢が厨房へと駆け込んできた。


「ミーヤ、ちょっと手が足りないの。こっちを手伝って!」


 元令嬢の娘さんは貴族のマナーを知っていたので、舞踏会場の係に割り振られている。


 厨房の人たちに声をかけてから元令嬢に着いてゆくと、大きな広間へと連れて行かれた。目の前に広がるきらびやかな空間に、ミーヤの口はパカーンと大きく開いて閉じなくなった。


 引き摺るほどに裾の長いドレス、繊細な刺繍の施された礼服、磨き抜かれた大理石の床に映り込むシャンデリアの灯り、静かに流れる楽団の生演奏……。

 普段は森で毛玉として暮らしているミーヤには、まるで別世界のような光景だ。


 ところが、初めて見るその豪華絢爛な舞踏会場になぜか既視感を覚える。


(あ……こういうの、知ってる……! 絵本とか社会科の教科書で見たことある!)


 ミーヤは唐突に、毛玉として生まれる以前のことを思い出した。ミーヤは『妹尾(せのお)美弥(みや)』という名前の、小学校五年生の女の子だった。




   * * *



 ミーヤはどうして時々人間になるのか、毛玉なのに人間の言葉がわかるのはなぜなのか、自分でも不思議に思っていた。


(そっかぁ、わたしは元々人間だったんだ!)


 じゃあなんで、今は毛玉なんだろう? 元の美弥はどうしちゃったの?


(こういうの、知ってる……。異世界転生だ! ゲームとかアニメで見たことある! すごい! 本当にそんなことあるんだ!)


 ミーヤが心の中で驚いたり感心したりしていると、背中をポンポンと叩かれた。つい『ぴゃっ!』っという変な声を出して飛び上がってしまった。毛玉なら全身の毛が逆立ってしまうところだ。


「どうしたのミーヤ、緊張してる? 空いたお皿を下げるだけだから、大丈夫よ。端っこの方を邪魔にならないように歩いてね」


 元令嬢は何でもないことのように言うけれど『邪魔になってはいけない』も『速やかに空いた皿を回収する』も、ミーヤにとっては難易度高めのミッションだ。

 ましてや今は、日本の小学生として暮らしていた記憶が頭の中で渦巻いている。ミーヤは混乱したままヨロヨロと、食器を乗せるためのワゴンを押して、元令嬢の後を追った。余裕のない今、頼れるのは彼女だけだ。


 しばらく心を無にしてお皿を回収していると、広間の入り口に立つ若者が、パパパパーンとラッパを吹き鳴らした。


「皇帝陛下のご入場です!」


 若者の良く通る声が高らかに告げて、両開きの扉の向こうから、背の高い男の人が大股で歩いて来た。


「大変! ミーヤ、私の真似をして! スカートを持って頭を下げるのよ!」


 元令嬢が慌てて、けれど声を潜めて言った。ミーヤはコクコクと頷いてぎこちないながらも彼女の真似をした。


(皇帝陛下……。この国で一番えらい人だ……!)


 ミーヤは乾物屋のおかみさんが『背筋がゾクゾクするほどの良い男』と称していたその人を、ちょっと見てみたいと思った。

 けれど相手は戦場で人を斬るのが大好きだったという曰く付きの人だ。頭を上げたりして見つかったら、きっと酷い目に遭う。


 ミーヤは最弱の毛玉ゆえに、危機察知能力だけは高い。察知したからといって回避出来るかどうかはまた、別問題ではあるのだけれど。


 とにかくミーヤは気配を殺し、状況が動くのを待った。皇帝陛下の歩く靴の音だけが、カツカツと広間に響く。やがて、その人が広間を見下ろす高い位置にある席に座った気配がした。


 従者らしき人の声が告げる。


「本日は無礼講である。建国記念の()き日を、楽しむようにとの陛下のお言葉だ!」


 持って回ったような言葉にミーヤは首を捻りたくなったが、たぶん『今日はお祭りだから、みんな楽しく過ごしてね』という意味だと理解した。自分たちは仕事中なのでそうもいかないのだけれど、その言葉だけならそんなに怖い人じゃないのかもと思った。


 オーケストラの演奏が滑らかに流れ出し、人々が顔を上げて口を開きはじめると、元令嬢が「ミーヤ、もう顔を上げても大丈夫よ」と声をかけてくれた。


 ミーヤが恐る恐る顔を上げると、背もたれの高い豪華な椅子に座った皇帝陛下が遠くに見えた。


 頬づえをついて、この上もなく不機嫌そうにしているその人は、乾物屋のおかみさんの言葉通りに、神様が特別丁寧に作った作品であるかのようだった。眉間の深い皺がなければ、作り物なのではないかと疑っていたところだ。


 白い毛皮の付いたマントを片側の肩に掛け、金糸の刺繍が施された丈の長い礼服を着ている。体幹がしっかりしていて、驚くほど足が長い。きっと運動神経も良いに違いない。


『いくら良い顔を見ても腹は少しも膨れない』


 ミーヤは皇帝陛下の容姿をみんなが褒めるのを聞いて、そんな風に思っていた。


 けれど、違うかも知れない。大好きな音楽を聴いた時、美しい景色に出逢った時、素晴らしい芸術品に触れた時……。

 そんな時は確かに、お腹以外の場所が満たされる。それは瀬尾美弥だった頃の懐かしい感覚だった。


 ミーヤはその完成された生命体に、感動すらおぼえた。『良いものを見せてもらった!』と、ありがたい気持ちになってニコニコと笑っていると、遥か遠くにいるはずの皇帝陛下と目が合った。


 ……ような気がした。


 ミーヤは野生の毛玉なので、とても視力が良い。地球風に言うとだいたい12くらいだ。でも人間である陛下にはミーヤが見えている筈はない。試しにコテンと首を(かし)げてみると、皇帝陛下の首が同じ方向に傾いた。


 あれれ?


 ミーヤは少しだけ気になったけれど、背中からまた元令嬢の「ミーヤ、行くわよ!」という声が聞こえたので、慌ててワゴンを押して後を追った。




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