第二十八話 毛玉の帰還(ただし半野良希望)
その日の夜。
毛玉はヒューゴと風呂上がりのまったりした時間を過ごしていた。晩ご飯も食べ、良い匂いのする高級石鹸で洗ってもらってご機嫌だ。
このままふかふかのベッドでヒューゴの肩口にうずくまって、鼻息に吹かれながら寝てしまいたい。このイケメン皇帝の鼻息は、なかなか悪くないとミーヤは思っている。
だがしかし、ミーヤはヒューゴに、伝えなければならないことがある。
それはミーヤが半野良を希望している、ということ。
ミーヤはヒューゴの半飼い毛玉として暮らしたい。ただし残りの半分は野良。気が向いたら森に帰りたいし、定期的に人間になって洗濯の仕事もしたい。
つまりは美味しいとこ取りだ。昼は自由気ままに過ごして、夜は皇帝陛下の晩餐をつまみ食いし、イケメンのベッドで寝る。
なにそれ、羨ましい。ミーヤよ、それはこの世で最高の贅沢だ。社畜の限界OLや家事と育児に疲れた奥様方からの、怨嗟の声が聞こえる気がするぞ。
残念ながら? ミーヤには怨嗟の声は聞こえていない。ベッドサイドのテーブルに乗り、インク壺の蓋を尻尾でキュッと開けた。
「ミーヤ、前から尻尾があったか?」
そうだった……かも。尻尾を生やしたあたりからはヒューゴに会っていなかった。
あるんですよ! お尻尾! なかなか便利な仕様です。
ミーヤは得意そうに胸を張った。まん丸い毛玉なのでそれがヒューゴに伝わったかどうかは微妙なところだ。
ピチョンと尻尾の先にインクをつけて、皇帝専用高級メモ用紙に文字を書いてゆく。
『へーか、いなくなったの、ごめんね』
つたない文字だがギリギリ読める。ヒューゴが目を見張った。
「な……なんと! ミーヤは文字が書けるのか?!」
ミーヤは森へ帰る前に置き手紙を残したが、ヒューゴはそれをミーヤが書いたとは考えもしなかった。
「あの手紙は、ミーヤが書いたものだったのか!」
誰かのイタズラだと思っていたのだ。しかしよく考えればわかる。皇帝の私室に入ってそんなイタズラを仕掛ける人間がいたら、命知らずにも程がある。
ヒューゴもあの時は思考回路がおかしくなっていたのだろう。戦場の黒鬼とか冷酷皇帝とか呼ばれていたのに、見る影もない狼狽ぶりだった。
『もりへ、かえりたくなっちゃったの。でもさみしくて、もどってきちゃった』
「そうか……。閉じ込めてすまなかったな。戻ってくれてありがとう」
しみじみと、言う。ミーヤはこの人は自分がいないとダメなのかもと、少し思った。
そして……ポイントとか、報償金とか、豪華なごはんを目当てにして行動している自分を……少し申し訳ないと思った。
この世の全ての生き物は、すべからく自分本意である。それに例外などは存在しない。
倫理観は承認欲求、自己犠牲は承認欲求とヒーロー願望、孤独を避けるのは群れることにより危険を回避する本能、母性愛ですら次代を育てるために必要な本能と言い換えることが出来る。
その意味で言えば、毛玉の行動は生き物としてとても真っ当なものだ。生き残ることが何よりも優先される、野性動物なのだから。
だがミーヤの心には、確かに情緒が育っているのだ。洗濯室での下女たちと交流し、ヒューゴの寂しさと大きな愛に触れることで。
毛玉がヒューゴに相対することで『だいしゅきポイント』は発生する。アップデートにより追加された新要素である。
それは毛玉の中に『生存本能』とは違った『何か』が、目覚めはじめたことのあらわれなのかも知れない。
* * *
『これからも、でかけたり、かえってきたりしたいの。ダメ?』
ゆらゆらと頭の花を揺らして、真っ直ぐにヒューゴを見上げる。
「ぐっ、うぐっ……! そんな可愛い顔をされたら、ダメとは言えんだろう!」
変な声は鼻血を耐えているらしい。同じ間違いは犯さない男、ヒューゴ。
「だが外は危険ではないか? 森では蛇に噛まれていたし、ミーヤが金になると民たちにも知られてしまった」
確かにそうだ。今度こそ本当に営利誘拐されかねない。
『だいじょぶ! にんげんになれるの!』
おいおい、ミーヤ。それは秘密にしなくて良いのかい? 手の内、全部見せちゃうのかい?
(アナウンスさん、人間にして下さい! ポイントある?)
ミーヤが心の中で呼ぶと、アナウンスさんはすぐに応えてくれた。
《残ポイントあり。ヒューマンタイプに変更します》
キラキラエフェクトが毛玉を隠し、それが晴れると少女のミーヤが現れた。
手の内見せるどころではない。素っ裸である。
「なっ……! ミっ……! すっっ……! いかんだろう! それは!」
ヒューゴの語彙が残念なことになってしまった。だが、さすがジェントルマン皇帝。電光石火でミーヤを毛布でもグルグル巻きにした。
「……何ということだ。君は……ミーヤなのだよな? いったいどういうことだ……?」
「あ、あー、あー! あいうえお!」
ヒューゴが『なんの呪文だ!』と身構えた。ただの発声練習である。
「わたしは、ミーヤだよ。へーかのことが『だいしゅき』だと、にんげんになれるの」
間違ってはいない。ミーヤは『だいしゅきポイント』の仕様を説明している。
「だいしゅき……大好きのことか?」
ヒューゴは弛みそうになる口もとを引き締めた。何故ならヒューゴは皇帝だから。年端もいかない少女や毛玉の『だいしゅき』などで、ニヤニヤする訳にはいかないのだ。
「毛玉には戻れるのか? その姿で同衾は問題がある」
ミーヤがうなずくと、ヒューゴは心底ホッとした。この国でも、幼い子供を性の対象とすることは法律で禁止されている。
「では毛玉に戻ってくれ。落ち着かない」
ミーヤは、えー、ポイントもったいないなぁと思いながらも毛玉へと戻った。ボヨヨヨーンである。
『だいしゅきポイント』は意外に多く所有しているようだ。
そうして毛玉はイケメン皇帝の肩口にうずくまって、とても満たされた気持ちで眠りについた。
後日、ヒューゴは商人と連絡を取ってミーヤの服を一式用意してしてくれた。それは徐々に増えてゆき、やがてヒューゴのクローゼットを圧迫することになる。
だがそれは、まだ少し先のお話だ。




