第二十六話 アップデート完了からの毛玉様捕獲大作戦
あらすじ
ミーヤは森に住む謎の毛玉生物。なぜか時折り人間の少女の姿に変身するので、その日はお城の洗濯下女として働いている。森で知り合ったこの国の皇帝に餌付けされ、なんやかんやあって飼い毛玉となり更には皇帝を守護者とする契約を結ぶ。だが野生の血が騒ぎ森に帰りたくなったり、帰ったらやっぱり寂しくなったり。皇帝が毛玉捜索に懸賞金をかけたので、普段お世話になっている洗濯下女たちに捕獲されることにした。そして……
毛玉捕獲のためにエレンとイレーヌ、そしてミーヤは森へと向かう。その道すがら、ピコンと『お知らせ』の効果音が聞こえた。
《アップデートのためのメンテナンスが、予定より一日早く終了致しました》
若干ドヤっている感のある、アナウンスさんの声が続く。
(ほんと? わーい!)
ミーヤは『遅れても良いから詫び石欲しい』などとは言わない。素直に喜ぶピュアな毛玉だ。
《ただいまより新システムとして稼働いたします。『汎用毛玉タイプA』と『ヒューマンタイプ』の切り替えが任意で可能となりました。切り替えには新要素『だいしゅきポイント』が消費されます》
何度も言うが、アナウンスさんはもう少し簡単な言葉で説明した方が良い。『稼働』はともかく『汎用』や『任意』は毛玉にはハードルが高い。
だがミーヤはどうやら毛玉と人間の切り替えが出来るようになったことは理解したらしい。さすがは令和の小学生。
(わかりました! でも、今はちょっと忙しいから、後でゆっくり説明して欲しいです)
《了解しました。任意のタイミングで説明させて頂きます》
ミーヤは、ふんすと気合いを入れる。思い立ったら吉日。今から『洗濯下女のみんなに捕まっちゃおう作戦』を決行してしまうつもりだ。
ミーヤはエレンの袖をちょいちょいと引いた。
「わすれもの、あるの。さきに、洗濯場、良い?」
寄り道の提案に、二人は快く頷いてくれた。今日はレギュラーで働きに来ているほとんどのメンバーが揃う日だ。このタイミングならば、多くの下女に報奨金のチャンスを渡すことが出来る。
「すぐ、もどるから」
二人にそう伝えて、ミーヤはいそいそと洗濯室のドアを開ける。中では朝イチの大仕事である仕分け作業が行われていた。
城中から集められた洗濯物の山を、布地ごと、汚れの具合ごとに分ける作業だ。現代日本のように『洗濯表示タグ』など付いていない世界だ。手触りひとつで『絹』『綿』『麻』等を仕分けする。個人の洗濯物、各部署の制服、シーツなどの備品もそれぞれ別にしておかなければならない。
他にもレースや革製品、絨毯などはそれぞれ適した洗濯剤があるし、高貴な方の洗濯物は特別な洗剤が使われる。他にも手洗い、もみ洗い、付け置きなど洗い方も様々だ。
そんな面倒な作業を鼻唄まじりにこなしていた乾物屋のおかみさんが、ドアからぴょこりと顔を出したミーヤに声をかけた。
「おやミーヤ。具合はもう良いのかい?」
昨日は体調不良で熱を出し、イレーヌの家で面倒を見てもらった筈だ。
こっくりと頷くミーヤ。
「さすが子供は回復が早いねぇ」
ささっとミーヤに近づき、ふわりと前髪を上げて額に手を当てる。カサカサのおかみさんの大きな手のひらが照れ臭くて、ミーヤは思わず首をすくめて『ひゃっ』と小さく声を上げた。
「まあ、熱は下がったみたいだね。朝ごはんは食べられたのかい?」
「おいしかった」
ミーヤの返事におかみさんが、よしよしと頷く。
「そりゃー良かった。でも今日は仕事は休んで寝てた方が良いよ」
「うん、わすれもの、取りに来たの」
ミーヤはそそくさと荷物置き場の小部屋へと入り、アナウンスさんを呼んだ。
(毛玉に戻りたいです!)
ピコンと効果音が鳴り、アナウンスさんの返答がある。即返答、即対応。アナウンスさんが本当にゲームの運営だとすると、見事なユーザーフレンドリーである。
《了解しました。『だいしゅきポイント』を消費して汎用毛玉へと戻ります。クールダウンは約八時間。その間はポイントの有無に関わらず、ヒューマンタイプへは変身出来ません》
(わかりました! お願いします!)
おおよその内容をざっくり理解したミーヤが答える。『本当に理解した? 大丈夫?』と思わないでもないが、本人の気が急いているので仕方がない。
さてここで。せっかくなので変身シーンをじっくり観察させてもらおう。毛玉からの変身はキラキラエフェクトが良い感じに目隠しとなっていた。もし見えていたら、案外グロいかも知れない。
ボヨヨヨーン!
バネが弾むような効果音が鳴り、モクモクと煙がミーヤを包んだ。毛玉からヒューマンタイプへの変身がキラキラの魔法少女仕様とするならば、こちらはまさかのギャグ仕様である。
もくもくの煙が霧散して、ミーヤの着ていた服の中から毛玉がモゾモゾと顔を出す。どこまでが顔なのかは不明だが。
毛玉は脱ぎ散らかされた服を、尻尾を使ってせっせとミーヤのロッカーへとしまう。パタパタとドアノブまで飛び、これまた尻尾を使ってドアノブを回した。
* * *
ドアの開く音がして、何人かの下女が顔を上げた。下女たちは当然、ミーヤが出てくると思っていたのに、飛び出して来たのは黒っぽくて小さな丸い何かだった。
「きゃあー、なに?」
「いやぁー! こっちに来ないで!」
その黒っぽいものは、着地すると今度はチョンチョンと跳ね回りはじめた。
下女たちの悲鳴にエレンとイレーヌが何事かとドアを開けると、乾物屋のおかみさんが数人の下女を背に庇って、黒っぽい何かと対峙していた。
「二人とも来るんじゃないよ! 変な鳥が迷い込んだみたいなんだ。急いでお城の巡回騎士を呼んで来ておくれ!」
おかみさんは洗濯物を叩き洗いする時に使う棒を構えて、なかなかに勇ましい。
「おかみさん……ちょっと待って。あれ……もしかして……」
おかみさんの視線の先……シーツの山の上あたりでパタパタと羽ばたいている黒い謎生物は、エレンが昨日から何度も取り出して見ていたチラシの似顔絵にそっくりだった。
「黒と茶の斑ら模様……背中に白いつばさ……頭のてっぺんに黄色い花!」
イレーヌが特徴を読み上げ、エレンが指差し確認する。そしてごくりと唾を飲み込み、同時に叫んだ。
「「毛玉様だ!」」
そこからは大騒ぎだった。イレーヌは虫取りあみを振り回して毛玉を追いかけたが、けっこう素早い毛玉に悪戦苦闘した。イレーヌの手つきがヘロヘロだったとも言う。
みんなで知らんぷりをして、エレンがこっそり後ろから飛び掛かると、ぴょいと飛んで逃げる。人海戦術で囲んで追い詰めると羽ばたいて空中へ。そのうちに小さな隙間に入って出て来なくなってしまった。
野生の毛玉にとっては、武器も持たない女性たちは脅威にはならなかった。何しろこの毛玉は、捕食生物だらけの森で今までしぶとく生き残って来たのだから。
けっきょく最後はミーヤの『毛玉様はナッツが好き』という情報を元に罠を仕掛け、ようやく洗濯籠の中へと収まった。
案外ミーヤはこの追いかけっこや駆け引きを、楽しんでいたのかも知れない。




