第二十四話 洗濯下女による毛玉捕獲計画
あらすじ
夏風邪をひいてしまったミーヤを、元男爵令嬢のイレーヌが心配してお屋敷に泊めてくれます。温かい夕食をご馳走になり、風邪によく効く薬草茶も飲んで、寝心地の良いベッドで眠った、翌朝の話です。
今日か明日、メンテナンスが終わって毛玉に戻れる筈。毛玉に戻れたら、ミーヤは報奨金のために洗濯部屋のメンバーに捕まると心に決めています。
ミーヤは翌朝、スッキリとした目覚めを迎えた。手足の怠さは多少残ってはいたが、起きて動けばきっとそれも気にならなくなる。
栄養をたっぷりのスープと薬草茶を二杯も飲んで汗をかき、ぐっすりと眠ったお陰だろう。昨夜の二人の父親関連の話が気になった割には、秒で寝た上の超安眠だった。今日を生きる女、それがミーヤだ。
(今日、メンテナンス、終わるかな?)
メンテナンスが終われば、ポイントを使って毛玉へと戻ることができる筈だ。
キッチンへと向かうと、食卓にはイレーヌ姉弟だけではなく、なぜかエレンが座っていた。
「おはようミーヤ! うん、顔色が良くなった!」
「そうね、でもまだ無理しちゃダメよ」
ミーヤはこっくりと頷いて、エレンの向かい側の席へと座った。イレーヌが淹れてくれた、薬草茶をふうふうと吹いて冷ます。本体が野生動物なので、当然ミーヤは猫舌だ。
「今日は仕事休んで、イレーヌと一緒に毛玉様を探す約束なんだ。楽しみで早起きしちまったから来ちゃったよ!」
エレンがケケケと笑って言った。
洗濯下女の仕事はかなりゆるくて、登録しておけば出勤日の縛りはない。だからこそ、不定期に人間と毛玉を行ったり来たりするミーヤでも続けられているのだ。
「何しろ、目撃情報で金貨五枚、捕まえれば金貨五十枚だからね。カァーッ! 夢があるねぇ!」
薬草茶をゴクゴクと飲み干してエレンが言った。まるでどこかの博徒か山師のようだ。鼻息が荒い。
「やみくもに探すのも無理があるわね……。罠を仕掛けてみる?」
「ネズミ獲りなら、うちの倉庫にたくさんあるよ。餌は何にする?」
『ネズミ獲り』は、ネズミが餌を取るとバネが作動する罠だ。毒餌を使うのが一般的で、バネに挟まれたネズミの生存率は低い。
小麦農家のエレンにとって、作物を荒らす小動物は天敵である。無意識なのだろうが、非常に目が怖い。
ミーヤは膝から下がブルブルと震えだした。
「あらダメよエレン、せめて生け捕りにしないと! きっと死体じゃ受け付けてもらえないわ」
『生け捕り』とか『死体』とか物騒なことを言わないで欲しい。もっと穏便に捕獲してくれないだろうか。
「姉上もエレンさんも……。毛玉様は皇帝陛下の大事なペットなんですよ? 丁重に保護するべきです」
ミーヤはブンブンと頭を縦に振り、盛大に頷いた。頭のてっぺんの寝癖がピコピコと動く。
ヨシュアはそんなミーヤにキラキラしい微笑を向けてから、早朝とは思えない整った身支度で深皿をテーブルに置いた。クズ野菜と根菜の皮のピクルスが、小洒落たレストランの前菜に見える。
ミーヤは少し恥ずかしくなって、寝癖のついた頭をそっと押さえた。そういえば顔も洗っていなかった。身なりを整える。他人の目に自分がどう映っているか意識する。どちらもはぐれモノの毛玉には、必要のなかったことだ。
「どの辺を探せば良いのかしら?」
ミーヤの様子に気づいたイレーヌが、テーブルから少し椅子を離して髪を整えてくれながら言った。イレーヌは、流れるように自然にミーヤの世話を焼いてくれる。
エレンが物入れ鞄から、兵士の詰所でもらって来たらしい手配書を取り出してガサガサと開く。
「ちょっと待って。えーっと『毛玉様はもともと西の森を住処とされていた。お戻りになられている可能性が高い』だってさ!」
なるほど。『毛玉様』という呼び方は、こうして拡散されているのか。
「でも逃げ出したのは陛下の宮からなんでしょう? だったらまだお城の中庭か裏庭に隠れてるんじゃない?」
「西の森へは、街中を抜けないと行けませんからね」
『まだ目撃情報すら、ひとつも集まっていないらしいですよ』とヨシュアが、音をさせずに椅子を引いて席に着く。彼の通う学校でも、今一番の話題は『毛玉様』のことだ。
「でも、ここに『背中に小さな翼があり飛べる』って書いてあるよ」
エレンが手配書を指しながら言った。
「飛べるの⁈」
「哺乳類じゃないんですか⁈」
イレーヌとヨシュアの声が被る。目を丸くした表情がそっくりで微笑ましい。
「図鑑にも載ってない、学者先生も知らない、未知の動物だって話だよ」
この世界でも地球でも、翼を持つ生物のほとんどは哺乳類ではない。卵で生まれる鳥類だ。唯一の例外は洞窟などに棲む蝙蝠のみ。ギリギリ滑空するムササビやモモンガもいるが、どちらも羽毛の生えた翼ではなく被膜である。
「……陛下、大丈夫なのかしら。妖魔や魔物に取り憑かれているんじゃない?」
ミーヤの胸がドキリと鳴る。
自分ではただ単に扶養されているつもりだったけれど、知らぬ間に取り憑いていたのだろうか。
(で、でも! わたし、別に生き血とか吸ってないし、呪うとかも出来ないし!)
この世界は、魔法が当たり前のように使われていたりはしない。魔物や妖魔といった不思議な存在が闊歩しているわけでもない。
ただ地球のように、それらの存在を『丸っ切りのお伽話』だとは言い切れないところがある。まだまだ地図には空白が多い。つまり踏破されていない未知の領域が多く残っているのだ。
それを『未開』と呼ぶか、浪漫と感じるかは人それぞれだろう。
「飛べるなら、罠は鳥用にした方がいいんじゃないかしら」
「毛玉様に怪我させたら、報奨金がパアになるよな。ネズミ獲りはやめて、他の罠を考えよう」
イレーヌもエレンも、答えの出ない疑問よりも実利を取る。それが家族の生活を背負う者の習性だ。イレーヌはその重さの遠いところにいて欲しいヨシュアが、その望みの通りに『自国に生息する生物学』の教科書を眺めはじめたのを見て、ほっこりと胸が温かくなるのを感じた。
ミーヤの膝の震えや、ほうっと胸を撫で下ろすなどの一喜一憂を置き去りにして作戦会議は続いた。朝食の用意も整ってゆく。
鳥用の罠は籠を使うものや、縄やトリモチという粘着材を使うものがあるらしい。罠に使う籠のこと、餌は何にするのか。
「木の実とか、好き……だよ」
ペットリとトリモチにくっ付くのも、ニョロリとした虫を餌にされるのも嫌なので、遠慮がちに提案してみた。
「ミーヤ、毛玉様を見たことがあるの?」
こっくりと頷く。水鏡やヒューゴの部屋の鏡で、何度も見ている。自分の姿だ。
「そうか、ミーヤは西の森の近くに住んでいるんだもんな! 森の生き物にも詳しいんだな!」
住んでいるのは森の中だが、確かに森の生き物には詳しい。主に危険度について。
『翼はあるけど、そんなに高くも速くも飛べない』
『跳ねたり、転がる方が得意』
『頭の花は、何の役にも立たない』
訊ねられるままに答えているうちに、情けなくてちょっと涙目になった。
「へーえ! 面白いなぁ! 何匹か見つけたら、あたしも一匹飼いたいな!」
残念ながらミーヤは、ぼっち毛玉だ。だが、街や城の人たちが大人数で探してくれたら、ミーヤ以外の毛玉が住む、毛玉パラダイスが見つかるかも知れない。なんせ、金貨五十枚の報奨金だ。誰も彼も必死になるだろう。
(みんな一生懸命、見つけてくれると良いなぁ!)
本音が駄々漏れのことを考える。ミーヤは洗濯部屋のメンバーに捕まるつもりだ。その他の『みんな』は、徒労に終わる。
『噛まない』
『引っ掻かない』
『毒も持っていない』
『呪わない』
更に訊ねられて、毛玉の特徴を口にする。危険な存在ではないことを、知ってもらいたいと思った。
「そんなで、西の森で生きていけるのかしら」
イレーヌが心配そうに言った。
「逃げるの、じょうず!」
なぜか胸を張って得意そうに答えるミーヤに、三人が声を上げて笑った。
「朝食が冷めてしまいます。しっかり食べて、毛玉様を探して下さいね」
ヨシュアに促されて、全員がスプーンを手にする。
鮮やかな黄色に熟れた夏野菜のスープは、ミーヤの知るミネストローネと、よく似た味がした。




